空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 10

第10話

陽とわたし、そして真麻




 とにかく食べるものを作ろう。
 うれしさのあまり気合を入れてお気に入りのセーターの袖をまくりながらキッチンへ戻ると、自分の右手にカラカラになった冷却シートが握られていることに気がついた。そうだ、新しいの買ってきたんだ。貼り付けてこないと。
 ビニールの中から取り出した冷却シートの箱を開けつつ陽の寝室のふすまの前まで歩み寄ると、小さな掠れた声が聞こえてきた。

「のんちゃんには言わない約束だったろう。困るよ」

 それはとても迷惑そうなトーンの声で。
 胸の辺りに手を当てると、どくんどくんと脈打ってるだけでなく音まで聞こえてきそうだった。

「うん、早く帰ってもらいたいけど……えっ、そんな遅くまで?」

 声を出さないよう、手で口を覆う。
 きっと話している相手は真麻だ。間違いない。遅番が終わるまでわたしがここにいることになっていると話しているのかもしれない。
 やっぱりわたしが来ることは迷惑だったんだ。
 それに体調の悪い陽に真麻と口論させるのは申し訳ない。

 なるべく足音を立てないようこたつのある居間からキッチンに戻り、詰めていた息をはあっと漏らした。

 今すぐ帰りたい。
 やっぱり来なければよかった。一瞬でも来てよかっただなんて思ってバカみたい。
 もしかして風邪をひいたのだってわたしが待ち合わせに行かなかったせいじゃないかもしれない。それだったらとんだ自意識過剰だ。

 だけど真麻と約束したから……。
 涙が出そうなのを堪えてキッチンに向かう。とにかく頼まれたことだけはきちんと済まさなきゃ。

 まずゆずと蜂蜜、生姜を使ってゆず蜂蜜茶を作る。
 うちでは風邪をひくといつも母がこれを作ってくれる。夜飲むと不思議と翌日の朝には喉の痛みがきれいに消失しているから陽にも効けばいい。あと喉をあっためなくっちゃ! これ大事だった。

 浴室にあるフェイスタオルを一枚取り出して寝室に向かうと話し声は聞こえなくなっていた。
 目を閉じて息苦しそうに呼吸を繰り返す陽の額に冷却シートを貼ると、うっすらと瞼が開いた。何度も起こしてしまって申し訳ない気持ちになる。

「の……ん、ちゃん」
「これ、少しずつでいいんで飲んでください。喉にいいんで」

 手を貸して顔を少し横に向けると、素直に応じてくれた。いやでも抵抗する元気もないんだろうな。
 首の周りをタオルで保温させてからスプーンにゆず蜂蜜茶を掬い、口元に近づけるとゆっくりと啜ってくれた。初めは少し喉にしみたのか目頭にぎゅっと皺を寄せていたけど、数口飲むごとに慣れたようで穏やかな顔つきに変化してゆく。

「おいしー……」

 囁くくらいの小さな声が聞こえた。
 その言葉がすごくうれしかった。こうして飲ませているのが真麻だったらもっとよかったよね。そんなこと言っててもしょうがないけど。
 半分くらい飲むと、少しうとうとしたように陽が目を閉じた。これだけ飲んでくれれば十分だろう。
 飲みかけのマグカップを枕元において寝室を後にした。

 用意した小さな土鍋に卵とほうれん草と葱の雑炊を作ろうと思ったら、冷蔵庫に鮭フレークがあったのでそれも加えた。
 ほぼ空っぽの冷蔵庫。海苔の佃煮とジャム、清涼飲料水に水とビールくらいしかない。いつも何を食べて生活しているんだろうか。栄養バランスのいいものを食べていないから太れないのかもしれない。
 真麻はスタイルがいいし、女の子にしたら背もあるほうだ。モデル体型と言っても過言ではない。ちんちくりんで横に広いだけのわたしはうらやましい限りだ。
 陽と真麻はバランスが取れている。イブの日もそう思っていた。

 ああ、今は陽に食べさせることだけ考えよう。
 いっぱい食べてもらって早くよくなってもらえばいい。それだけでいいじゃないか。雑念を振り払うかのように頭をふるふると動かした。

「陽さん、雑炊食べられますか」

 顔全体が真っ赤な陽の肩辺りを軽く揺すると、うんとうなずかれた。きっと眠ってなかったんだろう。
 わたしがキッチンでカチャカチャうるさくしていたから眠りにもつけなかったのかもしれない。
 緩慢な動きでようやく起き上がった陽が首をまわするとコキコキと音が鳴る。
 壁に寄りかかるように座らせ、腰の辺りに居間から持ってきた座布団を折り曲げてあてがうと姿勢が安定したようでふうっと大きな吐息を漏らした。きっとこのくらいの動きでも身体がだるいのだろう。わたしも熱がある時は身の置き場がないような倦怠感に襲われるからわかる。

「あれ、こんな小さな土鍋うちにあった?」
「こういうの、百円均一で売ってるんですよ」

 掠れた声の陽がぼんやりした目つきでわたしが土鍋から小鉢に雑炊を掬うのをじっと見つめていた。
 その小鉢を渡すと、熱い手が伸びて来てわたしの手の甲にそっと触れた。その感触に手を引きそうになる自分が恥ずかしい。意識しすぎだ。
 土鍋を載せたお盆ごと陽のそばに寄せ、立ち上がる。

「隣の部屋にいますから、ゆっくり食べてください」

 わたしがいないほうが食べやすいはずだから。
 
「のん、ちゃん」

 呼ばれたのには気づいてた。
 だけどわたしは振り返らずにふすまを閉めた。

 
**


 居間に移ってこたつでぬくぬくしていたらいつの間にか突っ伏して眠ってしまったようで、気がついたら肩には毛布がかけてあった。もしかしてトイレに起きた陽がかけてくれたのかもしれない。それとも真麻がもう来たとか?
 テーブルの上に置いておいた携帯を見ると時間は二十一時半になりそうだった。
 そろそろ到着する頃だろう。看病に来てるはずなのに眠っていたら毛布を掛けられるどころか怒ってたたき起こされるだろうし。
 どのくらい眠っていたんだろう。陽に雑炊を作ったのが十九時半くらいだったから、一時間以上眠ってしまっていたことになる。

 陽は眠っているだろう。
 今更だけどその姿を確認したくて寝室のふすまをゆっくり開けると、暗がりの中から苦しげにうめくような声が聞こえてきた。

「え」

 思わず足音も考えずに駆け寄り、寝ている陽の横に座り込むと玉のような汗を額に浮かべていた。だけど意識はないようで、譫言のように何かをつぶやいている。
 苦しいのかな、もしかしたら悪い夢を見ているのかもしれない。それなら起こした方が親切なはず。

「陽さん、陽さんっ」

 肩の辺りをそっと揺さぶり起こすけど瞼はしっかり閉じられたまま。
 眉間の皺に汗の粒が光っている。側に置いておいた水の入った洗面器からタオルをとって絞り、顔を拭うけど起きる気配はなかった。

「陽さん、ねえ。起き……っ!?」

 再びそう声をかけた時、伸びてきた腕にからめ取られるように抱きしめられていた。
 それはあまりにも突然で、一瞬のこと。
 構える体勢もとれないまま、わたしの上半身は陽の身体の上に乗り上げていて、耳元にかかる吐息が熱くてぞくりとした。

「――あさ……」
「!!」

 陽がわたしと真麻を勘違いしていることが瞬時にわかった。

 わたしは真麻じゃない。
 迷惑がられているとわかっていながらもここにいた。だけどもう、苦しいよ。

 こみ上げてくる涙が布団を濡らす前に必死に身をよじってその腕から逃れることしかできなかった。

「あ……」

 わずかに瞼を開いた陽がこっちを見て、小さな驚きの声を上げる。
 きっとわたしは恨みがましい視線を向けていたに違いない。そのまま寝室から逃げ出した。

「のんちゃん、まっ――」

 そうわたしの名を呼ぶ陽の声がいやにクリアに聞こえた。そしてガチャンと何かを倒したような音も。
 だけど知らない、知るもんか。
 もう真麻がここに来るはず。わたしの役目はもう終わった。
 こたつの脇に置いてあった鞄を引っ掴んで玄関に駆け込む。うまく足が靴に入らずかかとをつぶしたままドアを開けた。
 
「わっ!」

 ドアの前にまさに今到着した真麻がいた。
 ぶつかりそうになってお互いのけぞるように身を引いてしまっている。その時真麻と目があってしまい、怪訝な表情を向けられた。

「どうしたの、のん」
「っ、帰るからっ」
「ちょっと待ってよ、何泣いてるの?」

 玄関の扉と真麻の横を通り過ぎようとしたのに、すかさず腕を掴まれてしまった。

「陽に何かされたの?」
「ちっ、がう! なんでもないから離して」
「そんな状況で帰らせられる訳ないでしょ、落ち着いて中で話そ」
「やだっ! 帰るっ!」

 駄々っ子のような態度を取っているのはわかる。だけど一刻も早くここから離れたかった。
 それなのに非情にも背後に人の気配を感じた。
 真麻が大きく息を飲む音を聞いて振り返ると、そこには腰を屈めた状態で立位を保っていること自体が辛そうな陽さんがキッチンまで出てきていた。
 シンクのふちに肘を乗せ、寄り掛かるようにしてようやく立っている。
 
「待ってよ……」

 へらっと一瞬だけ力なく微笑んだ陽の両肩が大きく上下している。
 こんなにも苦しそうなのになんで追いかけてくるの。

「こんな状況の陽を置いて帰るなんてことしないわよね、のん」

 真麻の指がわたしの腕を容赦なくぎりりと掴みあげた。


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Date:2014/01/11
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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