空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 5

第5話

身勝手な陽とわたし




「え?」

 社でもわたしに触れる人なんていない。女性社員同士でもそんな親密な仲の人はいないし、男性社員はあり得ない。
 思わずいやな顔をして振り返ってみると、そこに立っていたのはニッコリと微笑んだ陽だった。

「やっぱり、ノブちゃんだ」
「……」
「大通りの信号の辺りでそうじゃないかなって思ってさ」

 陽の吐息が白い。顎の辺りまで巻かれたボーダー柄のマフラーもその長い髪の毛もコートも見覚えがあった。なんてことだろう。こんなところで再会するだなんて夢にも思わなかった。
 自分の意思とは裏腹に加速してゆく鼓動を感じて落胆した。これじゃまるで再会したことがうれしいみたいじゃない。
 
「連絡待ってたのに全然くれないんだもん。よかったよ、会えて」

 よくない。会いたくなかった。こんな偶然はほしくなかった。
 その手は離れようともせずにわたしの肩の上に置かれている。しかも職場の近くだから知り合いと会ってしまうかもしれないのに、このシチュエーションはいただけない。

「ノブちゃん?」
「人違いです。離してください」

 目の前のお店に入っていこうとする人がわたし達を怪訝そうな目で見ているのがわかる。
 入口前でこんなふうに押し問答をしていたら迷惑だ。きっと入りにくいはず。お茶は諦めて早く帰ろう。
 一向に外されない手を肩をまわすようにして拒絶し、改札口の方に向って歩き出す。この駅は改札口まで距離があるのが難点だ。入ってしまえばかわせるかもしれないのに。

「待ってよ、ノブちゃん。何言ってるの?」

 後ろからそんな声が聞こえてきた。
 足音でついて来ているのもわかる。それを無視して先を急ぐと、前に回られてしまった。
 そうされたらわたしの足だって止まるしかない。そのまま突き進んだら陽の胸にぶち当たるだけだもの。

「ねえ」
「人違いです」

 高いところから顔を覗き込まれるようにされて目を逸らすと、壁際のポスターが目に入る。それは奇しくもあのT-Bランドのものだった。
 陽の横を通り抜けようとすると、目の前に長い手がすっと伸ばされた。

「ノブちゃん、ねえ。どうして?」
「人違いだと言ってます」
「人違いじゃないよ。一度見たら顔忘れないし。一緒に遊んだよね。イブの日。このテーマパークで」

 やっぱり陽もこのポスターに気づいていたらしい。クリスマスイルミネーションイベントが終わり、ニューイヤーパレードと書かれたポスターを指差している。

「真麻ちゃんと三人でさ」
「っ!」

 今わかった。
 陽は真麻と連絡を取りたいのだろう。だけど肝心の真麻から連絡が来ないから、たまたま見かけたわたしに仲を取り持てと言いたいんだ。

「ノブちゃん」
「しっ、失礼ですけど……わたし、ノブちゃんじゃありませんからっ」

 陽が目を丸くした。
 進行方向を塞がれ、仕方なく元来た道を戻ることに決めた。
 この人に本名を教えなくてよかった。このままついてくるようだったら警察へ行こう。この近くに派出所があったはずだ。人違いと言ってるのにこの人に付きまとわれて迷惑ですって言おう。
 いざとなったら本名の書いてあるものを警察に提示しよう。そうすればわたしの味方になってくれるはず。
 自然に早足になる。それにあわせるように陽の足取りも速くなってついてきているのがわかった。

「待ってよ、ねえ。話しようよ」

 わたしの左斜め後ろから陽が声をかけてくる。
 早歩きをしているから少しだけ息があがっているわたしとは違って全く平気そうだ。
 今度は下手にわたしの肩を掴もうとしていないのがわかる。掴んだら大声を上げてやろうと思っているのに。そんな気持ちもばれているのだろうか。
 
「ね、なんで避けるの?」
「あ、あなたのことなんて知りませんから」

 真正面を向いて派出所だけを目指して進む。
 自分の吐息が白く舞い上がるのがわかる。だけど早歩きをしているから少しずつ身体が暖まってきた。

「じゃ、オサダカノンさんって呼べば止まってくれるの?」

 ――――!?

 自然にわたしの足は止まってしまっていた。
 なんでわたしの本名知ってるの。まさか真麻が? ううん、あの子はそういうふうには見えないかもだけど真面目だし、職業柄個人情報を流出するような真似はしないはず。じゃあなんで?
 はっとして自分の全身を見回す。どこかに個人情報ダダ漏れな何かがあるのかもしれない。鞄から社員証がはみ出してるとかっ?
 不意に目があった陽は勝ち誇った笑みを浮かべて腕組みをし、わたしを見下ろしている。
 鞄から社員証はみ出してない。じゃ、どこから……?

「たぶん疑ってないとは思うけど、真麻ちゃんから聞いたんじゃない。多分彼女は僕が君の本名を知ってることすら知らないはずだから」

 ……わたしが思っていることまで読まれてる。なんだかすごい敗北感。
 じゃあなんで、どこからわたしの本名を知ったというの?

「お茶でもどう? 時間があるなら食事でもいいけど」

 何も答えず、首を横にふるふると振って拒絶の意思表示をする。

「僕がなんで君の名前を知ってるか気にならない?」
「えっ!」
「あは、わっかりやっすーい」

 覗きこまれたその表情が揶揄するようにくしゃっと歪む。
 不愉快で顔を背けるけど、くすくすと笑う声は止まらない。耐えかねてばれないよう横目で視線を送ると、口元を拳で軽く押さえて笑いを堪えようとしている様子。完全におちょくられている。

「さっきのところでお茶する?」
「……いえ、急ぐので」
「ふーん。じゃさ、僕の携帯に一度コールして。そうしたら今日は諦めてあげる」 

 目を瞠ると、ニッコリと裏表のなさそうな笑みが返って来た。だけど絶対裏だらけだと思う。見た目に騙されちゃいけない。
 しかも携帯にコールしろだなんて、こっちの番号が通知されてしまう。メールアドレスなら直ぐに変更できるけど、携帯番号は容易に変更できないことをわかって言ってるんだ。

「ほら、準備いいよ」
「……知りません」
「まだシラを切る気?」
「……本当に知らないです。番号」

 ちらっと様子を窺うと、ふーんと小さなため息を漏らした陽の手のひらがこっちに向けられた。

「携帯出して」
「え」
「時間ないんでしょ? ここで押し問答してたら帰れなくなるよ。いいの?」

 ぐっと息を詰まらせ、それ以上言葉が出なくなってしまう。
 コートのポケットからしぶしぶと携帯を出し、その大きな手のひらに乗せるしかなかった。

「僕の名前、知ってるよね」
「……」
「ねぇ」

 わたしの携帯を慣れた手つきで操作しながら陽がこっちに視線を向ける。前髪で隠れ気味な双眸がじっとわたしを見透かすようだった。
 一度だけうなずくと、満足そうにうなずかれた。

「名前、言ってみてよ」

 再び画面を見ながらそう言われ、心の中でため息を漏らすしかなかった。
 唇を噛みしめて、ぎゅっと目を閉じる。

「陽……さん」
「やっぱり知ってるんじゃん。なんでさっきは知らないなんて言ったの?」
「お願い。携帯返して」

 やっとの思いでそう告げると、陽のポケットから携帯の着信音が聞こえてきた。
 すぐにその音は消え、わたしの携帯がこっちへ向けられる。それをひったくるようにしてすぐにポケットにしまった。

「それ、僕の番号だから登録しておいて。僕も登録しておこうっと。名前はのんちゃんでいいよね」

 ニッと笑みを向けられ居たたまれなくなる。
 その名前で呼ばないでほしい。嫌いなんだから。

「一応言っておくけど、番号変えても無駄だから」
「……え?」
「脅しじゃなくて、本当のこと。だけど悪用なんかしないし、警戒しなくても大丈夫」

 待って、言ってることの意味がわからない。
 陽の顔が笑ってないように見える。本当に番号を変えても無駄のような気がしてきた。恐怖すら覚える。

「家ついたら連絡してよ。待ってるから。それとも送っていこうか?」
「えっ!?」
「あ、あからさまに迷惑そうな顔してる。本当にわかりやすいよね、のーんちゃん」

 ぽん、と軽くわたしの頭に陽の大きな手が乗せられ、くしゃくしゃっと髪をかき乱された。
 それこそあからさまに反応して強張るわたしの身体。
 それを見た陽が苦笑いをして「気をつけて帰りなね」と後ろ手を振って颯爽と元来た道を戻っていったのだった。

 
 その場に取り残され、唖然と立ち尽くすわたし。
 なんで、なんで、なんでーっ!?


 家についてしぶしぶ携帯から陽の番号を呼び出してコールした。
 するとワンコールですぐに通話になる。本当に待っていたのだろうか。

『家ついたの?』
「……はい」

 携帯の向こうから、小さな声で「よかったよかった」と聞こえてくる。
 わたしは面と向かっては男の人とあまり話せないけど、電話だったら話せるんだ。だから今言うしかない。

「あっ……の」
『ん?』
「ま、あさの連絡先、わたし、教えられないけど……向こうから連絡するよう説得してみるからっ……」

 従姉妹を自分が売るような真似はできない。だけど説得してだめなら陽だって諦めてくれるかもしれない。
 真麻には携帯からじゃなく、公衆電話から陽に連絡するよう伝えよう。個人情報をばらさないようにして、なるべく穏便に断りを入れてもらえばいい。
 すると、向こうからぷっとふき出し笑いが聞こえてきた。

『ねえ、何か勘違いしてない? 真麻ちゃんの連絡先は知ってるよ』
「えっ!? じゃっ……」

 わたしの言葉を遮って、陽が真麻の携帯ナンバーとメールアドレスを告げ始めた。それは間違いなく真麻のもので。
 じゃあなんで、わたしの連絡先を知りたがるの? 真麻にコンタクトを取りたいがためにわたしを脅すような真似をしたんじゃないの?

「のんー、ママが夕飯できたってよ」

 ノックもなしに自室に入ってきた真麻の大声を聞いて慌てて通話をオフにしてしまっていた。
 
「あ、電話中だった。ごっめーん」

 悪びれもせず、真麻が舌を出して部屋を出て行く。
 もう何もかも遅すぎる。通話も切ってしまったし、きっと陽に真麻の声は聞こえていただろう。

 わけもわからない脱力感に見舞われ、お尻から根っこが生えたように座りこんだベッドからしばらく立ち上がれなかった。


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Date:2013/12/28
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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