空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 13

第13話

陽の思いと過去、そしてわたし




 事故、と言われて思いつくような節はなかった。
 陽が困ったような笑みを浮かべ、わたしをじっと見つめている。

「一ヶ月くらい前、駅のホームで転んだよね」
「――あっ」

 言われて思い出し、一瞬お尻の辺りと右の足首が疼いたような気がした。
 
「み、見てたんですか?」
「見てた、というか……手を貸した」

 ダブルでショックだった。
 見られていただけでなく、あの時立ち上がらせてくれたのが目の前の陽だったなんて。
 思い出しただけでおかしくなりそうで、両手で頬を覆って何度も首を振った。そんなことをしても忘れられるはずないのに。
 恥ずかしくてショックなはずなのに、うれしい気持ちが紛れているかのように胸の辺りがぽわんとした。
 あの時助けてくれた人にすごく感謝したのを思い出した。あの人が陽でよかったんだ。

「あ、あの時はありがとうございました」

 急に冷静になってお礼を述べると、陽が畏まったように両肩をすくめて首を振った。

「あの時、本当は声をかけたかった。だけど涙を浮かべているのんちゃんを見て、言葉が出なかった。そっとしておいた方が親切なんじゃないかと思ってしまったんだ。よく考えたら『大丈夫?』の一言くらいかけてもよかったんじゃないかと思って、すごく後悔した。声をかけるきっかけを自ら逃したって、ごめんね」

 謝られることじゃない。むしろこっちがって思うのに。
 ふたりであたふたしていると、真麻が冷ややかな目でわたし達に視線を落としていた。テーブルに肘をついて、さも興味なさそうな表情で。しかも早く話を進めろと言わんばかりに指でリズムを取るようにテーブルを叩いている。それに気づいた陽が気を取り直して再びわたしのほうを向き、わざとらしく一度だけゴホンと咳込んだ。
 
「あの事故の翌日、のんちゃんが人事課であのテーマパークのイブチケット買ってたのを配達がてら見てたんだ。で、行くことも知ってた。だから今度こそ声をかけるチャンスを逃したくなくて僕も行った。フラれてひとりだって言ったのは嘘。ごめんなさい」

 おもむろに土下座する陽を見て、言葉を失ってしまった。
 わたしが行くことを知ってて、わざわざ来てくれた陽。わたしと話がしたいがために。そう考えただけで顔が熱くなる。よろこびがダダ漏れしているかもしれない。

「それってさあ、ちょっと間違えたらストーカーだよ」

 かかっと声を上げて笑う真麻を、陽がキッと睨みつけた。

「真麻ちゃんは僕のフォローをしてくれるんじゃないの? 思いきり足引っ張ってるけど」
「だって、前にもその話聞いたけどさー聞けば聞くほど、まあいいか。続けて」

 笑いを堪える真麻を見て、何もかも知っていたんだってことにようやく気づかされた。
 陽もわたしに嘘をついていた。あの時、イブにフラれたかわいそうな人だと少しだけ思ったかもしれない。いや、思ってなかったかもしれない。そのくらいあの時のわたしの心情はあやふやだった。
 flybyの大野達央に似ている陽に声をかけられ、わたしは舞い上がっていた。だから正直陽がどうしてそこにいたかなんてどうでもよかった。
 ストーカーだなんて思わない。そこまでしてくれたことがうれしかった。だけど同時に浮かび上がった疑問。

「じゃあ、なんでパレードの時、少しゆっくり目に戻ってきてって言ったの?」

 思わず身を乗り出して聞き返してしまった。
 陽と真麻が目を丸くしてわたしを見つめている。

「やっぱり、あれのせいで先に帰ったの?」

 逆に陽に問い質され、うなずくしかなかった。
 すると「うわー」と悔しそうな声を上げて陽が頭を抱え込む。そして「失敗した」と髪をかき乱し始めた。

「違うんだよ、真麻ちゃんにのんちゃんの攻略法を聞こうと思って……そうなるとのんちゃんがいないほうが聞きやすいから少しだけ遅めに戻ってきてくれるとありがたいなあって思っただけなんだよーあー、何もかもが裏目に出てる。最悪だ……」
「わたし、の、攻略法?」
「そりゃそんな風に言われれば自分が邪魔者だと思うわよね」

 真麻がバシバシといい音を立てて陽の背中を叩く。
 しかも攻略法って、どこかで聞いたことのあるフレーズ。そうだ、わたしが真麻の攻略法を教えて協力することになってたんじゃない。

「じゃ、陽さんの恋がうまくいくように協力してっていうのは……」
「そんなの陽がのんをゲットして恋がうまくいくように、って意味に決まってるじゃないの、ねえ」

 小首を傾げて同意を得ようとした真麻に対し、陽は「うん」と微妙にうなずき躊躇うように言葉を詰まらせていた。

「そうなんだけど、あの時はさすがに鈍感なのんちゃんに腹が立ってあんな言い方しちゃったんだ。勇気を振り絞ってアプローチしているのに、のんちゃんはずっと僕が真麻ちゃん狙いだと思い込んでいて、どうにかひと泡吹かせたくなって……そんなことしたって気持ちがすっきりするわけでもなく、逆に自分の器の小ささが露呈しただけですごく後悔した」

 悪びれる陽を見て、その場で卒倒しそうになった。
 どんな言い方をしたのか真麻に問いつめられた陽は簡潔にあの時のことを説明し、頭をバシンと叩かれた。それはすごくいい音で。

「結局あんたがみんなこじらせてるんじゃないの。のんは恋愛初心者だって教えたのに、あんたがうまくリードしないでどうすんのよ? ばーかばーか!」
「面目ない……」

 しゅんと肩をすくめた陽が頭を下げた。
 恋愛初心者って、大声で言われるのも恥ずかしい。だけどその通りだから何も言えない。

「これで誤解は全部解けたかな」

 上目遣いで申し訳なさそうにわたしの様子を伺う陽がなんだか年上には見えなかった。
 再会した時の強引さの欠片もない。まるで別人に見えるのはわたしの気のせいなのだろうか。

「まだよ。たった今、のんを抱きしめて私の名前を呼んだってのは?」

 うなずこうとした時、それを遮ったのは真麻だった。
 そうだ、すっかり話が逸れていたけど陽は間違いなく真麻の名前を呼んだはず。聞き間違いなんかじゃない。
 陽を見ると、眉間にシワを寄せて額に手を乗せ、「勘弁してくれ」と小さくつぶやいていた。
 
「真麻ちゃん、理由知ってるじゃん」
「私が知ってても意味ないでしょ、ちゃんとのんに説明してあげないと」

 逡巡しながら「うー」っと小さくうめき声をあげる陽の顔が心底いやそうで、少し頬が赤いようにも見えた。熱が上がってきたのかもしれない。
 だけど知りたかった。
 真麻の名前を呼んでいないと言い張った陽、そしてその理由を知っている真麻。ふたりが知っていることをわたしが知らないのはいやだった。ここまで来たら全部知りたい。

「わかった、話すよ。でも、引かないでよね」
 
 躊躇いながらも恥ずかしそうに顔を隠す陽が不思議でならなかった。
 そんなにも聞かせたくない内容なのか。でも真麻は知っているということは話したということだし。
 ねっ、と陽に再び強い視線を向けられうなずくしかなかった。


 それは陽の幼少時代の話だった。

 三歳の頃に母親を病気で亡くし、ずっと父親とふたりきりで暮らして来たと話す。
 その父親も数年前に他界、親戚はいるもののほぼ交流はなく身内と呼べる人はいないと顔を伏せるようにして語ってくれた。
 母親の味など知らず、わたしの弁当が人に作ってもらった初めてのものですごくうれしくて美味しかったと再び照れくさそうに話すものだから胸がきゅうっと締め付けられるようだった。
 引く要素を微塵も感じられないその話を、なんであんなに恥ずかしそうに隠していたのかさっぱりわからない。むしろ悲しくて涙が零れ落ちそうなのに。

「のんちゃん、泣かないで。悲しくなるじゃん」
「だって……うぇっ」

 気づいてなかったけどわたしはすでに泣いていたようだ。
 あんな普通の弁当なのにそんなによろこんでくれていたなんて思わなかったから、うれしくて。そして陽がかわいそうで。
 眼鏡をずらして手で涙を拭こうとすると、陽がまわりをキョロキョロ見渡している。そしてすっと取り出したのは自分の首に巻いてあるタオルだった。ありがたいけど丁重にお断りした。

「話、続けて平気?」

 苦笑いの陽が優しく頭を撫でてくれるから、何度もうなずき返してた。
 聞きたいと乞うたのは自分なのに。申し訳ない気持ちになる。

「でね、死んだ父親に言われてたんだ。僕は寝言で、特に体調の悪い時につぶやく言葉があるって」
「つぶやく?」
「うん、『母さん』って」

 ――母さん。

 それはきっと母親の愛情を求めた陽が寂しさのあまりに紡ぎだしてしまった言葉だろう。
 悲しくてまた涙がこみ上げてくる。
 自分は両親健在で、周りから真麻と比較されながら育ってきていても幸せだったはず。陽に比べたら、ずっとずっと。
 恥ずかしそうに陽が片手で額の辺りを覆い、真っ赤な顔を隠すようにして俯いている。

「のん、気づいた?」

 今度は身を乗り出してきた真麻がわたしの頭を撫でた。
 
「陽がつぶやいたのは、『まあさ』じゃなくて『かあさん』、のんの聞き間違い」
「えぇっ!!」

 そう言われてみれば、はっきり『まあさ』と聞こえたわけではない。
 『あさ』って聞こえたから、絶対『まあさ』だと思い込んでしまっていただけ。

 絶句して両手で口を覆うわたしをふたりが目を細めて見つめている。

「ごめん、なさい。わたし……」

 ひとりで勘違いして、嫉妬して、逃げようとしてた。
 陽からも真麻からも、そして自分の気持ちからも。

「これで誤解は解けたわね。じゃー私は帰るわよ。明日も仕事なんだから」

 こたつの天板に手をついた真麻がすくっと立ち上がる。
 
「あっ、わたしもっ」

 同じように手をついて立ち上がった時、その手の甲に温かみを感じた。
 大きな暖かい手が重ねられて握りしめられている。
 そして、その持ち主が真剣な目でわたしを見上げていた。

 目が物語っている。

 ――帰らないでって。

「ママには私がうまーく言っておいてあげるから、任せておきなさい」

 ニンマリと満足そうな笑みを浮かべた真麻がわたし達にVサインを向けて、居間を後にした。


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Date:2014/01/18
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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