空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7章 第94夜 恩愛

 
 翌朝、朝食を取りながらお互いの上司のところへ結婚の報告へ行く順番と時間を決めようと言う翔吾さんを止めると納得いかなそうな表情をされた。
 まず、おじいちゃんにちゃんと報告をしたいと伝えると、そういうことならとすぐに笑顔になった。


「この期に及んで結婚したくないって言われるのかと思ってヒヤヒヤした」


 本気の不安顔で言うから、思わず大笑いしてしまった。
 ぶすっとすねる翔吾さんがとってもかわいくて、背後から抱きしめると満足そうに機嫌を直してくれた。そんなわけないのにね。

 おじいちゃんにメールで「話がある」と伝えると、すぐに返信が来て「昼休みに」とのこと。海原さんに話を通しておくとのことだった。



 昼休みに翔吾さんと直接秘書室前で待ち合わせをすると、海原さんと話をしていた。
 やっぱり美男美女で絵になるふたりだとしばらく見惚れてしまう。海原さんのおなかはまだそんなに目立ってはいない。だけど確実に生命が宿っていると思うと感慨深い気持ちになる。

 わたしに気づいた翔吾さんが、満面の笑みで「雪乃」と軽く手を挙げた。


「風間さん、よかったわね。それにしてもアポの順番が逆な人って初めてよ……直接会長から訪室の話を通されるなんてなんだか変な気分だわ」
  

 ぷくっと頬を膨らませた海原さんがお手上げのポーズを取る。
 普通は秘書室に連絡をしてアポイントを取るべきなんだろう。当たり前のようにメールをしてしまってるけど、考えてみたら会長と平社員の関係だった、と今更思い出すのだった。




「で、式はいつだ? もちろん呼んでもらえるんだろう?」

 
 会長室の自席で机からいそいそと手帳を引っ張り出すおじいちゃんを見て、わたしと翔吾さんは目を見合わせた。
 確かにおじいちゃんはいわばわたし達のキューピットだ。だけど……


「あの、山部会長」

「なんじゃ」

「お呼びしたいのは山々なんですけど、一応お互いの上司を招待する手前、会長が来られると――」

「呼ばんというのか!?」


 ガタッと大きい音を立てておじいちゃんが立ち上がるもんだから、翔吾さんが一瞬身を引く。


「なんでわしが孫娘の結婚式に出られない! おかしいだろうが」


 いえ、本当の孫じゃないんだけど……だけどそう思ってくれていることはうれしかった。
 思わず笑いを堪えてしまうくらいだったけど、おじいちゃんは真剣な表情だ。これはまずい。
 

「おじいちゃん、落ち着いて」

「これが落ち着いていられようか!」


 顔を真っ赤にして怒り出すからどうしたもんかと頭を抱えてしまう。
 おじいちゃんの肩に手を乗せて、その椅子に座らせた。まだ鼻息が荒い。


「でも翔吾さんの言うとおりでしょ? 営業部の部長やシステム管理部の部長も呼ぶつもりなの。そうなると……」

「雪乃の親族として出席すればいいだろう。明人あきとも一緒ならわかるまい」

「え? 明人、さん?」

「明るい人と書いて笹本明人。あの熊みたいなわしの本当の孫だ」


 クマさんの下の名前、初めて知った! しかも名前そのまんま。
 前にもらった名刺に書いてあった気がするけど、店名がメインでクマさんの名前まで見ていなかった。名は体を表すというけど、イメージ通りでおかしい(もちろんいい意味で)


 結局わたしの親族として出席するということで話は纏まった。
 おじいちゃんは満足そうに「で、式はいつなんだ?」と聞き返す。まだ詳しい日程どころか予定も決まっていないと伝えると「それを決めてから来んか!」と再び雷を落とされたのだった。
 だけど、その表情は常ににこやかで本当によろこんでくれていた。


 結局その日はお互いの上司への話は見合わせた。
 おじいちゃんの言うとおり、式場や日時を決めてからの報告で十分だろうということになったから。
 翔吾さんは少し焦りを感じたのか「早く決めよう」と苦笑いをしていた。



**




「雪乃ちゃん、こっちも着てみたら? あっ、この淡いピンクも素敵ね」

「ですが色が白くていらっしゃるから濃い色のほうが合うかと思われますけど」

「そうねえ……じゃあ、こっちかしらね。あらっ? 雪乃ちゃん?」


 翔吾さんのお母さまとドレスコーディネーターの人がカーテンのようにぶらさがったドレスを見てああでもないこうでもないと声を大にして話している。
 一方主役であるはずのわたしは何度も試着しすぎてぐったりとソファに座り込んでいた。もう限界。喉はからからだし、おなかもすいた。
 お母さまは一生に一度のことだからドレスを買ってあげる! と張り切っていたのだけど、だからこそ貸衣装でいいと思った。でもまだ納得はしていない様子。まるで自分のことのように張り切っている。


「雪乃、水」

「ありがとう」

 
 翔吾さんがミネラルウォーターを買ってきてくれて、わざわざ蓋を外してくれた。
 指先を動かすのもかったるいくらいだったから、翔吾さんの優しさが身に沁みる。
 だけどその表情には疲労の色が見えた。翔吾さんはこれから衣装決めの試着なのに。あまりにもわたしのドレスに時間がかかっているから待ちくたびれたんだろうな。


「雪乃ちゃん、次はこっち着てみてっ」

「母さん、雪乃を少し休ませてあげてよ。これから俺の衣装だって選ばないといけないんだし、腹も減ったよ」


 なるべく穏便に伝えようとする翔吾さんの心遣いがわたしにはわかったけど、お母さまはぷくっと頬を膨らませて腰に手を当てた。戦闘態勢万全というふうに見えたのはわたしだけじゃないはず。翔吾さんが人知れず顔を顰めたのを見逃さなかったから。
 

「新郎の衣装なんてはっきり言ってどうでもいいのよ。いい、翔吾。結婚式っていうのはね、花嫁のために――」
「あーハイハイ。お説教は勘弁して」
「もうっ、本当はオーダーメイドしたいのを我慢してるのに」


 予想通りソファに座り込んでいるわたしの頭の上で翔吾さんとお母さまが言い争いになっている。この親子は……

 翔吾さんの両親と接する機会が増えてきたからこういう小さな言い争いが多いことも少しずつわかるようになってきた。
 しかも内容がくだらないってお父さまが嘆くくらい。もちろん本気の言い争いじゃなくじゃれあっている小動物みたいなもんだと言われていたけどまさにその通り。
 きっとお父さまはこうなることをわかっていたから今日ここに来なかったんだろうな。その時はほっといていいからねと言われているし、遠慮なくそうさせてもらおう。

 かっこいい翔吾さんと美しいお母さまがそうしている姿をまわりのスタッフもちらちら視線を送っている。直接関わっていないスタッフもやたら多いような気がする。その視線は常に翔吾さんへ注がれていた。
 スタッフが口々に「新郎さまのお衣装も大事ですよ」とフォロー。
 お母さまは相変わらず「だって」を繰り返しながら翔吾さんへの反撃を緩めない。まるでコントみたいでおかしかった。


 その後、軽く食事を済ませ戻って来るとドレスコーディネーターの人が大きなファイルを持って来た。
 それは近々レンタル開始になるドレスの写真で、その中から選べばファーストドレス、つまり誰も着てないドレスを着れるということ。
 お母さまがオーダーメイドにこだわっているので、まだ公開じゃないものだけど特別に案内してくれたそうだ。
 スタッフの自信満々の笑みが翔吾さんへ向けられているのをわたしは見逃さなかった。

 その写真のドレスをお母さまが時間をかけて品定めしている間、翔吾さんが何度か仕事の電話で席を外すと明らかにスタッフががっかり顔になる。それがおかしかった。
 ようやくその中からドレスを選び、翔吾さんの衣装を決める時にはさらに多くのスタッフが集まってきていたのにはびっくりしたけど……


 お母さまが自分のことのようにわたしのドレス選びを張り切っていて申し訳ないと翔吾さんが詫びた。
 確かに着せ替え人形のように何着も着せられ、写真を撮られて疲れたけどうれしかった。
 母にしてもらえなかったことをこうしてしてくれている。お母さまには感謝の気持ちしかない。
 そのことを伝えると、翔吾さんはほっとした表情を見せてくれた。それを見てわたしもうれしくなる。

 翔吾さんのお母さまに受け入れられる日が来るだなんて思ってなかったから、夢のような気持ちでいっぱいだったの。


 結局その日は朝早くから夕方まで時間をかけて衣装選びを終えた。
 一週間仕事するより疲れたかもしれない。
 家に帰ってきた途端、ざざっと手早く入浴を済ませ、夕食も取らずふたりで泥のように眠ってしまっていた……



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Date:2013/12/09
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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