空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 14 (終)

第14話

約束する陽とわたし




 ――帰らないで。

 そう言われたわけではないけれど、なんとなくで感じ取り、勢いで残ってしまった。
 だけど考えてみたら……。

「わたし、ここにいてもいいんですか?」

 そう告げると、重ねられた手にぎゅっと力がこめられた。
 寂しそうな目を向ける陽の唇が「なんで?」と動く。

「だって、さっき真麻と話してたでしょう」
「さっき?」
「電話で……早く帰ってもらいたいって。迷惑なんだと思ったから」
「違うって! のんちゃんに風邪うつしたくなかったから……真麻ちゃんは看護師だし大丈夫かもしれないけど、のんちゃんはすぐうつっちゃいそうで心配で!」

 そんな理由だったなんて。
 迷惑がられていると思い込んで勝手に傷ついて。ひとりで空回りしてるだけだったんだ。
 ガックリ力が抜けたわたしは、その場にぺたりと座り込んでしまっていた。

「迷惑なわけない。のんちゃんの顔が見れてどんなにうれしかったか」

 ぎゅうっと握りしめられた手に更なる力がこめられる。
 すごく暖かい、むしろ熱い。また熱が上がってきたのかもしれない。だけどわたしの頬の熱さも負けていないような気がする。

「看護師でも、風邪引く時は引きますよ」

 自分でも何言ってるかわからない。
 どういう答えを返したらいいかわからなくて、でも黙っているのはいやだった。

「そうだね……きっと、のんちゃんにもう、うつっちゃってるよね。マスクするって言ってしていないし」

 握られていないほうの手で口の周りを覆うけど、今更だろう。
 だけど、陽の風邪ならうつってもいいと思っているわたしがいる。恥ずかしいからそんなことは口にしないけど。

 ずいっと陽が少しだけわたしに顔を近づけた。
 心の奥まで見透かされそうな澄んだ黒い瞳がわずかに潤んでいるようにも見え、更に緊張が増す。
 こんなにも近づいたのは初めてで少しだけ身を引くけど、視線を背けることはかなわなかった。まるで見えない糸に縛りつけられているかのよう。
 どくんどくんと高鳴る鼓動がうるさいくらいで、陽に伝わってしまうんじゃないかと気が気じゃない。そんなに見ないで、と心の中で必死に繰り返す。

「風邪が治ったら、またデートしてね」

 ふっと緩む陽の表情とその言葉に、涙が出そうになった。
 また、と言われたことにきゅんとなる。一緒に絵を描いたあの日をデートだと思ってくれていたことがうれしくて。
 
「だめ?」
「……っ、そんなことっ」
「じゃ、いい?」

 クッと片方の口角を意地悪そうに上げて微笑みかける陽をわたしはどんな表情で見つめているのだろうか。知りたいような知りたくないような微妙な心境になり、言葉を見つけることができない。
 きっと茹でダコみたいに真っ赤な頬をして、情けない顔つきになっているに違いない。そう思ったらさらに顔が熱くなる。小さな声でなんとか「はい」とだけ返した。

「僕の恋人になってくれるよね」

 再び俯けてしまった顔を向けるのが恥ずかしくて、目だけで陽を見上げてから小さくコクリとうなずいた。
 それが今わたしが答えられるせいいっぱい。
 ホッとしたように陽の表情が緩むのを見て、うれしくなってしまう。陽にこんな顔をさせているのが自分の答えだと思ったら、さらによろこびがこみ上げてくるようだった。

「こんな時に風邪引くなんてバカだなあ。せっかくのんちゃんと、くぅ」

 仔犬の鳴き声のような呻きが陽の喉元から漏れ出す。
 前髪をくくり上げているから俯いていてもその心底悔しそうな表情は手に取るようにわかった。

「あ、の? 陽さん? どうしたんです?」
「っ! かあっ! 僕がどれだけ我慢してるかっ……」

 俯けていた頭をがっと持ち上げて、少し怒ったような表情の陽がわたしに顔を近づけた。
 面白いくらい真っ赤な頬、たぶんわたしも同じくらいなんだろうなあとまるで他人事のように思ってた。
 少し苛立ったように前髪を結わいていたゴムを取って、くしゃくしゃとかき乱す。ああ、かわいかったのにな。

「陽さん。熱があがってるんじゃないですか?」

 握られていないほうの手で陽の額に触れると、冷却シート越しでも少しだけ暖かく感じた。新しいものに貼り替えたほうがいいかもしれない。
 するとおもむろにその手まで握りしめられた。
 まるで両手を拘束されてしまったかのような状態。そして自然と視線が絡み合う。ほんの少し前まで揶揄するようなものだったのに、今は真逆で熱情がこもっているようにさえ見えた。
 一瞬でこんなにも態度を変えられてしまうなんて、感情がついていかない。ひとりでドギマギしているようでひどく情けないし、恋愛初心者と異名を与えられても無理はない。

「そんなことすると本気で風邪うつしちゃうよ」
「え?」
「キスしたいの我慢してるの。わかって」
「――あ」

 少しだけ怒ったように、近づいていた身体を離そうとする陽をわたしの声が引き止めてしまった。
 え、とわずかに見開かれる陽の瞼。
 意図して引き止めたわけではない。結果的にそうなっただけ。そう思っているはずなのに、心のどこかで期待している自分がいた。

 離れないでほしい。

「うつ、して」

 一度生まれた欲は、とどまることを知らなくて。
 募る思いは止められない。もう、我慢しなくていい。そう思ったら希っていた。
 
 陽の表情が驚愕に変化してゆく。

「うつして、ほしい……です」
  
 キスして、とは言えずにやっとの思いでそう告げると、額から手が退けられて指を絡めるようにぎゅっと握りしめられた。
 息をつく間もなく目の前に陽の顔が近づけられ、唇同士が触れあう寸前の位置で止まる。
 驚きのあまりにわたしは目を瞠ってしまっていた。眼鏡越しに陽の目がわたしの瞳の奥を覗き込むように見つめている。

「目、閉じて」

 掠れた声と淡い吐息がわたしの唇にかかる。
 少しでも動いてしまったら触れてしまう位置にある陽の唇。うなずいてしまったら間違いなくこっちから口づけてしまう。 
 あまりの緊張、そしていきなり訪れたファーストキス目前のシチュエーションに口から心臓が飛び出してしまいそうだった。

 だけど、願ったのはわたし。

 ぎゅっと音がするんじゃないかと思うくらい強く瞼を閉じると、そっと重ね合わされる唇の感触を得た。
 軽く吸いつかれた時に小さな淡い音がして、恥ずかしさがこみ上げてゆく。
 高鳴りを増す自分の心音と、陽の柔らかな唇を感じるだけで、頭の中が空っぽになったように何も考えられなってしまっていた。
 優しくて、穏やかなキスに『好き』の気持ちが胸いっぱいに溢れそうになる。うれしくて涙が出るってこういう感覚なんだ。 

 唇同士が離れた瞬間にじわっと湧き出るような寂しさを感じて瞼を開くと、柔らかな笑顔の陽がわたしを見つめていた。

「ありがとう、のんちゃん」

 こつんと陽の額がわたしの額に押し当てられる。
 冷却シートの柔らかい感触とわずかにミントのような香りがした。
 大きな暖かい掌で両頬を包み込まれ、目を閉じたまま今までのことを思い返していた。
 
 出逢い、そして再会。
 その時ふと、急に浮上する不思議な感覚。

「陽さん、ずるいです」
「え?」
「あの時とキャラ、違いすぎます」

 わたしの携帯ナンバーを奪うようにして、脅しの言葉まで浴びせかけた再会の時のこと。
 それを言わずして理解した陽が「ああ」と小さな声をあげた。

「あれはね、のんちゃんには強引に攻めた方がいいだろうって真麻ちゃんとふたりで結論に達してさ。あのキャラ演じてるの本当はすごく恥ずかしかった」
「え、キャ、ラ?」

 信じられないっ! あの強引俺様自己中はただの演技だったなんてっ!
 真麻とふたりで結論にってどんな話し合いの末にそうなったのだろうか。聞くのも恐ろしくて、開いた口が塞がらなかった。
 
「でも、もうわかっちゃっただろうけどかなりのヘタレで、恋愛経験も少ないんだ。だからうまくリードできるかわからないけど、それでも僕ができることはなんでもする」
「陽さん……」
「僕の寝言聞いて引かなかった? マザコンじゃないかって思われるの怖くて本当は言いたくなかった。父親にも『好きな子の前で出ないといいな』って死ぬ間際まで心配されて。もう隠しごとはないから」

 真っ赤な顔の陽がすごくかわいく感じて、わたしは必死に首を横に振った。
 
「絶対に引いたりしない。マザコンだなんて思わないから……」
「ありがとう。もう、嘘はつかないから。のんちゃんも」

 もう一度、強くうなずき返した。

 もう嘘はなし、ね。


**


 その日の夜は、陽の寝室で布団をふたつ並べて寝た。
 布団の中で手を繋いで、たくさん話をした。

 初めての時、なんで『ノブコ』と名乗ったのか聞かれ、自分の名前があっていないからと伝えると、そんなことないと言ってくれた。
 自己評価がかなり低いよねと言われ、そんなことはないと返したけど逆にまた「そんなことない」で戻された。

 わたしなんか、つい出そうになったその言葉を飲み込む。
 もう『わたしなんか』もやめよう。
 そう思えるようになったことがすごいと自分を褒めたい気持ちにすらなっていた。

 flybyの大野達央に似ているとよく言われること、最初は意識してなかったけど曲を聴いてみたら陽も好きになっていたこと。
 わたしが達を好きなことを真麻から聞いてうれしかったといろいろ話してくれた。


 風邪の原因については渋って口を閉ざしていたが、何度も聞いてやっと聞きだすことができた。
 陽は違うと言っていたけど、やっぱり雪の中でわたしが来るのを待っていたのが直接の原因だった。
 一緒に絵を描いた花壇の石垣に座って待っていたら声をかけられ、来てくれたと思ったのにその声の主は真麻で、『のんは来ない、待っても無駄』と突き放すように言われ、引きずられるようにして帰路に着いたと言う。
 それで風邪を引いたなんて恥ずかしいから言いたくなかったのにとふくれる陽はやっぱり年上には見えず、なんだか母性本能みたいなものをくすぐられてしまう。

 『恥ずかしい』と陽は言ったけど、たぶんわたしに罪悪感を抱かせないようにそう言ったに違いない。なぜかそんな確信をしている自分がいた。


 そして衝撃の真実。
 陽はわたしと真麻が従姉妹なのを知らなかったそうだ。
 さっき真麻と揉みあった時、わたしがふいにそう言ったのを聞いて知ったと笑いを堪えて話してくれた。

「なんでその事実を隠していたのかはさっきの取っ組み合いの喧嘩で大体わかったけど、仲がいい従姉妹がそばにいるってうらやましいよ」

 少しだけ寂しげに陽が言った。
 
 真麻はわたしの嘘につき合って、真実を告げないでいてくれたんだ。
 結局自分でついた嘘を自分で暴露することになってしまい、穴があったら入りたい、むしろなくても掘って入りたいくらいの心境だった。


「お願いがあるんだ」

 ひとしきり話し、静寂に包まれた間が長く感じた頃、陽の小さな声がした。
 お願い、急に改まったように持ちかけられ軽く緊張してしまう。
 布団の中で繋がれた右手に少しだけ力がこめられたように感じて、「はい」と小さな返事をした。

「この気持ちがかわらなかったらでいいから、その時は僕の家族になってほしい」
「えっ?」
「いきなりすぎて驚いた?」
「かなり……」

 くくっと陽の笑い声がする。

「絵を描く時の楽しそうな笑顔も、悔しそうに顰める表情も、悲しげに流す涙も、それに本気で怒ると怖いところも、意地っ張りで実は頑固なところも。直してほしいところはもちろんある。自己評価が低いところもそう。だけどそんなのお互い様だろうし、それでものんちゃんが好きだから、一緒にかわっていきたいって思うんだ」

 そう言って、わたしのほうを向いた陽の優しい表情が暗闇に目が慣れたのかはっきりとわかった。
 わたしの悪いところをひっくるめて、それでも受け入れてくれている陽がすごく大きなひとだと思った。

 そして、このひとにこれ以上寂しい思いをさせたくないって思ったから。

 ――はい。

 そう答えていた。


 風邪が治ったら、ふたりで真麻にお礼に行こう。
 そう約束して、わたし達はいつの間にか眠りについていた。

 募りゆく思いを胸に、繋いだ手は離さずに。


 【おわり】
 


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Information

Date:2014/01/23
Trackback:0
Comment:2
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

* はじめまして。

はじめまして。深夜なので短文乱筆になるかと思いますが、申し訳ありません。
お話一気に引き込まれてしまい、拝見させていただきました。素敵なお話で丁寧な描写を流れるようにまとめてらっしゃるなと思いました。また訪問させていただきますね。
では短文すいませんでした。温かいお話ありがとうございました。
2014/03/02 【蒼海聖奈】 URL #0.kP.Yac [編集] 

* 蒼海聖奈さま


はじめまして、こんばんは。
コメントいただいていたのにお礼が遅くなってしまってすみません。
こなつと申します。

素敵なメッセージをありがとうございました(*´∇`*)
うれしくてニマニマしながら読ませていただきました。本当にうれしいです。
重ねた嘘~を読んでいただき本当にありがたくて(同じ言葉ばかりでごめんなさい)

描写が丁寧と仰っていただき、天にも昇る気持ちです。
言われなれていないものですからクネクネしながら照れまくっています。
少し前に文章の書き方がわからなくなり、に試行錯誤しながら書き進めたものでした。
なので本当にうれしいお言葉ありがとうございました。
まだ手探り状態で書いていますが、これからも頑張っていきますのでまたお立ち寄りいただけたらうれしいです。

本当にありがとうございました!

こなつ

2014/03/04 【こなつ】 URL #- 

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