空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 8

第8話

陽と真麻




 翌週から先輩達が陽を見たいが為にコーヒーの配達を頼むようになっていた。

 数が多い方が配達依頼しやすいと言われて一緒に注文してもらっている。
 なんとなく会いづらい。でもカフェオレを飲みたいという葛藤からは解放されて助かった。
 陽が配達してくる頃を見計らってトイレに立ったり席を外すようにしたからオフィス内で顔を合わせることはない。
 たまたま社外に用があって出る時にお店をちらっと見ると陽が接客していたりする。その姿を見るだけで胸が苦しくなった。

 どういう顔をしてあったらいいかわからない。
 これ以上接してはいけないって思う。だって仲良くなればなるだけ苦しくなる。今ならまだ間に合うはずだもん。
 これ以上深入りしてはダメって、自分の中で警鐘が鳴っているから。


 陽から受け取ったスケッチブックは常にわたしの鞄の中に入っている。
 いつ返せばいいのかわからなくて。すでにタイミングも何もない。偶然会った時に返せるようにいつでも持っているだけ。あの日から一度も開いてはいないままで。


 あの日の後からメールも電話もない。
 スケッチブックを返しますくらいのメールをしてもいいとは思うけど、打っては消し、打っては消しの繰り返しで結局下書きフォルダに入ったまま。真麻に頼むのもおかしいし、封筒に入れてお店の子に預けることも考えたけどまだ何も実行に移せてはいない。


**


 その週末の金曜、昼休みに陽からメールが来た。

  『明日も絵を描きに行くの?』

 たったひと言だけど、送信者の名前を見て胸が高鳴ったのはきっと気のせいじゃない。
 はい、と答えてもいいのかわからない。もし行くと言ったら陽はまた来るのだろうか。そんな淡い期待とその先に見える未来への不安が入り交じっていた。

 あの日、確かに楽しかった。その思いに偽りはない。

 わたしの作ったものをあんなにおいしそうに食べてくれて、楽しい話もいっぱいしてくれた。
 音楽を聴きながらじゃなくても楽しく絵が描けた。
 また、一緒に絵を描きたい。正直に言えばそうだ。だけど、陽が好きなのは真麻だ。
 攻略方法を教えてほしいと言われたのだから間違いはない。それなのになんであの日、陽は真麻のことを何も聞かなかったのだろうか。本当は聞きたかったのかもしれないけど、聞きづらかったのかもしれない。聞きにくい雰囲気にしていたのはきっとわたし。

 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 結局返信できず、陽がそろそろ配達にくる頃だと思って席を外してしまった。
 もしかしたらまた脅しめいたメールが来るかもしれない。一瞬そう思ったけど、何の連絡もないままその日の仕事を終えた。
 これじゃ連絡が来るのを待っているみたいな自分に気づいて、本当にいやになる。


 仕事を終え、重い足取りで社を出ようとした時についお店の方を見てしまった。
 購入カウンターの前に立っている若い女の子と陽が楽しそうに話している。それを見るだけで胸がちくりと痛くなった。なんでこんなふうになるのかその理由を自身に深く追求することだけは避けたかった。
 ICカードが正常に読みとりをして、セキュリティゲートが開く。そこを通り過ぎようとした時。

「のんちゃん!」

 お店から陽が走ってくるのが見えたけど、大きい声で呼ばれどうしていいかわからず、無我夢中でその場を逃げ出してしまっていた。
 振り返ることもせずただただ走る。陽の声は聞こえてはこなかった。

 胸がドキドキした。急に走ったからじゃない。 
 ひさしぶりに呼ばれた名前、向けられた笑顔。恥ずかしかったからじゃない。うれしかったから。

 加速していく想いを偽るのが辛いくらいわたしの心の中は陽でいっぱいになっていた。



 その日の夜。
 どうにも陽のことが頭から離れず、眠れそうになかった。
 真麻に相談してみたい気持ちになったけど、うまく説明できる自信がない。
 こんな話を持ちかけたら、『恋のせい』と言われるような気がして。
 その答えがほしいわけじゃない。違うと否定してほしいだけ。そんなこともわかっているから余計にどうしていいかわからない。

 だけどこんなふうにひとりで悶々としているのは精神的にもたない。
 こんな気持ちになったのはきっと生まれて初めてだと思う。いつもだったら、少し辛いけどいつの間にか自分の中からその人の存在を消すことができていたはずなのに。
 
 わたしの部屋のカレンダーには真麻の勤務が記載してある。それによると今日は遅番で、二十一時までの勤務だった。そろそろ帰ってくる頃だろう。
 とにかくひとりでいたくなくて、パジャマの上に赤いはんてんを羽織り、部屋を出た。


「あの家、送ってくれてありがとう」

 家の門を開けた時、真麻のよく通る声が聞こえてきた。
 ちょうど帰ってきたところのようだ。また誰かに送られてきたみたい。
  
「夜道の女性のひとり歩きは危険だからね。それにこうやって送らせてくれるってことは僕を信用してくれているってことでしょ?」
「もちろん」

 楽しそうに笑いあうふたつの声に聞き覚えがあった。
 真麻と一緒にいるのは間違いなく陽だ。
 ふたりはわたしの気配に気づいたのか、家の前で足を止めてこっちを見た。

「あ。のん、ただいまー」

 わたしは固まったまま動けなかった。
 驚いた表情の陽がわたしを見つめている。

「おか、えり」
「うちに来るところだった? その格好じゃ風邪引くよ。そうそう、陽がのんに話が――」

 最後まで聞かないまま家に入って玄関の扉を閉めていた。

 真麻に言われてはんてん姿の自分に気づいた。よりにもよってこんな格好を見せてしまった恥ずかしさがこみ上げてくる。
 そんなことよりもなんで仕事帰りの真麻と陽が一緒にいるのだろうか。それを考えただけで、自身の心拍を聞き取れてしまうんじゃないかってくらい高まる鼓動を感じていた。

 そして、陽の言葉が頭から離れなかった。

 ――送らせてくれるってことは僕を信用してくれているってことでしょ――

 まるでわたしが陽を信用していないみたいな言い方。
 そうじゃない、そうじゃないのに。

「ちょっと、話の途中で――」

 玄関が開いて、真麻が入ってきた。
 その場に立ち尽くしていたわたしは階段を駆け足で上り、逃げるしかなかった。今は真麻と話したくない。

「のん!」
 
 真麻の声が聞こえたけどすぐに部屋の扉を閉め、そこに寄りかかったままずるずるとその場にしゃがみ込んでしまう。
 なんてお似合いのふたりだろうか。わたしが協力するまでもなくあのふたりはすでにつき合っているみたいだった。

「のん、開けて」

 背にした扉をノックする音。そこから真麻が怒っていることがわかる。
 それに声のトーンがいつもと全然違う。ドアノブが回る音と同時に寄りかかっていた扉が押される感覚がした。しつこいくらいに真麻がノブをガチャガチャと回し続ける。そしてはあっと大きなため息。
 
「陽がこの前のお弁当のお礼をしたいから明日九時にT-Bランドの木の下で待ってるって。メールしても返事がこないって伝言預かったんだから。私は伝えたって言うからね!」

 どんどん、と荒々しく扉が叩かれる振動を背中に感じる。
 真麻の怒りがダイレクトに伝わってくるようだった。だけど開けるつもりはない。この扉が唯一の防波堤かの如く全体重をかけて押さえ込んでいた。まるで殻に籠もった自分自身を守っているようで滑稽だと思いながら。

 明日の九時、あのツリーだった木の下で、陽がわたしを待っている。

 でも、行けない。
 行ってしまったら、きっともっと惹かれてしまう。
 お礼なんかいらない。わたしは何もしていないもの。協力だって。
 
「ちょっと! 聞いてるの?」

 苛立った真麻の声と共に再び背中に振動を感じた。

「行かない」
「って、知らないわよ。陽に直接言ってよ」
「知らない」
「私だって知らないわよ」
 
 真麻の足音が遠ざかってゆく。
 行かないとメールだけでもしておく方がいいだろう。本当はしたくない。関わりを持ちたくないけどしょうがない。

  『お礼は結構ですので真麻を誘ってください。明日は仕事休みですから』

 知ってるかもしれないけど。
 短いメールを送信し、そのままベッドになだれ込むように横になった時、携帯が震えた。陽からの返信だ。

  『待ってる』

 一言だけのメッセージに心臓がどくんと跳ねたような胸の疼きを感じた。
 『行かない』と突っぱねるような拒絶をするよりもいいかと思ってそうメールしたのに。嘘でも『用がある』と送るべきだったのかもしれない。だけどもう嘘をつきたくなかった。
 スケッチブックに書かれたメッセージを見たら罪悪感がいくつも押し寄せてきて、今更だけど四つも嘘をついてしまったことを後悔していた。バレてしまった真実の方が多いだろうけど、時間を巻き戻せるなら最初からやり直したいくらい。

 けれどこの場合は自分自身守るための嘘になるんじゃないかと今更ながら後悔した。
 ひとを欺くための嘘しかつけないなんて、最悪な自分を罵りたい気持ちでいっぱいになった。




 翌日。
 起きてカーテンを開けるとぼたん雪がちらついていた。初雪だ。
 ツリーだったあの木に雪が降り積もるかもしれない。寒いだろうけど絵を描きに行きたい気持ちになる。 
 だけどこんな雪じゃ陽も行かないだろう。風邪を引くだけだ。もしかしたら真麻を誘って他の場所に行っているかもしれない。

 待ち合わせ時間の九時。
 部屋の窓から外を見ると、うっすらと雪が積もりはじめている。結露がびっしりで手で窓を拭わないと見えないくらいだ。
 レースのカーテンを閉め、ベッドの上に座る。無造作においてあった携帯は静かなまま。

 来てるわけない。

 だけどこの胸に迫る不安みたいなものはなんだろう。
 気のせい、そういい聞かせて布団に包まった。
 せっかくの休みだし、寒いからこうして蓑虫みたいに冬眠しよう。



 ――夢を見た。

 T-Bランドで陽と真麻が楽しそうに観覧車に乗ろうとしているところ。
 あのイブの日、わたしが高所恐怖症だからふたりも合わせて乗らないでくれていたのを思い出す。
 だけど、今はふたりきりだからなんの躊躇いもなく腕を組んで向かって行く。

 やっぱりわたしがいないほうがふたりだって楽しかったに違いない。
 あの時楽しめなかった分を取り戻すかのようなふたりの後姿を見て、思った。


 ――行かないで


 怖くても乗るから、わたしも一緒に連れて行って!
 もうひとりはいやなの。ううん、そうじゃない。

 
「……起きなさいよ!」

 おもむろに布団をめくられ、一気に現実へ引き戻された。
 鬼のような形相の真麻が仁王立ちでわたしを見下ろしている。

「何やってるの? 待ち合わせは!?」

 寝ぼけた頭で一瞬頭が回らなかった。

「陽が待ってるのに、あんたはベッドでぬくぬく?」
「……行かないってメールしたもん」
「嘘つき」

 真麻の何気ないひと言が胸を抉る。
 今一番言われたくない言葉だったから。

「嘘じゃない、メールした」
「そうじゃない。『行かない』じゃなくて私を誘えってメールしたくせに。臆病者。もう知らないから」

 頭の上からバサリと布団を被せられた。
 視界が暗くなって息苦しくなる。

「もう……し……たら、陽とつき合うから」

 わたしにかけられた布団の上に何かが当たる感触がした。
 たぶん真麻がクッションを投げつけたんだろう。痛くはない。それとほぼ同時に部屋の扉が閉まる音。
 最初のほうがよく聞き取れなかったけど、大事な部分はちゃんと聞こえていた。

 ――陽とつき合うから――

 両思いだったんだ。
 そうだよね。 

 妙に納得してしまって、乾いた笑いしか出なかった。


→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2014/01/08
Trackback:0
Comment:2
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

*

うわわわわー!拗れちゃったー!のんちゃん勇気ふり絞ってほしいなー。満月の更新もよろしくですw
2014/01/09 【仙堂莉映】 URL #- 

* 仙堂莉映さま。


こんばんはー!
うわーコメントありがとうございます(´∀`)うれしいなー。

拗れちゃいましたー。真麻は激おこですし。
のんはうじうじしすぎなところがありますよね。もうっ!ってなります。
まだまだうじうじするかもしれませんが、最後までおつき合いよろしくお願いします♪

満月…がんばる(`・ω・´)b
2014/01/10 【こなつ】 URL #- 

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/339-e16239bc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)