空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 9

第9話

苦言を呈する両親とわたし




 ぼんやりと二日間の休日を過ごしてしまっていた。

 昨日の明け方から降り始めた雪は、夕方くらいまで降り続き今はやんでいる。
 数センチ積もっていたようだけどすでに人が歩く道路は溶けていた。道の端っこの方に汚れた雪の塊が少し残っている程度。
 当たり前だけど、明日は仕事。今日は晴れたし道路は凍結してないだろうけど、転ばないように気をつけなきゃ。


 夕飯の声がかかり、キッチンへ降りると父と母の姿しかなかった。
 今日は真麻が日勤で仕事を終えているはずだから、もう帰って来てもいい頃だ。そして伯母さんが夜勤の予定のはず。

「真麻は?」
「知り合いの家に行くってさっき連絡が来たわ。たぶん相手は男の子よね」
「そう」

 陽の家に行ってるんだ。
 いつも真麻は父の向かいに座るからその席がぽっかりと空いている。
 隣の空席を見つめながら母の向かいに座って、味噌汁をずずっと啜るとニコニコした父がわたしを見ているのに気づいた。

「花音はそういう予定はないのか? 真麻が言ってた、陽だっけ?」
「……ない」
 
 その陽は真麻とつき合ってるから、と言おうとして口をつぐんだ。
 言ってもしょうがないことは言うべきではないし、父には関係のないことだもの。

「真麻はバイタリティがあるよなあ。つい最近『パパ、彼氏と別れたー』なんて眉間にしわ寄せて言ってたのに」
「あの子は昔からそうでしょ、今度はどんな相手なのかしら。長く続けばいいけどねえ」
「真麻の男運のなさは目に余るものがあるからなあ」

 カラ笑いがキッチンに流れる。笑っていないのはわたしだけ。
 ひとりで黙々と食べ続けるわたしの顔を両親が見ているのは気づいていた。
 視線だけそっちに向けると、両親共にニコッと笑顔を見せる。わたしに気を遣っているような感じがした。

「何?」
「ううん、別に。花音だっておしゃれすればそれなりにモテるんじゃないかなあと思っただけ。その眼鏡、ちょっと変えてみたら?」

 わたしがかけているのはスクエア型のべっ甲柄の黒。一番シンプルだと思うものを選んだ。
 視力はそんなに悪いわけではない。裸眼でも大丈夫ではあるけど、遠くがぼやけるのでかけているくらいで。
 その眼鏡を外してまじまじと見つめ、もう一度かけなおす。

「眼鏡を変えたくらいじゃ何も変わらないよ」
「そうかしらね? 今はおしゃれなのがたくさんあるじゃない?」

 いつになくしつこく勧めてくる母に少しだけ苛立ちを感じた。

「じゃあさ、お母さんが男だとしたらどうなの? 眼鏡を変えたくらいで真麻よりもわたしなんかとつき合いたいと思うわけ?」

 一瞬キッチンがシーンとした。
 そして困惑顔で微笑む母。わたし、一体何を言ってるんだか。
 ごめん、忘れて。そう言おうとした時。

「思わないわね」

 母はわたしから目を逸らして、コロッケに箸を伸ばした。
 ほら、やっぱり。同性の目から見たって真麻を選ぶんじゃない。

「少なくとも『わたしなんか』なんて自分で自分の人格を下落させるような女の子とつき合いたいとは思わない」

 つい弾かれたように顔をあげると、母はコロッケにかぶりついていた。
 その母を横目で見た父がわたしを見て、うんうんと同調するようにうなずいている。
 いつも天然で空気を読まない母がそんなことを言うなんて思いもしなかったから、その言葉がひどく重く感じた。

 恥ずかしいような悔しいような思いが押し寄せてきて、唇を噛みしめるとぎりりと音がした。
 言い返せるような言葉は見つからない。だってその通りだと自分でも思ったから。

 じゃあ、どうすればいいの。
 わたしにはわからないよ。


**


 翌日、月曜日の昼休み。
 
「今日、コーヒーの配達断ってるんだって。達くんがおやすみらしい」

 先輩が残念そうに肩を落として受話器を元に戻した。
 達くんというのは陽のこと。大野達央に似てるからと『配達』の達の両方を兼ねている安易なニックネームだと思う。
 元々休みの予定だったのだろうか。先輩は『今日』と限定して言っていた。きっとお店側からそう言われたからだろう。

 何の気なしに制服のベストから携帯を取り出してみて見ると、メールが一件届いていた。
 送信主は真麻。しかも数分前に受信したものだった。
 昨日は一日真麻と会っていなかった。夜勤じゃない日にしては珍しい。昨日一日留守にしていたのかもしれない。家に来ないのも珍しいことだった。

  『陽が酷い風邪で寝込んでる。今日は遅番だから代わりに行って何か作ってあげて。仕事が終わったら私も行く』

 開いたメールを見て、わたしのせいかもしれないと思った。
 もしかして土曜日の雪の中、陽はあの木の下にいたのかもしれない。
 メールの一文の下には陽の家の住所が書かれていた。うちの会社の最寄り駅から急行で三つ先の神南町駅から徒歩十五分と書かれている。わたしが通勤で使っている同じ沿線の通過する駅だ。うちはさらに急行で三つ先。陽の家とうちの最寄の間に真麻の病院とT-Bランドがある。

 廊下に出て、真麻に電話する。もし出なかったらメールを送ろうと思っていたらすぐに通話に切り替わったけど、残り少ない休憩時間だったようで、用件だけ言われてすぐに切れてしまった。
 喉が痛くて食事もろくにとれていないことと、家の鍵を開けておくように言ってあるから勝手に入っていいということ。
 二十一時には仕事を終え、それから三十分くらいでつけると思うからそれまで陽の家にいてほしいとお願いされた。
 すっかり恋人同士なんだなと思ったら胸が痛んだけど、今はそんなこと言ってられない。
 携帯で喉が痛い時にいい食事を検索し、仕事を早く終えて十七時ジャストに会社を飛び出した。


 降りたことのない神南町駅で、携帯の地図を見ながら陽の家を目指す途中にスーパーを見つけて寄った。
 とりあえずいろいろ買っていこうとかごに入れていたら、袋ふたつ分がパンパンになってしまった。重くてゼーゼー言いながらようやくついた陽の家は二階建ての昔ながらの木造アパートだった。
 急行が止まるそれなりに栄えた駅の徒歩で十五分圏内だから、もう少し新しい感じのアパートを想像していたんだけど昔の映画に出てくる下宿みたい。
 周りは住宅地できれいなマンションや家もあるのに、このアパートだけタイムスリップしてきたような感じだった。外付けの階段を上ると、軋むような音が鳴るのは気のせいじゃないはずだ。
 
 一番奥の扉の表札に『小鳥遊』と書かれていた。それも少し茶ばんでいるように見える。
 鍵は開いていると真麻が言っていた。だけどいきなり開くのは失礼な気がして、軽く扉をノックするけど何の反応もなかった。眠っているだけならいいんだけど、具合悪くて倒れてるとかじゃなければ……。

「おじゃまします……」

 静かに扉を開いて中を覗くと真っ暗だった。
 手探りで壁沿いにあるだろう電気を探し、スイッチをつけると入ってすぐ右にシンクがある。正面のすりガラスの扉の向こうがきっと部屋になっているんだろう。
 なるべく音を立てないように上がり、数歩歩いただけでたどり着くそのすりガラスの前に立ち尽くす。

 真っ暗なこの向こうに陽が寝ていると考えたら胸がざわめくようだった。罪悪感と緊張が入り交じったような感じ。ゆっくりと扉を引くとぎしぎしと音がした。
 なるべく音を立てたくないのに! そう思ったけど立て付けが悪いんだから仕方がない。ようやく開いた扉の向こうにはこたつとローボードの上に置かれた小さなテレビが一台あるだけで、陽の姿はなかった。
 中を覗き込むと右にふすまがあり、もうひと部屋ある。その奥が寝室だったのか。開ける前の緊張を返してほしいと行き場のない憤りを持て余す。

 ふすまを開けると、こっちに足を向けた状態に敷かれている布団で眠る陽の姿があった。
 こっちの寝室は左の窓際にローボードとデスクトップのパソコンが一台置いてあるだけであとはほとんど何もない。とっても寂しい部屋。
 よく眠っているようだけど、呼吸は浅くて苦しそう。額には冷却シートが一枚貼ってあるけどすでにカラカラの状態。全く意味がないからはがしてしまおう。
 すぐにキッチンで暖かいお湯を用意し、湿らせたタオルで軽く顔を拭った。
 吐く息もかなり熱い。身体全体から熱気を発しているようでまだ体温が高いことが伺える。苦しそうな顔が一瞬緩んで、その双眸がゆっくり開いた。

「……え?」

 ぼんやりとした表情の陽がわたしを見て、目を見開いた。
 まさかわたしがいると思わなかったのだろう。驚きが隠せないと言った様子だけどそれ以上言葉が出ないみたいだ。
 カサカサに乾燥した唇が小さく震えている。怒っているようには見えなかったけど勝手に顔を拭かれていやだったのかも。

「ごめんなさい。真麻がすぐに来れないから……代わりに来ました」
「風邪、うつる……」
「大丈夫です。マスクします。何か食べられそうですか?」

 そう、陽が気を遣うと思ってマスクを買ってきた。本当は陽につけさせるのがいいんだろうけど、呼吸がさえぎられてしまいそうだから。
 小さくうなずく陽を起こしあげ、買ってきたポカリスエットを飲ませてもう一度横にする。まだ汗はかいてないみたいだ。
 寒気はしないか尋ねると『しない』と返ってきたので氷枕を用意して頭の下に敷くと、陽が心地よさそうに目を閉じる。

 来てよかった、純粋にそう思った。

 だけどその思いはすぐに覆されることになるとも知らずに。


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Date:2014/01/10
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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