空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7章 第95夜 恩愛 翔吾side

 
 山部会長に尻を叩かれ、すぐに結婚式の準備を始めた。

 雪乃がうちに引っ越して来る時に手伝いをしてくれた大学時代の同級生、志田の彼女がウエディングプランナーだったのが幸いしてすぐに式場は決まった。
 おまけに式のプロデュースもしてくれるというとってもありがたい話に一も二もなくすぐに乗る。
 志田と彼女を含め四人で何度か食事や打ち合わせをして、式場はすぐに決めることができた。なるべく早い式を希望したため割高になるが、それは気にしないと言うと雪乃が目を丸くした。

 式も最低限のお披露目ができればいいと思っていたらしく、俺の母親がウエディングドレスをオーダーメイドしたいと言い出すとすごい勢いで辞退していた。
 慎ましやかに育った雪乃だから遠慮するだろうとはわかっていたから、母親の申し出は俺からも断りを入れた。

 何から何まで自分が決めてしまったので指輪は雪乃に選ばせた。
 案の定そんなに値の張らないものを指差す雪乃に「俺の稼ぎ、舐めてる?」と冗談めかして問うと必死で否定していた。そんな雪乃がかわいくて、その場で抱きしめたくなったのは秘密だ。

 
「値段じゃないの。気持ちがこもっていればそれで十分」


 そう微笑む雪乃がいじらしくて、愛しかった。
 高いものを選ばせようとしているのは自分の見栄だって雪乃の言葉で気づかされた。その途端恥ずかしくなり、雪乃が選んだシンプルなデザインの指輪に決めた。


 実はその前にほんの少しだけ雪乃と揉めている。招待客についてだ。
 親戚や上司、友人を含めて俺のほうが多い。あまり両家に差がないほうがいいとは聞いていたが、親族を呼べばかなり変わってしまう。
 雪乃の家は叔父叔母のふたりのみ。あとは山部会長とクマさん。それと同期の水上さんくらいだろう。彼女ひとりで来づらいだろうから他の友人もひとりくらい招待するとは言っていたが。

 うちはそうはいかない。父方母方のきょうだい、いとこを含めて二十五人は最低でも席が必要になる。
 友人等、呼ぶ人がいればたくさん声かけていいというも、雪乃は首を横に振る。学生時代の同級生とは疎遠になっているらしい。自分のほうの席を俺の友人や親戚で埋めてもらって構わないと言う。

 それはまあいいとして。
 一番悩んだのは姉夫婦のこと。それは俺の両親とも話し合い、親戚の手前、姉とその子ども達だけは招待してほしいとの結論だった。
 つまり姉の夫である雪乃の父親は呼ばなくていいとのこと。
 雪乃にしたら姉だって本当は呼びたくないだろう。だけどその申し出に何も言わず了承したのだ。
 俺は呼ばないつもりでいたし、断ろうと思っていた。それなのに雪乃が俺のシャツの裾を掴んで小さく首を振ったんだ。


「雪乃、本当に姉貴を招待してもいいの?」


 実家から帰って来てすぐに雪乃に問うと、俯いたまま「うん」と小さな声を漏らした。
 先に玄関を上がってゆく雪乃の肩を軽く掴み、振り返らせると驚いた表情で俺を見上げた。


「いやならいやって言っていいんだよ」

「いやじゃない。みゅうちゃんにも会えるし」

「そんなの挙式の時じゃなくても会えるって。なあ、無理してるんじゃないのか」

「してないよ。翔吾さん、考えすぎ」


 そう微笑む雪乃の唇が少しだけ震えているのがわかって悲しくなった。
 俺にまで嘘をつかなくてもいいのに。なんでこんなにも気を遣うのだろうか、俺だけにはいつも正直でいてほしいのに。
 その唇に自分の唇を重ねるといつもより少しだけひんやりしているような気がした。

 そのまま見つめあうと、雪乃の表情がふにゃっと綻ぶ。
 すうっと伸ばされた手が俺の首筋にまわり、自然に抱き合う形になる。


「翔吾さん、好き」


 耳元でそう囁かれ、あらん限りの力で雪乃の背を抱き寄せた。
 俺の腕にすっぽり包まれた雪乃の身体は暖かくて。愛おしさがこみ上げてきて更なる強い力でかき抱くと、その背中が少しだけしなる。負けじと雪乃がしがみついてくるのがたまらなかった。


「俺も雪乃が好きだ。もう二度と離さない」

「うん、離さないで」


 バカップルかと思うくらいその場で抱き合ったまま頬をすり寄せて思う存分お互いの温もりを味わった。
 だけどその間も俺は他のことを考えていた。

 雪乃はもしかして、父にその姿を見せたいんじゃないかって。
 
 理由はひとつ。あのクマのぬいぐるみ。

 数日前、俺が出張先で一泊する予定が急遽夜帰って来た時のこと。
 すでに寝ているであろう雪乃を起こさないよう静かに寝室に入ると、あのぬいぐるみを胸に抱いて眠っていた。もしかしたら雪乃はひとりの時、ずっとこうしてあのぬいぐるみを抱きしめて眠っていたのかもしれない。
 翌朝起きてみると、俺が帰って来て隣に寝ているのに気づいたのかすでにそのぬいぐるみの姿はなかった。

 あのクマのぬいぐるみに父親を重ね、ずっと大事にしてきたんじゃないか。
 一度そう思ったらその思いが治まることはなくて、俺にできることはひとつしかないと感じた。




 翌日。
 仕事で外回りをしながら考えていた。
 いつ行動に移せばいいか、その時期を思案していた。だけど思い立ったら早い方がいいだろう。

 昼休みに雪乃の部署に行こうとして足を止めた。雪乃は俺が自分の部署に近づくのをいやがっている。上司に結婚の報告に行くのにも難色を示したくらいだ。
 挙式の場所と日程が決まり、そろそろ報告に行かないとと促しても渋い顔をしていた。結局上司に合わせてもらえたのは、終業時間を過ぎた後のことだった。
 すでに部署には社員の姿はほとんどなく、雪乃の上司である係長、課長、部長のみが残っていてしかも帰ろうとする寸前のところを声をかけて挨拶をしたくらいだった。

 そんなに俺を職場の同僚に会わせるのがいやなのだろうかと不安になったこともある。
 だけど雪乃のことだからきっと結婚を大事おおごとにしたくないのかもしれないと思い直した。


 記憶を失っている時(実際は戻っていただろうけど)一緒に住むと言っていた同期の存在も曖昧にしているが、きっと仲良くはしていないのだろう。
 そして、トイレでびしょ濡れになって泣いていた事件もある。山部会長が役職のついた社員と順次面接をしているという。そういう働きかけのおかげで表立った虐めはなくなったかもしれないけど、引っ込み思案で人見知りな雪乃のことだ。自分から馴染もうとはしないだろう。

 携帯に直接電話をするのも憚られるし、メールを送信しておくことにした。
 俺としては少しの時間でも雪乃に会いたくて、声を聞きたい気持ちはあるのだけど。


  『今日、帰り遅くなるから先にごはん食べて休んでいて』


 あまり長いメールにするとボロがでそうなので、簡潔に送信するとすぐに『わかりました』と同じようなひと言メッセージが届いた。
 雪乃はあまりメールも電話も好きじゃないようで、いつもこんな感じの素っ気ない返事が来る。絵文字も顔文字もほとんど使用しない。今時の子にしたら珍しいとは思う。かといっていきなり雪乃が絵文字満載のメールを送ってきたらビックリするのだが。



**



「しょーくん! ケーキ! ケーキ! イチゴのあるぅ?」


 実家の最寄り駅からひとつマンション寄りの駅で降り、駅前のケーキ屋で手土産を買った。
 社を出る前に今から寄ると電話をかけ、出迎えてくれたのは屈託のない笑顔を向けて俺じゃなくケーキに飛びついたみゅうだった。
 ケーキの箱を渡すと、しっかり両手に持ってリビングの方へ走って行ってしまった。案の定、出迎えじゃなくケーキを取りに来ただけで、食べ物に負けたと思うと地味に悲しい。


「ままっ! みゅうイチゴのがいいっ」

 
 すでに姿は見えないがみゅうの興奮した大きい声が聞こえてきて笑ってしまいそうになる。
 交通事故にあったトラウマはないようには見える。だけどないとは言いきれないだろう。
 
 
「いらっしゃい、翔吾くん」


 リビングの扉口から顔を覗かせたのは義兄だった。
 その表情は少し硬く、口元だけの笑みを浮かべている。
 雪乃が事故にあった日から初めて顔を合わせた。俺もどういう顔をしていいかわからず、玄関口で軽く頭を下げた。


 リビングでは姉が授乳を終えたところだった。
 すでに曖気を済ませ、うとうとした悠斗を抱きかかえた姉がうれしそうな笑顔を向けた。その顔はみゅうにそっくりだ。


 姉が悠斗をベビーベッドへ寝かせてからみゅうにケーキを出してやるとおとなしく食べ、すぐに眠りについてしまった。
 キッチンカウンターの横に置かれたダイニングテーブルに姉と義兄が並んで座り、俺はその向かいに座る。目の前に出されたコーヒーをひと口飲むと、少しだけ苦味を感じたが砂糖もミルクも入れないままもうひと口飲む。
 ふたりの視線はずっと俺に向けられていた。気配でわかるくらい鋭い視線を向けられ、かなり居心地が悪い。
 早く話を済ませ、退出したい気持ちになる。こんな時、みゅうが起きていてくれれば雰囲気も和んだかもしれないのにとたった三歳の姪っ子を頼ろうとしている自分が情けなくなった。


「あの……さ」


 躊躇いながらも口を開くと、姉が大きなうなずきを見せた。
 やっぱり俺の発言を待っていたんだなとすぐにわかった。
 聞きたいのは些細なことだった。だけど、向こうが聞きたがっていることはたぶん別のことで。
 それもわかっていたからこそ、そっちを優先することにした。


「雪乃は元気にしてる。記憶も戻った。あの後いろいろあって連絡もできなかったし、こっちからするなと言ってたけど……心配しているだろうと気にはなっていたんだ。報告が遅れて悪かった」

「……そうか! うん、ありがとう」


 義兄が一瞬身を乗り出した後、ほっとした表情で俯いた。
 雪乃の記憶が戻って安堵したのか、ふっと力が抜けたようだ。何となくだけど悲しそうな目をしている気がする。
 それを見つめる姉は何もかもわかっているかのように、義兄の右肩に手を置いた。


「ひとつあなたに聞きたいことがある」

 
 少し時間を空けて俺が尋ねると、義兄と姉が同時にこっちを向いた。
 携帯を取り出して、テーブルの上に置くとそれを覗き込むように義兄が身を乗り出す。
 

「このクマのぬいぐるみ、見覚えは……」


 見せた画像は、雪乃の叔母に見せたものと同じ。
 それを見た義兄は小さく呻き声をあげながら、大きく目を見開いた。
 背もたれに寄りかかり、昔を懐かしむような穏やかな表情を見せた義兄がぽつりぽつりと語りだした。


「四歳の誕生日を迎える数日前にほしがったぬいぐるみで……あの子の母親は誕生日まで我慢するように諭した。普段はわがままなんかひとつも言わない子だったけど、その時だけは火がついたように泣き出してね……結局抱き上げてその場を離れた。だけど家に帰ってもずっと泣き続けていたあの子があまりにもかわいそうになって、私が買いに戻ったんだよ。そうしたら大喜びで……」


 片手で顔を隠すようにして義兄が苦笑した。
 それは嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。

 あのクマのぬいぐるみは雪乃の叔母の言っていたとおり、義兄のプレゼントだった。
 そのぬいぐるみを記憶が曖昧だった雪乃が大事に抱えていた。そして今も。四歳の頃から変わらず雪乃はあのぬいぐるみを大切にしている。

 なぜこのぬいぐるみを、と不思議そうな表情で問う義兄に今の状況を教えると、目を真っ赤にして俯いた。小さく肩を震わせる義兄の肩に姉が再び手を乗せた。小さな声で「ごめん」と何度も繰り返す義兄を見て、言葉が出なかった。
 

「翔吾くん、私は最低な男だ。あの子の記憶が戻ったとわかってうれしい反面、少しだけ残念にも思った。あの子が過去を忘れていてくれていれば……もしかしたらあの子は私を許してくれるんじゃないか、いや……忘れている時点で許すも何もない。父親だと名乗り出れば、受け入れてもらえるかもしれない。そんなずるい思いを抱いていたんだ」


 言葉を失った。
 だから少し前にあんなにも悲しそうな表情を見せたのか。


「それって――」

「そう、君が怒るのも無理はない。あの子の記憶がなくても、私があの子にしてきたことは君が知っている。なかったことになんかできない。だけど……」


 義兄の言葉が詰まった。
 小さく肩を震わせて、今にも泣き出しそうなその姿に固唾を呑む。

 だけど、俺だって同じことを思っていた。
 別れる寸前にまで追い詰められた時に雪乃の記憶から一時期的に俺が抹消され、離れていこうとする彼女をもう一度自分に縛り付けようとした。

 雪乃が記憶を失ったことにホッとしていたじゃないか。
 義兄を『最低』だとは責められない。俺も同じだったから。
 

「記憶が戻った今、どうしてもあの子と……雪乃と向き合いたいんだ。許してはくれないだろうけど、きちんと謝りたい。逢わせてもらえないだろうか」


 深く頭を下げた義兄の肩を撫でながら、姉が俺に向き直って小さくうなずいた。
 ここに来て、義兄はずっと雪乃のことを『あの子』と言っていた。だけど今、初めて雪乃の名前を口にした。もしかしたら義兄の中でのけじめだったのかもしれない。
 
 少し前の俺だったらきっと頑なに拒否しただろう。だけど今は違う。
 雪乃が逢いたいというのなら、俺に止める権利はない。そして――


「義兄さん、俺も頼みがあるんだ」


 ふたりがうちの両親に入籍の挨拶に訪れたあの日から、初めて俺はこの人を『義兄さん』と呼んだ。

 

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Date:2013/12/11
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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