空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 7

第7話

再び陽とわたし




 なんなのよ! なんなのよ!
 なんでわたしがあの人の恋がうまくいくよう協力しなきゃいけないわけ?

 結局わたしは利用されるだけなんじゃない。
 真麻とうまくいくようキューピッドになれってことでしょ。だからわたしなんかを介さないで直接真麻へぶつかれってアドバイスしてやったのに簡単に覆されただけのような気がする。うまく口車に乗せられたとでも言うのだろうか。

「おいしそー! いっただきっ」
「あっ! こらーっ!」

 揚げたての唐揚げを背後に忍び寄ってきていた真麻が皿から掠め取った。
 はぐはぐと熱そうに口の中で熱を逃そうとしている。一昨日前の鍋とまるっきり一緒だ。

「んー、うまあー。私の分もお弁当あるよねっ」
「……なんでよ」
「なんでそんなツレないの? 週休二日制の企業が多い中、土日祝日関係なく頑張ってるのに」
「わたしは怒ってるの。わからないの?」

 むくれた表情だった真麻がきょとんとしてわたしを見つめている。

「何に怒ってるの?」
「陽さんに、余計なこと言ったでしょ? お弁当持って、絵を描きに行くとか」
「あー、そう言われてみれば言ったかも」

 再び唐揚げに手が伸びてきたから皿ごと取り上げると唇を尖らせて頬を膨らませる。
 ぶつぶつと何か文句を言いながら、急にその表情がニンマリしたものに変化した。

「えっ、今日は陽と?」
「……」
「ふーん、だからいつもよりお弁当に力入れてるんだー! 唐揚げなんてあんまりやらないもんね」
「ちっ、違うわよっ」
「あーあー、いいのいいの。照れない照れない」
「真麻が余計なことを吹き込むからでしょ? わたしはひとりでゆっくり絵を描きたいのに、他の人が来るなんて迷惑なのよっ」

 揶揄る真麻のその態度にカチンと来て、声を荒らげてそう叫んでいた。
 リビングの方から「何事?」と心配そうに母が覗き込んでいる。だけど黙ったままのわたしと真麻を見て「けんかしないのよ」とすぐに戻って行ってしまった。
 揚げ鍋の中の油がパチパチと音を立てているのに気づいて、すぐに皿に上げると真麻の大きなため息が聞こえた。

「それさ、言う相手間違えてない? 迷惑なら直接陽にそう言えばいいじゃない。なんで私が文句言われるの?」
「え……」
「のんのことだから、どうせ何も言えなかったんだろうけどさ。だからって私に八つ当たりとか間違ってる」

 そう言い残した真麻がどんどんと大きな足音を立ててキッチンをあとにした。
 なんでわたしが怒られるのか一瞬わからなかった。だけど冷静に考えたらそうかもしれない。わたしがちゃんと断ればよかったのかも。はっきり断れなかったのは自分の責任だ。なんで陽に「迷惑だ」とはっきり言えなかったのだろうか。

 それにこれからわたしは真麻と陽のキューピッドみたいなこともしないといけないのに。なんでどうしてこんなことになってしまったの?

 ふつふつと自分の中で何かが燻っている。
 それが何なのかこの時のわたしにはまだわかっていなかった。

 
 伯母さんに真麻用の弁当を渡して予定より早めに家を出た。
 キャメルの短めのダッフルコートにピンクベージュのマキシ丈スカートにベージュのムートンブーツ。クリームの耳まで隠れるニット帽をかぶった。
 もちろん上下防寒機能ウェア着用。絶対に寒いはずだからこの時期必需品の使い捨てカイロはポケットの中と予備として未開封のものをトートバッグにも忍ばせている。
 寒さで手がかじかんで絵が描けないのが一番困るから。なりふり構っていられない。見た目より機能性第一なのだ。

 
 待ち合わせは九時だったけど八時半にはついていた。
 パークの正門はすでに開いていて、チケット売り場にはすでに開門と同時に入りたい人達が早々と並んでいる。
 ツリーと化していた木の装飾は当たり前だけど外されている。だけどその下はやっぱり待ち合わせ場所には最適なようでまばらに人が立っていた。
 正門を入ってすぐの花壇の石垣に座り、スケッチブックと鉛筆を取り出し、iPodからflybyの曲を流して準備完了。早く描いて、なるべく早めに帰ろうと思ったから予定より早めに出てきた。気合入れて描こう。


「……ふぅ」

 手が冷えて動かなくなってきた。
 はあっと吹きかけた息が白い。ポケットからカイロを取り出して両手でくしゅくしゅすると痺れたようにじんわりと温まってゆく。
 暖かいお茶でも飲もうかなとトートバックに手をかけた時、隣に座っている人の気配を感じた。

「やっと気づいてくれた」

 左隣にいつの間にか陽の姿があった。ぜんっぜん気づかなかった。
 わたしと似たような色のキャメルの革ジャンに黒のパンツ姿で、まるで合わせたみたいになってしまってる。そしてその手にはスケッチブック。
 
「絵、描く……?」
「ああ、うん。少しだけね。のんちゃんほど本格的じゃないけど」

 あまりにいきなりのことでカタコトになってしまってる自分。恥ずかしい、聞き直したいくらいだ。
 それにわたしだって本格的なんかじゃない。自己満足のただの趣味。どんな絵を描くのか見てみたいけど、見せてはくれなそう。
 わたしがひとりで絵を描いて、ただとなりにいるだけじゃつまらないだろうなと思っていたから助かったかも。真麻攻略法を一緒に考えるにしても食事時とかの方がいいだろう。今は絵に集中したいし。
 そう思っていたら、陽がスケッチブックに向き直った。彼も描く方に集中したいのかもしれない。ちょっと気が楽になってわたしもスケッチを再開した。


 徐々に人が増えてきているなあと感じてはいたけど、時間がどのくらい経っているのかは全く把握していなかった。
 再び手が冷えてきたなと思った時、わたしのおなかの虫が鳴いた。音楽を聴いていたから音は聞こえなかったけど、もしかして……。
 ちらっと左隣の陽に視線を向けると、くっくっと笑いをかみ殺してスケッチブックで顔を隠し、肩を小さく震わせていた。わーん! きっと大きな音が鳴ってたんだ! 恥ずかしい……穴があったら入りたい。

「もういい時間だもんね、ほら」
「えっ!? うそっ?」

 向けられたごつい腕時計が示している針を見るとすでに十三時半を過ぎていた。
 そりゃおなかもすくはずだ。朝は弁当のおかずを軽く摘んだだけだったし。
 トートバッグから弁当箱を取り出し、ひとつ陽に渡すと「分けてあるんだ」となぜか少し残念そうに言われた。当たり前でしょうに! 恋人同士だったらまだしも、友達でもなんでもないのにひとつの弁当箱からつつきあえますかって言いたくなるのを一生懸命堪えた。

 一緒にウエットティッシュを渡すと「準備いいね」と言われた。こういう時の必需品だから常に鞄に入っているだけだ。
 おにぎりは何個食べるかわからなかったから適当にたくさん作ってきた。お互いの間におにぎりの入ったきんちゃくをどんと置くと、陽が目を輝かせてそれを見ている。

「えっ、これ中身何っ?」

 そっか、好き嫌いとかあるよね。全然そんなの考えなかった。
 これだけ細いんだもん。きっと偏食なんだろう。昨日羅列した希望のおかずだってまるっきり子ども向けのメニューだったし。

「あっ、でも食べた時にうわーってのがいいから聞かないで食べる。いっただきまーす」

 あれ? 好き嫌いじゃないんだ。
 きんちゃくの中に手を入れてすぐにひとつ取り出した。そういえば目印も何もつけてないからどれがどの具だかわたしにも見分けがつかない。自分の好みで作ってきてしまったけど、もし嫌いなものがあったらどうしよう。残してもらえばいいか……。

「わ、なんだろ? これっ」
「えっと、カリカリ梅をきざんだのとおかか……」

 ひと口かぶりついて向けられたその具の中身を教えると、キラキラと輝いた目つきでそれを見ている。
 そして再びかぶりついて大きくうなずいた。

「んまいねー! カリカリ梅のおにぎり初めてだ。ゴマも入ってる?」
「え、あ、はい」
「おいしいなあ。これ好きだわ」

 ただのおにぎりですが……?
 なんだかすごくオーバーな気がしないでもないけど、とりあえず自分も食べよう。
 そうそう、水筒の中の暖かいお茶を出すつもりだったのにおにぎりの具ですっかり忘れてたわ。

「わー! お弁当カラフルっ」

 弁当箱を開いた陽が大声を上げたからビックリしてお茶をこぼしそうになった。
 カラフルって、言われたものしか入れてないつもりなんだけど。唐揚げと厚焼き玉子、タコさんウィンナーにプチトマト。彩りにアスパラとベーコンをまいたものとほうれん草のチーズ焼きくらいで。
 時間がかかったのは唐揚げくらいで実質いつもの弁当とほとんど変わらない。こんなによろこばれると申し訳ないくらいだ。

「お茶、置いておきます」

 そう声をかけた時には満面の笑みで唐揚げをほおばっていた。ありきたりの弁当なのになんでこんなにうれしそうなんだろう。
 ひとつひとつ噛みしめておいしいおいしいと繰り返し、「これも食べていい?」とわざわざ確認を取りながらおにぎりの具を言い当て、あっという間にほぼ間食してしまっていた。
 気づけばわたしはおにぎりをひとつ食べたくらいでおかずにほとんど手をつけていなかった。そのくらい呆気に取られて食べっぷりを見つめてしまっていたんだ。

「ごめん、おにぎり一個しか残ってない……」
「……いいです」
「はあーすんげえうまかった! 満腹ー! 幸せー!」

 おなかをぽんぽんと叩いてお茶を啜る陽。この細い身体のどこにあれだけの食べ物が入ったのだろうか。不思議でならない。
 片付けていると、わたしが持ってきたものじゃない水筒のコップが差し出された。

「ごちそうさまでした。これ飲んで暖まって」

 まだ熱々のカフェオレだ。湯気がふわんと上に向かって立ち込めて、甘いいい香りが漂ってきた。
 躊躇いながらそれを受け取ろうとした時、陽のひんやりした指先に触れてしまって思わず手を引いてしまう。恥ずかしいのと申し訳ないのが入り交じったのと同時に不安になった。
 風邪をひいてしまうんじゃないか。そう思ったらポケットから使いかけのカイロを取り出して差し出していた。

「こっ、これっ」
「えっ、でも」
「……わ、たしの使いかけなんていやでしょうけどっ、今っ、新しいの出しますからそれまで我慢してっ」

 強引に陽の膝にカイロを置いてトートバッグを漁ると、その手が止められた。
 わたしの腕を陽が掴んでる。

「いやじゃない。すごく暖かいや。ありがとう」

 カイロを頬に当てて、陽がニカッと笑った。
 ずきんと疼くような胸の痛みにいやな予感がする。
 また、わたしは同じことを繰り返してしまうんじゃないかって。

 もらったカフェオレはほんのりと甘くて、じんわりと冷えた身体を癒してくれる。
 だけどそれを口にするたびに陽の優しさみたいなものが伝わってきて虚しい切なさがじわりじわりと湧き上がってくるようだった。そんな思いに気づいたわたしはひどくやるせない心もちになって、陽を見ているのが辛かった。

 弁当を作りながら自分の中で感じた燻りはこれのような気がして、怖くなったんだ。

 そんな様子を感じ取ったのかわからない。
 だけど、陽は急にいろいろ話しはじめ、なぜわたしの名前を知っていたのかを教えてくれた。
 随分前のことだけど、社に入ろうとしてセキュリティゲートにひっかかった時(よくやる)社員証をゲート内にフッ飛ばしたことがあってそれを陽が拾ってくれたらしいのだ。全く知らなかった。
 そういう経緯があって、わたしがよくカフェに来ている社員だということがわかったらしい。多くのお客さんと接してると思うのに。
 
「だからなんで名前を偽られたのかよくわからなかった。のんちゃん警戒心強そうだし、本名を教えることに抵抗を感じてたのかなって。」
「……」
「頑なにノブコって言ってたからノブちゃんで通してたけどね」

 スケッチブックに向かいながらパークの前の木を書き始めた陽。
 前髪が邪魔じゃないのかな、そんなことを思いながらその横顔をじっと見てしまっていた。

 達に似ている、だけどそれとは違う思いで目が逸らせなかった。
 


「今日はありがとう。これ、あとで見て!」

 別れ際に陽のスケッチブックを渡された。
 今日描いたであろう絵と思うけど、受け取ってしまっていいのかな。
 
「気に入ってくれるとうれしいな。じゃ、また週明けにね」

 手を振って駅のほうに向かって歩いて行く陽の背中をじっと見つめていた。
 駅まで一緒に帰ろうか、そんな言葉をかけてくれたのにもう少し描いていくと嘘までついたわたし。
 少しでも早く距離を置きたかった。
 終わるまで待ってると言ってくれたのに、音楽を聴きながら描きたいからと拒絶みたいなことまでして。

 陽は少し悲しげに笑っていた。

 奪うようにしてわたしの携帯番号を手に入れた時の強引さは微塵もなくて。
 昨日の帰り、今日の約束を取りつけて弁当を強要した自己中心的な行動も全くなかった。
 むしろ押し付けない程度の声かけ、そしてわたしのペースを崩さないように気配りまでしてくれたように思える。

 陽の姿が見えなくなって、受け取ったスケッチブックを開いてみた。

「っ!」

 そこに描かれていたのは風景画じゃなくて、イラスト風にかわいくデフォルメされた人物画だった。
 服装とか髪型でわかるくらいにしか似せられていないけど、間違いなくわたし。
 笑顔のわたしと眉に皺を寄せているわたしの二枚のイラストだった。しかも色鉛筆まで使っている。風景を見ながら描いているふうだったのに、わたしを見ていたってこと? そう思ったら恥ずかしくて気がおかしくなりそうだった。

 次のページをめくると、ふたりの人物画で。
 それはどう見てもイブの日のわたしと真麻がうれしそうにハンバーガーをかじる姿。その絵は水彩色鉛筆が使われていた。きっと家で描いたものだろう。わたしの頭の上に小さく文字が書いてあった。

  『もう、うそはなしね』

 真麻のことを好きな人に横恋慕なんてしたくない。しちゃいけないのに。
 辛くなるのは自分だって痛いほどわかっているくせに、なんで同じことを繰り返してしまうのだろうか。

「こんなの、ずるいよ……」

 スケッチブックを抱きしめながら、涙を堪えるのに必死だった。


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Date:2013/12/31
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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