空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 3

第3話

陽と真麻、そしてわたし




「のんー! ごめんーお待たせーっ」

 そんな時、タイミング良く? 真麻が走ってこっちに向かって来た。
 この男の人の後ろでわたしの顔をのぞき込むようにして様子をうかがっている。さっさと助けてよ!

「だれ? この人?」
「あ、君がこの子と待ち合わせしていた子?」

 真麻と目の前の男の人の声が重なる。そして男の人の表情が緩んだのをわたしは即察知した。
 今日もきれいにクルンクルンに巻かれた茶色い髪の毛先。夜勤明けなのに目の下の隈もないし、疲れた様子を微塵も感じさせない。こういう気遣いができるのも真麻のいいところだと思う。

「そうですけど?」
「あ、女の子の友達だったんだ。いきなりびっくりしたでしょ? ごめんね。この子、ずっとここにいてフラれちゃったのかなって思ってさ」
「ナンパですか?」

 ぎっと真麻が睨みあげる。その顔がまたかわいいんだ。

「そうなっちゃうのかな? 僕もフラれちゃって、仲間同士一緒に遊んでもらえないかなって思ったんだ」
「それってナンパって言うんですよ」
「そっかーごめんね。驚かせちゃったかな」

 おもむろにこっちを振り返られて、オーバーに身を引いてしまう。
 なぜかぶんぶん首を横に振ってしまう自分。言われたとおりすごく驚いたくせになんで否定してしまったんだろう。

「もしよかったら僕も混ぜてくれない? このまま帰るのもしゃくだしさ」
「……私は別にいいけど」

 えっ? 真麻ったらなんでそうなるの。確かに今、真麻はフリーだけどいいの?
 この男の人もフラれたって言ってたし、問題はないのか、なあ?

「ほんと? よかったー! えっと、名前聞いていい? 僕はヨウ。太陽の陽一文字。呼び捨てでいいよ」

 さっきと同じ自己紹介を真麻にして、陽がうれしそうにペコリと頭をと下げた。
 
「私は真麻、こっちは」
「あっ!」

 真麻がわたしの名前まで言いそうになったのを慌てて止めると、その声の大きさにふたりが同時にこっちを見た。
 名前、言わないで。自分の名前を知られたくない。
 そんな思いを込めて真麻を見ると、うんと小さくうなずいた。真麻はわたしが自分の名前にコンプレックスを抱いていることを知っているから。
 
「じゃーのんからちゃんと自己紹介」

 ぐっと真麻に腕を引かれ、引き下がれなくなった。
 うぅ、名前は言いたくないから適当に誤魔化してほしかったのに。
 
「のんちゃんっていうの? かわいい名前だね」

 再びにこっと笑顔を向けた陽にそう言われ、わたしの中でぷつんと何かが音を立てた。
 
 ――名前はかわいいのにな。
 
 あの時の……実際はあの時だけじゃないけれど、過去が鮮明に甦って来るようだった。
 違う。そんな名前じゃない。かわいくなんてない。いやだいやだいやだ。そんな優しい目で見ないで。
 
「の、ノブコです! のん、だなんて可愛らしく呼ばれていますが、本名はノブコです! 普通でしょ?」
「ちょっ、のんっ?」
「まっ、真麻とは長いつきあいの友人ですっ。よろしくお願いしますっ」

 腰を直角に曲げて頭を下げた。
 この時点でわたしは二つも嘘をついてしまっていた。
 頭の上で大きいため息が聞こえる。絶対に真麻のものだ。

「そっか、じゃ、呼び方はのんちゃんと真麻ちゃんでいいかな?」
「いえっ! ノブって呼んでくださいっ」

 がばっと頭を上げると、目をぱちくりさせた彼がうん、と首を傾げてうなずいた。じと目で真麻がわたしを見ているのはわかっている。だからそっちを向けなかった。

 そのまま少しその場で自己紹介めいたものが続き、いざ入口に向かう時。

「うわー両手に花だ」

 うれしそうに顔を綻ばせる陽を見て、わたしは心の中でつぶやいた。
 両手じゃないよ、片手だよ。もう片方は雑草以下だよ。それはもちろんわたしだよ。

「じゃ、陽。今日一日私達のエスコートを頼むわよ。のんは足を怪我してるから荷物持ってあげて」
「はっ! 畏まりましたっ。真麻さまっ」

 ちょ、何いきなり女王様ぶってるの? しかも何でわたしの荷物?
 敬礼をしてみせた陽の手がこっちに伸びてきて、わたしは首を横に振りながらトートバッグの肩紐をぐっと握りしめた。
 陽はわたし達より三つ年上の二十五歳と言っていた。そんな彼が真麻に敬語を使うのもなんだか変な感じがした。しかも真麻はすでに陽を呼び捨てだし。

「荷物、持つから」
「いっ! いいですっ」
「だって真麻さまの命令には従わないと」
「従わなくていいですっ。大丈夫ですっ」

 後ずさりするわたしを見て陽が楽しそうに笑う。

「そんな遠慮しないでよ。ノブちゃん。さっきから重そうだと思ってたんだよね」

 首を横に振り続けながら後ずさるととうとう正門にぶつかった。
 荷物を持ってもらうなんて慣れてないから。真麻にとっては普通のことかもしれないけどわたしには無理無理っ。

 結局鞄は見逃してもらって、三人で入場門をくぐった。
 中に入り、トイレに行くと言う陽を見送ると、目をつり上げた真麻がわたしに食ってかかってきた。

「ちょっと、のん。ノブコって何よ。それに友人って」
「ごめん! つい口からそう出ちゃったの! でも本名教えるのもどうかと思うよ? 警戒心が足りないよ。真麻。それに一緒に遊ぶのだって……」
「そうかな? 陽だって本名っぽいし、大丈夫だよ。それにさ、あの人flybyの大野達央にちょっと似てない? のんのタイプでしょ?」

 にまにまと意味深な笑みを浮かべる真麻を横目で見る。
 真麻だって大野達央が好きじゃない、って言おうと思ったけどやめた。元々はわたしがflybyのファンで、ライブチケットをやっとの思いで入手したけど、一緒に行く人がいなくて嫌がる真麻を誘ったら同じくファンになってしまったという経緯。

「だからいいかなーって思ったの。なのに、なんで嘘なんかついて」
「しっ、来たよっ」

 真麻のわき腹を肘でつつくと「いてっ」と低い声を上げた。



 陽の希望で歩く時はわたし達が挟むようにして三人で並んだ。
 両手に花、を連呼して。だけど予想通り、陽は真麻の方ばかり見ていてふたりの会話は弾んでいた。
 時折「ねっ」と振られても、曖昧にうなずくしかできない。だって何を話しているのか全くわからないから。
 そして徐々に遅れ出すわたし。真麻が気にして振り返った。

「のん、大丈夫?」
「うん。足に少し違和感があるだけ」
「そうなの? どこか入ろう」
「ううん、大丈夫。歩くのは苦じゃないの。だけどマイペースに歩きたいから気にしないで」

 そう告げると、躊躇いながらもふたりが並んで前を歩き始める。
 とってもお似合いのふたりだ。見てて絵になるし、やっぱり描きたくなるくらい。
 アトラクションに乗る時も、三人掛けのものは陽を真ん中に。ふたり掛けの時はわたしが一人で座った。
 真麻がわたしに『陽の隣に』と促したけどその都度断った。あんまりにも断りすぎるから真麻もそれから何も言わなくなっていた。

 アトラクションに乗るのは楽しい。だけど高いところやハードなジェットコースターは苦手だ。
 陽はそういうのが好きみたいで、乗ろうと言ってきたけど真麻が「苦手」と断ってくれた。真麻は好きなはずなのに、わたしのためにわたしの代弁をしてくれている。それがまた心苦しかった。


 お昼はキャラクターの絵柄の入ったバンズのハンバーガーセットを食べた。
 わたしと真麻が並んで、その前に陽が座る。そこでも話すのはそのふたりだった。話を振られても、やっぱり曖昧にうなずくだけ。
 わたしがここにいたら場を盛り下げるだけってわかっていた。だから食べるのに集中した。ふたりが話しかけてきても食べてて聞いてませんでしたっていうのを装えばいい。そう思って必死で食べてた。ただの食い意地のはった女だ。

 聞いているだけでも陽の話は面白かった。なるべく自然に笑いを混ぜ、いかにも加わっているかのように振舞う。もしかして邪魔かもしれないけど、場を白けさせたくなくて必死だった。
 本当はわかってる。そんなことをしなくたって陽はわたしを気にしてなんかいない。
 真麻がいればそれでいいはず。ここにいるのが申し訳ないくらいだった。


 二十時からその日最大のイルミネーションパレードが行われると聞いて、場所取りをすることにした。
 陽はそういう情報をよく知っているようで、いいポジションを教えてくれた。だけどパレードまでまだ三十分以上時間があるし、じっとしてたら寒くなってきた。

「ちょっとトイレ行ってくる。のんは?」
「わたしは平気」

 そう言ってからしまったと思った。一緒に行っておけばよかった。なんでわざわざ陽とふたりきりになってしまうコースを自分で選んでしまったかなあ。だけど今更行くって言うのも不自然だ。そんなことを考えているうちに真麻の姿は見えなくなっていた。
 落ち着かずキョロキョロ周りを見ていると、同じく場所取りをしている隣のカップルがいい感じに肩を組んで、キッ! キスしてるっ。
 慌てて目を逸らすと、陽と視線があった。そっちも慌てて逸らすしかない。結局、下を向くしかなかった。

「ノブちゃんはおとなしいんだね」
「……いえ」

 それ以上会話が続かない。
 真麻に話す時はとっても楽しそうな陽が、口ごもっている。わたしのせいだ。

「わ、わたしお茶買ってくる」

 その場を離れようとした時、遠くから真麻がこっちに向かってくる姿が見えた。かわいいから目立つ。 
 そんな真麻を陽が優しい眼差しで見ているのに気づき、言いようのない苦しさを覚える。

「そう、じゃ悪いけど少しゆっくり目に戻ってきてくれるかな」

 ――――とくん。

 胸の鼓動をはっきりと感じた。
 同時にじわりと波紋が広がるような痛みを伴う。
 
「あっ、うん。わかった!」

 なぜか急に大きい声が出てしまった。今まで敬語のスタンスを崩していなかったのにいきなりタメ語。
 陽が言った言葉の意味を一瞬で把握して、わたしはトートバッグの肩紐をぐっと握りしめた。

「ただいまあ。のん、どうしたの?」
「おかえり、ちょっとお茶買ってくるよ。寒いでしょ?」
「あっ。そうだね。今自販の方に行ったのに、気が利かなくてごめん」

 ぺろっと舌を出す真麻は本当にかわいくて。
 わたしはいかにも急いでいるかのような演出をしながらその場を去った。

 やっぱりわたしは邪魔者だったよね。何も話さないで、ただくっついているだけ。つまらないよね。 
 わかっていたことなのに、なんで涙が出るのかわからなかった。

 そのまま逃げるようにT-Bランドをあとにした。



 最寄り駅について、改札に入った頃コートのポケットの中の携帯が震えた。
 画面を見ると真麻からの電話だった。はあ、と突如出ため息が白い。出なきゃまずいだろう。意を決して通話にする。

『のん? 今どこにいるの?』

 焦ったような真麻の声。
 心配かけまいと鼻声にならないよう大きく深呼吸をした。

「あ、なんだか迷っちゃって」
「電車が参りますので、黄色い線の内側までお下がりください」

 なんてタイミングで構内アナウンスが流れるんだろうか。
 
『え? 駅?』

 やっぱり真麻には聞こえていたか。真麻は昔から地獄耳だ。隣の家なのにわたしが泣いているとすぐにわかって駆けつけてくるくらい。

「あーうん。歩き疲れて足痛くなっちゃったからこのまま帰るわ。ふたりでパレード見て」
『なんで? のんだってパレード楽しみにしてたじゃない』
「うん、でもいいや」
『じゃ、私も帰るよ! そこで待って――』
「大丈夫! あっ、電車が来たから切るね。じゃあね」

 反対側のプラットホームに電車が入ってきた。
 通話口の向こうで真麻がわたしを呼ぶ声が聞こえたけど切ってしまった。何度も震える携帯がうっとおしくなって電源を落とす。 
 
 バカみたい。 
 足なんか痛くないのに、また嘘ついちゃった。

 そして、もう一つの嘘。

「だいじょうぶ、じゃ、ないよぅ……」

 わたしはその場でしゃがみ込んで泣き出してしまっていた。
 なんででこんなに涙が出るのかわからなかった。
 わたしなんかが真麻に嫉妬しているのだろうか。信じられない気持ちでいっぱいだった。

 大丈夫、大丈夫だよ。
 陽が憧れの大野達央に少し似てたから気になっただけで、こんな思いはすぐに消えるはず。
 だって本人じゃないんだもの。

 だけど、苦しいよ。
 
 
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Date:2013/12/26
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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