空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 12

第12話

弁明する陽とフォローする真麻、そしてわたし




 告げてしまった言葉は取り消せず、我に返って両手で口を塞ぐことがせいいっぱいだった。
 素直になって告げようと思ったはいいけど、こんなに簡単に吐露してしまう自分が恥ずかしくて。

 それと同時にわたしを後ろから羽交い絞めにしていた陽の手に力が込められた。

 前のめり気味になっていたわたしの身体は吸い寄せられるように陽の胸へいざなわれ、苦しいくらいに強く後ろから抱きしめられる。

「今の、本当?」

 耳元にかかる吐息、熱のこもった掠れ気味の声。
 それが困ったような声に聞こえてしまったから、『違う、今のは間違い、冗談』と笑って言いたくなった。
 そう首を振るのは容易いことだったと思う。だけどもうこれ以上嘘を重ねたくない。喉元が熱い、苦しい。
 それになんで抱きしめられているのだろうか。

「う……あ」

 肯定も否定も、その前に声が出ない。出るのは意味のない呻き声だけ。
 そんなわたしの頬に柔らかい髪が掠め、くすぐったさを感じた。それは陽のもので。肩に感じた重みは陽が頭を乗せているからだと気づくまでに少しだけ時間を要した。
 具合が悪いのかと思った。だからわたしの肩に凭れかかっているのかと。それでも抱きしめられた腕は一向に緩まなくて。
 真麻に助けを求めるように目線を向けると、なぜだか泣き出しそうな笑顔でうんと大きくうなずかれた。
 それにつられるように一度だけゆっくりとうなずく。
 すると、陽の口からはあっと大きな吐息が漏れ出してさらに抱きしめられている腕に力が込められた。

「僕も」

 その言葉が、するりと当たり前のようにわたしの耳へ落ちてきた。
 わたしはしばらくそのまま固まってしまったように動けなかった。

 ――僕も。

 なにが、僕も?
 
「よかったね、のん」

 口元を覆っていたわたしの両手に真麻が自分の手を重ねて軽く振った。
 目の前の真麻は泣き出しそうで、だけど眩しいくらいの満面の笑顔。

「な、にが?」
「なにがって、えっ?」

 ぱちくりと真麻の長いまつ毛が上下する。わたしがなにを尋ねているのか本当にわかっていない様子。
 その視線が彷徨うようにわたしの後ろの陽に移される。それとほぼ同時にわたしを抱きしめていた陽の腕の力が緩んだ。
 ずるりと身体がずれるような間隔にバランスをとろうと必死になったわたしは両腕をバタつかせ、それに気づいた陽が再び後ろから自身の胸に抱き寄せてくれた。
 背中と後頭部に感じる陽の胸の温もりに再び包まれている実感がして思わず首だけを後ろに向けると顔を覗き込まれてしまう。顔っ、近いっ!


「好きだよ、のんちゃん」
「――え」

 はじめて聞いた、そして向けられた『好き』という言葉に、わたしの名前が添えられた。

 陽さんが、わたしを、好き?
 なんで? なんで? なんで?

 じわっと目許が熱くなり、視界が歪んでゆく。

「うっ、嘘つきっ! ふたりはつき合ってるくせにっ!」

 じたばたともがきだすわたしを抱きしめていた陽の腕が緩んだ隙をついて体勢を立て直すと、ふたりが声を揃えて「へぇっ?」と素っ頓狂な声をあげた。
 こんな時にそんな嘘をつかれるだなんて思ってなかったからショックが大きすぎて冷静になんかなれなかった。
 
「ま、待って。誰と誰がつき合ってるって?」
 
 慌てた陽の声がわざとらしく聞こえてうんざりする。
 信じられない。この期に及んでまだそんなことを言うんだ。

「サイテーです……陽さん」
「ええっ!?」

 目の前の真麻が目を剥く。
 なんでそんなに驚きの表情をしているのかわからなくてわたしひとりがパニック寸前だった。

「真麻と、つき合ってるくせにそんなこと言うなんて」
「ちょ、のん。勘違いしてる」
「何が勘違い? 真麻が言ったんじゃない! 陽さんとつき合うって……っ」
「なんで僕と真麻ちゃんが?」

 一瞬の静寂が寝室に流れ、次の瞬間、割れるような真麻の笑い声が響きだす。
 しかも涙を流しながらおなかを抱えて。

「のんったら大事なところ聞いてなかったのね? 私は『告白されたら』陽とつき合うって言ったのに……もちろん告白なんかされないってわかってて言ったんだけどね」
「……はあっ?」

 見事なまでにわたしと陽の声が混ざり合った。
 
「のんと陽がなんでそんなにすれ違ってるのかわけわかんないのと面白いのが混ざって、わざと意地悪したのもあるけど」
「……わざと?」
「あー……僕もかも」

 ふたりに挟まれて、わたしだけひとり動揺しまくっている。
 真麻の『わざと意地悪』とかそれに同調する陽とか、わけがわからないってそれはこっちの台詞だ。
 
 わたしは、ふたりに嵌められたということなのだろうか。


**


 熱のある陽を布団に寝かせ、真麻とふたりでちゃんと話をしようということになった。
 それなのに、話にちゃんと参加したい、参加させてくれと哀願する陽の押しに負けて結局居間のこたつで三人で話し合うことに。
 寒気がおさまった陽の額には新しい冷却シートが貼られ、はんてんを着込まされて上座に鎮座している。
 長い前髪はゴムで上に結ばれて(真麻がやった)いつものかっこいい陽ではない。だけど、かわいい。その頬はまだ赤く、しかもなんだか少しにやけているようにも見える。その左右にわたしと真麻が座り、向かい合った。
 
 なんだかいまだに信じられない。
 陽がわたしを好きとか。たぶんわたしが陽に抱いている『好き』という気持ちとは違う部類の『好き』のような気がしてならない。温度差があるというか……。

「何から説明しようかしらねえ」

 うーん、と唸るような声をあげた真麻が上目遣いでわたしを見る。
 その間にリクエストされたゆず蜂蜜茶をマグカップに淹れて陽に出すと、手ごとぎゅっと握られた。そして「えへへ」と力のない笑みを浮かべて見せられる。
 手の温かみやその蕩けそうな笑顔になんだかこっちの力まで抜けてしまいそうだったけど、ここでうやむやにしたくない。
 その手からするりと抜け出すと、あからさまにションボリと肩を落とす陽がすごくかわいく見えてしまった。

「まず、私がうだうだ説明するより陽の口から全ての誤解を解いた方がいいかもね」

 めんどくさくなったのか真麻が全てを陽に丸投げした。
 あたふたとする陽が真麻とわたしを交互に見て、目頭にクッと力をこめる。熱でフワフワしていたような感じが急にしゃきっとしたように見えた。

「そうだね。僕がちゃんと説明する。だけど、うれしくてぼーっとしてるからなにを言ってるかわからなくなりそう。真麻ちゃん、フォローしてほしい」
「りょーかい!」

 敬礼ポーズをした真麻を横目で見ると、にひひと歯をむき出しにしてわたしに笑いかける。
 そんなおちゃらけた表情もかわいいのが真麻のうらやましいところ。
 目の前のゆず蜂蜜茶をぐっと飲み干し、呼吸を整えた陽が姿勢を正してわたしのほうを向いた。

「きっと、のんちゃんは知らないことだらけの話を今からするからね。覚悟してて。まず、僕と真麻ちゃんはつき合ってない。それはわかってくれたよね」

 そこからっ!?
 あれだけ否定されたし、その辺はわかってるけど……信じてないと思われているのかもしれない。
 陽の真剣な告白を自分も真摯に受け止めないといけないような気がした。この場合の告白は『打ち明け話』とでも言うべきなのか。

「僕はずっと前からのんちゃんのことを知っていたんだ」
「は?」

 ずっとって、いつ。
 そんな言葉を遮るように、陽がずいっとわたしに顔を近づけた。

「会社のセキュリティゲートにしょっちゅうひっかかるでしょ」
「う……」

 全く否定できず、悔しいけど認めざるを得ない。
 うんとうなずくと、なぜか満足げな陽が口元に笑みを浮かべて二度うなずいた。

「君の名前を知ったのは、社員証を拾った時。その話はしたよね。それからも何度もあのゲートにひっかかる君を見て、最初はなんてドジな子なんだろうかって思ってた」

 返す言葉が見つからない。
 確かにわたしほどあのゲートにひっかかる社員はいないだろう。そしてそれを陽に見られていただなんて思ってもみなかった。
 恥ずかしさで顔が熱くなる。両手で頬を覆うとやっぱり手より頬の方が熱い気がした。緊張のあまりか指先がひんやりしている。

「だけど見ているうちになんだかすごく心配になってきて。今日もあの子は無事にゲートを通れるのかって、見て確認しないと落ち着かなくなっていた。でもその時はまだ『心配な妹』みたいな目線で見てた」

 コホン、と一度だけ咳払いをした陽が恥ずかしそうに後ろ頭を掻き毟る。
 そんなに前からわたしの存在を知っていてくれたんだ。イブに嘘の名前を教えたのがすごく申し訳なくなった。

「いつか君と話してみたいって思った。だから、あの事故は僕にとってチャンスだったのに、自分から逃げてしまった」

 事故?
 思いつめたような表情で俯く陽の手はこたつの天板の上で硬く握りしめられていた。


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Date:2014/01/16
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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