空色なキモチ

□ 重ねた嘘、募る思い □

重ねた嘘、募る思い 1

第1話

真麻とわたし




 玄関からバタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
 誰だかは大体予想がついた。わかっていたからダイニングテーブルから立ち上がって席を外そうとしたその時。

「ママ! またのん、転んだんだって?」

 十二月の中旬だというのに額にうっすら汗をかき、押し迫った表情で飛び込んできたのは真麻。
 ふわふわのファーつきのモッズコートを暑苦しそうに脱ぎ、その下は薄手のクリーム色のニットに赤主体のタータンチェックのミニスカート。
 多分玄関でまごついていたのはブーツを脱ぐのに必死だったからのはず。

「そうなのよー。真麻もそんなに急いだら転ぶわよ。タイツは廊下滑りやすいでしょ?」
「私は心配要らないって。のん、大丈夫? 見せてよ」
「大丈夫。たいしたことない」

 そう言った手前すっと立ち上がろうとしたのに、瞬時に走る右足首の痛みに顔を歪めてしまう。ポーカーフェイスは苦手だ。

「痛そうじゃない。ほら、座って」
「大丈夫だったら。もう消毒も湿布もしてるし。心配してくれてありがとう。真麻も早くごはん食べて休まないと」

 すでに時計の針は二十二時を指していた。
 真麻は今仕事から帰って来たばかりのはず。家で伯母さんにわたしが転んだことを聞いて飛んできてくれたのだろう。ありがたいけど、申し訳ない気持ちのほうが強い。
 唇を尖らせた真麻が「もう」と小さくため息を漏らす。その唇はきれいにグロスで輝いている。まつ毛もくるんと持ち上がっていて仕事帰りの疲れた人の姿ではない。
 だけど真麻はいつもそんな完璧な状態で帰ってくるし、もちろん通勤もその状態をキープしている。真麻はいつもきれい。

「じゃ、先休むね。明日も仕事だから」
「待ってよ、のん。話があるの」

 尖らせていた唇をへの字に曲げた真麻がわたしの後をついてきた。


 真麻こと藤城真麻ふじしろまあさとわたし、長田花音おさだかのんは隣に住んでいる従姉妹同士。
 わたしの母の兄が真麻の父親で、しかも父同士も母同士も友人という不思議な関係。同い年のわたし達は姉妹のように育てられてきた。お互い一人っ子だし、ずっと仲良く育ってきた。
 真麻はわたしの両親をパパママと呼ぶ。第二の両親という意味を込めているらしい。わたしは真麻の両親を伯父さん伯母さんと呼んでいる(さすがにパパママは恥ずかしいから)

 成績優秀で運動神経もよく、美人の真麻の比較対象にしかなりえないとわたしが気づいたのは中学に入った頃だった。
 真麻はその頃から急激にモテるようになり、いつでも隣には男子生徒がいた。一方わたしは男の子に話しかけられるだけで恥ずかしいくらい頬が真っ赤になってしまうどうしようもない体質だった。
 別に意識しているつもりはないのだけど、すぐに真っ赤になってしまうので『自意識過剰』と陰口を叩かれたこともある。
 わたしみたいな眼鏡ブスなんか相手にしないとか名前負けだと聞こえよがしに言われたこともあって、それから男子が苦手になった。

 そんなわたしの心情を知ってか知らずかは不明だけど、真麻との仲を取り持つように声をかけられたことが何度もある。はっきり言えば迷惑なのだが、そんなこと声に出して言えないわたしは協力するしかなかった。
 それにちょっといいなと思っていた男子からの協力要請だったりすると無碍にもできない。少しでも接点を持てたことがうれしかったりして。

 男子から声をかけられるわたしを見て、真麻はわたしに彼氏ができたと思っていたらしい。いい傾向だと思い、暖かい眼差しで見守っていたという。
 なんて勘違いをしてくれたんだ、と真麻を恨んでもお門違い。真麻に思いを寄せる男子にそのことを伝えると、あっけなく突き放される羽目になる。
 真麻は「別れたの?」だなんて悪びれずに聞いてくるし、別れるもなにもつき合ってなんかないと何度も言おうと思った。だけどわずかなプライドが邪魔して言えなかった。

 そんな学生時代をずっと過ごしてきたわたし達は現在二十二歳。
 真麻は国立大学の看護科を卒業し、現在付属病院の外科病棟ナース一年目で、わたしは出版販売会社のOL三年目。ようやく仕事もそれなりに任されてきたってところ。


「あいつと別れたから、イブのチケット不要になった」
「えっ? ほんとに?」

 部屋に入るなり、真麻がむくれてわたしのベッドに座りこんだ。
 今から寝ようとしているのに、わたしのポジションを取られてしまったのでしょうがなくラグの上に腰を下ろす。

「チケット今からキャンセルできるかな?」
「わかんないわよ……」
「うーん、そうだよね。困ったなあ。イブまでもう一週間切ってるもんね。あーあ」

 パタリとベッドに倒れこんだ真麻が大きなため息を漏らした。
 本来だったらわたしがそうしたいくらいだ。

 真麻が言うイブのチケットとは、有名テーマパーク『T-Bランド(略称)』のもの。
 わたしの会社の社員販売で購入予約したもので、イブのチケットはなかなか取れない中ようやくゲットしてもらったものだ。
 それもどうしても彼氏と行きたいという真麻の願いを叶えるため、チケットを扱う労務厚生課に何度も足を運んでなんとか予約の権利を取得できたものだったのに。

「イブチケットなら誰かほしいって人いないかなーったく、あいつが浮気なんかしなきゃなー」

 あーあと伸びをしながらベッドから起き上がった真麻はかったるそうにわたしの部屋を出て行った。
 まったく悲しそうでもない真麻のその後姿を見送って今度はわたしが大きくため息をつく番だった。

 真麻は美人で男性受けもいいけど、なぜか男運が悪い。
 今回も多分真麻の仕事が忙しすぎてなかなか会えない彼氏が一度の過ちで浮気してしまったんだろう。大体いつもそのパターンだからわかる。
 真麻に「別れる」と言われた歴代の男達は口を揃えて「悪かった。やり直そう」と言う。それを許すほど真麻は甘くないし、選ぶ権利もある。

 それにしてもチケットどうしよう。明日受け取りに行く予定だったのに。


**


 翌日の昼休み、七階の労務厚生課に行くとチケットのキャンセルは受け付けていないと言われた。
 まあ当然だよね。だってイブまであと五日。今更購入希望募ったとしてもみんな予定だって決まってるだろうし。

「長田さん、デートキャンセルされちゃったの?」
「違うんです。これは友人ので……彼が急に都合つかなくなっちゃったらしいんです」

 興味深々顔の窓口の女子社員が「そうなんだー」と目を丸くした。最初からわたしのものだなんて思ってないでしょうに。
 それに彼氏と別れたとは言いづらかった。何となく身内の恥を晒すようで。

「困ったわね。誰か他に行ける人いないの?」
「いいです。わたしが友人と行くことにします」

 もうそれしか手は無いだろう。真麻はイブの日夜勤明けだったはずだ。休みを取りたかったけど新人だから取りづらくて明けになってしまったと文句を言っていたのを思い出す。
 そのまま彼氏といくはずだったテーマパーク。今年はわたしで我慢してもらうしかなさそうだ。
 労務厚生課の窓口の奥のほうでくすくすと笑う声が聞こえてきた。きっとわたしのことを笑っているのだろう。
 支払いを済ませ、チケットを受け取り痛い足を引きずりながら窓口を離れようとした時。

「長田さん! 昨日の通勤災害の書類なんだけど記載漏れがあったから書いていってくれる?」

 窓口の奥のほうから別の女子社員に大声で呼ばれて戻る羽目になった。
 労務厚生課と人事課と総務課は一室にある。その声はパーテーションで仕切られただけのフロア全体にほぼ響き渡っただろう。くすくすと笑う声が聞こえてくる。
 恥ずかしさのあまり俯きながらその人のデスクに向かうしかなかった。


 昨日は散々だった。
 通勤ラッシュはいつもの事なんだけど、たまたま扉を背にして乗ってしまっていた。いつもならちゃんと扉の方を向いて乗るのに。
 次の停車駅は背中を向けている方の扉が開くことはわかっていた。
 電車の停止と同時に向き直ろうと思っていた。だけど強引に降りようとした人に後ろ向きのまま押し出され、電車とホームの間の隙間に足を取られて豪快に尻もちをついてしまった。
 反射神経がよければそれでも転ぶことはなかったのかもしれない。だけどわたしはものすごく鈍い。そのことはきちんと自覚している。

 ついた手もお尻も巻き込まれた足も痛かったし、恥ずかしさのあまりに涙が滲んだ。
 人に囲まれているのがわかる。しかも邪魔そうに尻もち状態のわたしの横をすり抜けていくたくさんの人の足。人の波に押し寄せられ、飲み込まれる感覚に襲われた。
 消えてしまいたかった。だけどずっとこうしてもいられない。
 何とか立ち上がらなきゃと思った時、いきなり右腕を強い力で掴まれて立ち上がらされた。
 
「あっ……ありがとう、ござ……」

 何とかお礼を言おうと思って俯きながらさらに頭を下げた。
 だけどその人の姿を確認することはできなかった。再び押されて乗り込むと何事もなかったように電車は動き出す。足はズキズキと拍動するような痛みを訴えていた。

 助けてくれたたったひとりの人にお礼も伝えられないなんて。余計に自己嫌悪に陥ったんだ。


 昼休みを潰して自部署に戻って来たわたしはデスクでパンをかじりながら真麻にメールをした。
 イブの日、一緒にテーマパークへ行こうとメッセージを送ると『ありがとう』と簡単な返事が戻って来た。きっと仕事が忙しいのだろう。
 真麻も好きで忙しいわけではない。彼氏が浮気したのも真麻のせいではないと思う。
 このチケットはクリスマスプレゼント代わりにしようと思っていたし、T-Bランドのクリスマスパレードやイルミネーションも一度は見てみたかったからちょうどいい。
 
 
 うちの職場の一階にはコーヒースタンドがある。そこのカフェオレが無性に飲みたくなった。
 財布を持って立ち上がると、待ってましたと言わんばかりに「ついでに買ってきて!」と手をあげる人が続出する。立ってるものは親でも使えじゃないけど、買いにに行くのはいつもわたし。
 うちの部署ではわたしが一番の下っ端だからしょうがないなと思う。

 希望をメモして、お盆を手にする。わたしが足を負傷していることなんて誰も気にかけていない。
 気にされても逆に困るから、いつも通りのこの日常がわたしは嫌いじゃなかった。


 
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Date:2013/12/24
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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