空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 6

第6話

両親と真麻とわたし、そして陽




 なんとか立ち上がってキッチンに行くと、すでにわたしの両親プラス真麻が鍋をつついて食べていた。
 両親が隣同士に座り、父親の向かいに真麻が座ってまるで本当の家族のようだ。鍋からはキムチの匂いがプーンと漂う。

「のん、遅いよー。もう食べ始めてる」
「見ればわかる」
「この軟骨入りの肉団子おいしいよ。早くしないとのんの分なくなっちゃうから」

 その団子はわたしがもっとも好物としているものだった。
 慌てて真麻の隣に座り、小皿片手に取り始めると母が「まだあるわよ」とお玉でこっちに寄せてくれた。
 
「真麻、どういうつもりよ」
「え、なにが? 今日お母さん夜勤だもん」
 
 真麻がここにいて、うちでごはんを食べている時点でそんなことはわかっている。
 伯母さんも看護師で、真麻とは別の病院で働いている。夜勤の時はこうしてうちで食べるのだ。
 なんでもそつなくこなしそうな真麻だけど、実は料理だけは苦手。デートにお弁当を持参したいけど作れないと泣きついて来ることなんてしょっちゅう。それなのに見栄を張って持って行きたいと言うもんだから代わりにわたしが作っていた。

 今言ってるのはそうじゃない。
 ギッと睨みつけると、横目でこっちを見ながらモグモグと口を動かしている。

「そうじゃなくて、陽、さんのこと」
「ふぇ? あっち!」

 キムチ鍋をほおばりながら話すものだから、真麻が口元をやけどしたようで手で押さえていた。
 気をつけなさいよーと母に注意され、うんうんうなずきながら口の中ではふはふと熱さを逃がすようにしている。まるで魚みたい。まあ、そんな姿もかわいいんだけど。

「のん、陽に会ったの?」
「偶然、ね」
「どこで」
「会社の傍の駅」
「ふーん」

 ニマニマとほくそ笑む真麻を見ていやな予感しかしなかった。

「誰? 陽って」
「あれ、パパ気になる? あのねえ、クリスマスイブに……」
「真麻っ! 怒るよっ」

 慌てて止めると父と真麻が目を見合わせて肩をすくめた。油断もすきもない。
 うちの両親も真麻の両親も、そして真麻も妙にノリが軽い。わたしだけが馴染めていない感がずっと付きまとっている。わたしは本当にこの家の子なのだろうかと時々本気で思ってしまうくらいだ。

「花音にも春が来るのならそれでいいじゃないねえ~」

 のほほんとした表情でビールを一口飲む天然な母。何もかもお見通しみたいな締めの言葉。
 春なんかくるわけないじゃない。いいの、わたしはひとりで好きなことを好きなようにして生きていくんだから。


 食事を終えて部屋に戻ると陽からメールが届いていた。
 携帯番号からのメール送信。そう言えばアドレスの交換はしてないはず。

  『急に電話切れたからどうしたのかと心配してる』
  『気づいたらメールでもいいからちょうだい』
  『ただ無視してるだけなら、こっちにも考えがあるからね』

 脅しだ! 脅しとしかいいようがない。
 数分間隔で何度もこんなメールを送られたらそうとしか思えない! 『あるからね』だなんてさも穏やかそうな口調で書いてるけど絶対に怒っている。
 ベッドの上で身震いした。なんでこんなふうにわたしを追いつめるのだろうか。陽が何をしたいのかその意図が全くつかめない。
 とにかくメールでもいいならメールで返事しよう。まともにしゃべれそうになかった。

  『ご飯を食べてました。ごめんなさい。今日はもう寝ます』

 いきなり電話を切ってしまった失態と、その後すぐに返信せず食事に行ったことの謝罪は一緒くたでいいだろう。返信が来てもスルーだ。寝るって言ってるのだから。
  
 コートのポケットに携帯を入れて部屋の電気を消した。
 まだ二十一時になったばかりだけど。寝てしまおう。起きていて万が一それがばれたら恐ろしいもの。まさか真麻が告げ口したりはしないだろうけど……。


**


 翌朝、ポケットから携帯を取りだしてみると陽からメールが一件。
 ドキドキして開いてみると、『おやすみなさい』と一言だけ。罵詈雑言だったらどうしようと思いながら確認したのに、なんだろうこの脱力感みたいなものは。
 あんなに脅すようなメールをしてきたのに返信すれば信じてくれたみたいで、陽さんが何を考えているのかさっぱりわからなかった。


 職場に向かいながらも陽のことが頭から離れない。まるで恋をしているみたいじゃないか。違う違う。
 あの人の職場も偶然この辺りなのかもしれない。たまたま見つかって声をかけられてしまったけど、今後会わなければ自然にフェードアウトできないだろうか。
 職場に着き、鞄から社員証を取り出してセキュリティゲートにかざす。

「わっ!」

 ばあん! と勢いよく腹部辺りに位置するゲートが閉じて、前につんのめりそうになった。
 わはははと後ろからも前からも笑い声が聞こえてくる。うぅ、この社員証、きっと接触悪いんだ。この前もこんなふうになったもの。人事課に行って新しいのに変更してもらわないとダメかもしれない。

「あ」

 見てみると手の中にあったのはsuica。
 隣のゲートを颯爽と通りすぎてゆく他部署の職員に見られてげらげら笑われた。
 ああ、もう何もかもいやだ。



「長田さん、今日こそは下のカフェで注文してみよう。電話するから」

 昼休み、昨日誘ってくれた先輩に声をかけられ嬉々としてカフェオレを依頼した。
 なんだか昨日からカフェオレ不足だ。昼休みも飲めなかったし(栗大福はおいしかったけど)帰りも陽に邪魔されたし、夜もなんだかんだいって早々に眠ってしまったから。

 携帯をいじりながらぼーっとサイトを眺めていた。クリスマスイブに行ったテーマパークの画像。ツリーの飾ってあった時の画像を探しているんだけど見つからない。まだ描き終えてなかったのに。
 一度描き始めた絵は完成させたい。変なこだわりなのかもしれないけど、あんな中途半端じゃ終われない。あの日はわたしにとっていい日ではなかったけど、その記憶を昇華させるためにも。

「カフェオレ、お待たせしました」

 とん、とデスクに置かれたいつものクリーム色の紙カップには黒のドリンキングリッドがついている。
 これをつけたまま飲めるということを知らなかった時は『蓋なんていらないのに』とぶつぶつ文句を言いながら外して捨ててたっけ。それを思い出してつい笑いそうになってしまった。

「ありがとうござ――」

 小銭入れを手にして顔をあげ、お礼を伝える最中にわたしは言葉を失った。
 そこに立っていたのは見覚えのある茶髪で長めの前髪。その間から覗く細めの瞼。執事よろしく黒の蝶ネクタイにベスト姿の陽だったから。

「あ、バレちゃった」

 ニカッと得意げに笑うその表情が妙にさわやかだった。
 見間違いかと思って何度も目を瞬かせているとおかしかったようで陽さんが困惑の笑みに変わる。
 その胸元にぶら下がっているネームプレートには一階にあるカフェの店名、そして小鳥遊陽と印字されたその上にローマ字書きで『YO TAKANASHI』とと記されている。

「なーにニマニマしてるの? 思い出し笑い? やーらし」

 まさか、そんな。
 一階のカフェの店員だったなんて。同じビルの中で働いていただなんて全く知らなかった。
 初めて逢った時の既視感はあながち間違いではなかったのだろう。もしかして社内ですれ違ったりしていたのかもしれない。こんなにも身近なひとだったとは。
 ……だから電話番号を変えても無駄ということ。不本意ながらもようやく今、あの言葉の意味がわかってしまった。

 陽が颯爽と去って行った後、オフィスは一時騒然となった。
 
「今の店員さん、flybyの大野達央に激似じゃない!?」
「やっぱり? 私もそう思ったー!」
「人事課の子から達に似た店員が配達してくれるって聞いてたんだけどあんなに似てると思わなかった!」

 いつもよりワントーン高い声でキャイキャイ騒ぎ出す先輩達。
 陽は人事課で有名らしい。そして先輩達が達を好きだったとは知らなかった。

 
 そして仕事帰り。
 セキュリティゲート手前のカフェをチラしてしまう。
 購入口に立っているのは若いかわいらしい女の子ふたり。陽の姿はない。たぶん奥の方にいるのだろう。
 このカフェではよく買っているけど陽とは一度も顔を合わせたことがないはず。記憶にないだけかもしれないけどわたしがここの社員だということを陽はいつ頃から知っていたのだろう。
 とりあえずどうでもいい。早く帰って家で暖まろう。今日飲んだカフェオレの味もよくわからないくらい気が動転していた。

「待ってたよ」
「ひっ!!」
「ひっどいね、のんちゃん。その反応ナシでしょ?」

 オフィスの正門を出たところに陽が立っていたのに全く気づかず通り過ぎようとしていた。
 いきなり上から降り注ぐように声をかけられ驚かずにいられようものか。アリかナシかで言ったら絶対アリのはず。不意に声をかけるほうが悪いんだ。
 不服そうな表情の陽がぷくっと頬を膨らます。元々シャープな顔立ちだからわずかにしか膨らんでいないけど。
 とにかく陽と一緒にいるところを先輩達に見られでもしたら大変。知り合いなのって質問攻めにあうこと間違いなしだ。一刻も早く社の前から立ち去らねば。
 そう思って自然と足早になるわたしのあとを陽さんがついてくるのがわかる。
 お願いついてこないでと心の中で何度も繰り返すけど陽さんには伝わらない。こんなに避けているのになんて察しの悪いひとなんだろうか!


「今日は時間ある? どこかで食事でもどうかな?」
「むっ……無理です」
「今日も用があるの?」
「はっ、いえっ、家に食事が用意してあるので」

 小走りでその場を去ろうとしたのを察知されたのか後ろからぐいんと右腕を引かれた。
 おっととと、と後ろに転びそうになり慌てて体勢を保つとぷっと笑い声がする。うぅ、そっちのせいなのに。

「話の途中で逃げようとするからそういう目に遭うんだよ。じゃ明日の土曜日は? 会社休みでしょ」

 うううう……やっぱり週休二日制なのバレてるのか。
 でもここで言い負かされてはダメなのだ。

「用事が……」
「お弁当持って絵を描きに行くの?」
「っ!?」

 なぜばれたし! 
 昼休みにT-Bランドの画像を見て、明日描きに行こうと思っていた。
 配達に来た時にその画像を覗き見られたのかもしれない。でもそれだけじゃわからないはず。しかもなんでお弁当のことまで……って真麻しかいないじゃない。
 なんで従姉妹を売るような真似をするんだろうか。帰ってきたら吊るし上げてやるんだから!

「図星だ。僕も行く」
「はっ!?」
「おいしいカフェオレ持って行くよ。九時に例の場所集合でいいかな」
「ちょ、ちょっ……」
「僕の分もお弁当作ってほしいな。たまご焼きと唐揚げ。あとタコさんウィンナー」
「はあっ!?」

 何勝手なことばかり言ってるんだ、この人は。
 呆れて物も言えず、その顔を見上げる。自分では精一杯睨んだつもり。
 それなのに、陽はうれしそうにニコニコと笑っていた。それもなんだか照れくさそうなのは気のせいなのだろうか。

「じゃ、明日楽しみにしてるね。送りたいけど、迷惑でしょ?」
「え、あ……」
「気をつけて帰るんだよ。変な人に絡まれないようにね」
「あっ! あのっ」

 駅の方向へ去って行こうとする陽の背中を思わず引き止めてしまった。
 このまま言いくるめられてしまったらどんどん陽のペースに巻き込まれて変な展開になりそうだし、ここら辺で軌道修正しておく必要があると思ったから。


「なに、のんちゃん」

 またうれしそうに戻ってくるその顔を見て、どきんと鼓動を感じる。
 そんな顔を見せないでほしい。そう思いながらもわたしは伝えなければならないことをうまく頭の中で纏めるのに必死だった。だけどわたしが男の人にうまく説明なんかできた試しはない。
 もうなるようにしかならない。目を逸らすために俯いてグッと唇を噛みしめる。今だ、言うしかない!

「あのですね、真麻と仲良くなりたいのでしたら……わたしを介しても無駄だと、思います」
「……どういうこと?」
「真麻はですね、えと、押しが強いくらいの……そう、ひっ、引っ張ってくれるような男らしい人に弱いんです。だから、わたしなんかを介さないほうが――」
「僕は男らしくないってこと?」

 ――成功するはず、と続けようとしたのに、トーンダウンした陽の声を聞いて言葉を飲み込んでしまった。
 はっとして見上げると冷ややかな顔でわたしを見下ろしている。
 一変した態度に胸の奥が冷えたようになって、自分が言ったことを振り返ってみる。言い方が悪かったのだろうか。怒らせてしまったことには変わりはないようだ。

「あ……ご、めんなさい。でも」
「じゃ、どう攻略したらいいか詳しく教えてよ」
「えっ?」

 ――攻略?
 意味がわからずその顔を見上げると、ほんの一瞬前までつりあがっていたように見えた眦が穏やかなカーブを描くように細められ、結んだままの唇はかすかな笑みを浮かべていた。

 そしてまた、性懲りもなく胸をときめかせてしまうわたし。
 この人は陽であって大野達央じゃないのに。

「僕の恋がうまくいくように協力して」


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Date:2013/12/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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