空色なキモチ

□ あなたはおもちゃ □

あなたはおもちゃ 2

第2話

夫はおもちゃ!




 結婚式は盛大に行われた。

 教会式で、誓いのキスは額でお願いしますと頼み込んで何とか受理された。
 ヴェールをあげられた時には本気で寒気がした。そして額に触れた唇の感触にさらに全身が総毛立った。
 その後署名をしたのだがとうとうわたしは売られてしまったんだと悲しくて涙が溢れてきた。それを喜びの涙と勘違いされたのかわたしの両親もでく男の両親もハンカチで涙を拭っていた。ばからしい。
 披露宴のお色直しは二回でいい、と言ったのになぜかでく男の母親の希望で六回もさせられた。白無垢も着せられヘトヘトに疲れた。
 何百人の前で笑顔をひきつらせ、長い祝辞を聞き、目の前のごちそうにはほとんどありつけず。わたしは地獄の時間を送った。
 でく男は少しだけ前髪を切って、その日だけは眼鏡をはずしコンタクトにしていたようだ。細い瞼は目つきが悪く、でも機嫌はいいようで口元は緩みっぱなし。目の前のごちそうをてきぱきと腹におさめていった。
 しかしこの男はきれいにものを食す。ナイフの使い方は完璧だし、テーブルマナーはとっても美しい。
 そびえ立つウェディングケーキに入刀するとき初めて握られた手はがたがたと震えていた。それを緊張だと思ったのか、でく男は「大丈夫、僕に任せて」と笑顔でのたまった。
 目の前のケーキに頭から突っ込ませてやりたい気持ちを必死に抑え、死んでしまえと心の中で毒づくだけで何とか我慢するしかなかった。

 とにかく最悪の結婚式だった。とんだ茶番につきあわされそしてわたしはでく男の妻になってしまったのだ。
 
 当然その日は初夜になる。
 最高級ホテルの最上階の部屋。もちろん夜景のきれいなところ。明日は新婚旅行だ。行き先はフランス。飛行機だってファーストクラスだ。
 だけど、わたしはそんなことより今日をどう乗り切ろうかと考え倦ねていた。でく男に抱かれたくないのだ! 言うまでもないだろう。
 誓いのキスですら額でも鳥肌が立ったのに! 手袋越しに触れた手すら何度も洗ったのに!
 今わかった、わたしはでく男を生理的に受け付けないのだ。結婚してから気づくなんてなんておばかさんなんだろうか。
 だけど目の前にあるのは大きなベッド。もちろんこの部屋にはベッドがひとつしかない。だから一緒に寝るしか方法はないのだ。でも――

 すでにベッドに横たわっているでく男が扉口に立つわたしを不思議そうな顔で見ているのがわかる。いつくるの? と言いたげな目だ。こいつは女を抱いたことがあるのだろうか。いや、絶対に童貞だろう。経験がありそうには見えなかった。

「今日は疲れたでしょ? 明日は長旅になるし、早く寝よう」
「わたし、全然疲れてないから。読みたい本もあるし」
「えー、顔色よくないよ。本なんかいつでも読めるでしょ?」

 ベッドから飛び跳ねるように扉口に近づいてきたでく男にびっくりしてわたしは身を強ばらせてしまった。そんなことはお構いなしにわたしの腕を引き、ベッドまで引っ張られる。あれよあれよという間に寝かされてしまい、逃れられないとぎゅっと瞼を強く閉じた。
 それなのに――

「電気消すねー」

 おっかなびっくり目を開けてみると、ふかふかの布団が掛けられていた。そしてでく男はわたしの隣に距離をあけて上向きで横になっていた。
 それと同時にすぅ、と小さな寝息が聞こえて……もしかして草食系男子って奴でしょうか。
 何はともあれ助かったとしか言いようがない。とりあえず今日でく男に食べられずに済んだ。もしかしたらフランスで食われるのかもしれない。だけど少しでも先延ばしにしたい。
 安堵のため息が暗い部屋に響く。あんまりにも安心して気が緩んだのかわたしはそのまますぐに眠りの闇におちたのだった。


 新婚旅行は楽しかった。
 素敵な(イケメンの)ガイドさんは日本語が達者でなんでも希望を聞いてくれた。この人が自分の相手ならよかったのにと思わざるを得なかった。でく男とも仲良くなり、メールアドレスを交換したようだった。この男は何でこんなにもいろんな人間を引きつけるのかよくわからない。
 そして、フランスでもわたしはでく男に食べられることはなかった。
 同じベッドに寝ていても、人ひとり分入れるくらいのスペースを常に保っている。寝相もたいへんよろしい。下手したら寝相の悪い自分がでく男スペース(デットリースペースと名付けた)に入り込んでしまっているくらいだった。気づいてあわてて戻るのだが。

 新婚旅行を終え、でく男の家に帰るとご両親に大歓迎された。我が家だと思って楽にしなさい、家事は一切やらなくていいと言われる。この家にはメイドがいるから実際妻としての役目は跡継ぎを生むことくらいしかないのだろう。だけど、わたしはでく男に抱かれちゃいない。
 借金のカタに身売りした身分にしてはたいそういい待遇ではあるはずだ。だけどわたしは好きでもないでく男にいつかは抱かれないといけないのだ。そう考えたらおぞましい。

「孫は何人いてもいい。楽しみだなあ」

 満足げに笑うでく男一家はみんな同じ顔をしていた。なぜ父母が似ているのかよくわからない。夫婦は長くつれ添うと似てくると以前父に言われたことがある。わたしもで似てくるのだろうか? いやだなあ。



「ゆーちゃん、ここが僕らの寝室だよ。気に入ってくれた?」

 その部屋にはまるで貴族のお姫様が寝るようなベッドがあった。ベッドサイドに総レースのカーテン、ベッドカバー。なんて乙女チックな作り。
 そこまではいい、なんで枕元に「新婚さん○らっしゃい」に出てくるようなハート型のYES、NO枕チックなクッションが並べられているのだろうか。なんてセンスがない。
 しかも『ゆーちゃん』って何だ? いつの間にこやつはわたしをちゃん付けで呼ぶようになったのだろうか。

「シャワールームもついてるからね。猫足バスタブだよ。そういうの好きでしょ?」

 嫌いではないけどこの家に猫足バスタブって不釣り合いな気がしますが? 
 黛家の外装はどこからどう見ても格式高そうな日本家屋で、玄関前に飛び石があったり由緒正しそうな縁側があったり立派で大きな松があったりする。
 それなのにここの部屋だけ異質な雰囲気。テレポートでもしてしまったような感じ。
 家の浴室を覗かせてもらうとそれは立派な桧風呂だった。義父の趣味らしく、旅館の温泉ってたとえが一番合っている。それなのに寝室のシャワールームはまるっきり洋式。どう見ても同じ家の中とは思えない。

「うにー」
「わっ!」

 足下にふわふわが掠めた! と、思ったら三毛の猫だった。
 その猫はやたら大きくて、人なつっこくわたしを見上げて目を細めた。

「あ、僕の猫。るー、こちらゆーちゃんだよ。僕のお嫁さん。仲良くしてね」

 わたしの足下にしゃがみ込んだでく男がるーと呼ばれた猫の頭をわしゃわしゃ撫でている。るーは気持ちよさそうに目を細め、その手を受け入れていた。
 ゆーとるーって扱い一緒かよ! と思ったけど、猫は好きだ。
 うちは父が猫アレルギーなので飼えなかったけどずっと飼ってみたかった。るーとは仲良くなれそうだ。
 しゃがみ込んでその頭を撫でると「にゃーん」と高い声をあげてすり寄ってきた。かわいい。この家での癒しになるだろう。
 この部屋にはるー専用の猫ベッドがあった。ふっかふかで、人間が寝ても気持ちよさそうな素材。そこでいつも寝ているという。
 
 その日は疲れたので夕食は部屋でいただき、寝室のシャワールームで軽くすませた。

 大きなベッドに身体を沈めると室内が暗くなる。電気を消してくれたんだ。結構気のきくやつだ。
 そう思いながら瞼を閉じたのとほぼ同時に身体を囲われているような息苦しさを感じた。このベッドは左右両方から入れるはず。わたしが右側に寝ているのをでく男は知っているはずだ。だから間違えるわけがない。
 恐る恐る目を開けてみると、眼鏡をはずしたでく男の両腕がわたしの肩の辺りにつかれている。いわゆる床ドンってやつだ。かろうじて下半身は自由を保っているが――

「……何?」
「そろそろいい?」
「何が?」
「何がって……」

 もごもごと口ごもるでく男。
 いやな予感がした。唾がゴクリと喉を通る。まさか、こいつ。

「ゆーちゃん!!」
「ぎゃーっ!!」

 がばり、と覆い被さられわたしは絶叫した。
 今にも頬をすり付けられそうな位置にでく男の顔を感じて片手でその顎を押し上げる。するとでく男の動きが止まった。

「ゆーひゃん、ひょれ、ひづつくな(ゆーちゃん、それ、きずつくな)」
「……離れろ」
「ふぇっ?」
「離れろって言ってんだ! このうすらトンカチ!」
「ぎゃーっ!!」

 今度はでく男が絶叫した。わたしがベッドから突き落としたからだ。
 でーん、とすごい音がした。尻餅状態であわあわするでく男の姿。

「僕ら、結婚したんだ、よね?」
「それが?」
「え、それがって……だって、じゃあさ」
「じゃあ、なんだ?」
「えぇ? 最後まで言うの?」

 今にも泣き出しそうなでく男を見ていたらなんだかざわざわしてきた。もっと泣かせてやりたい、どSの血が身体の奥の方からざわめくようだった。

「ゆーちゃん、僕……」

 うなだれて立ち上がったでく男がそろりとベッドに近づいてくる。それを睨みつけるとびくっと身体を強ばらせ、その場に立ち尽くした。

「なに?」
「……シたい」
「なにを?」
「何をって、わかってよぅ」

 ぐすん、ぐすんと鼻をすすりだした。
 やった! 泣かすことができた。なんだかすごい満足感が押し寄せてくる。

「だめ?」
「だからなにが?」
「……ぐすっ」

 俯いたまま、ベッドの左側に回って滑り込むように布団に入って縮こまるでく男。
 その後もしばらくぐすんぐすんと鼻をすすりながら小さく身体を震わせていた。

 なんだかおもしろい。
 まるでおもちゃみたい。



 翌朝起きたでく男の瞼は漫画によく出てくる『3』みたいに腫れ上がっていた。結構長く泣いていたのかもしれない。わたしはすぐに寝てしまったのでわからないけど。それを隠そうとしたのかすぐに瓶底眼鏡を装着した。

「ゆーちゃん、オハヨ」

 ベッドに足を伸ばした状態でそれでもにっこりと笑ってわたしに挨拶してくる。
 なんだか昨日の夜、迫ってきたことをなかったことにしようとしているようで腹が立つ。バカにしやがって。
 わたしはベッドに立ち上がり、でく男の伸ばしっぱなしの足を跨いでそこにすとんと座り込んでやった。目を丸くしたでく男の前髪をぐいっと掴んで引き上げて額を丸出しにする。

「眉毛、整えたら?」
「え? なんで、急に?」
「ボーボーだから」
「え、でも、そういうのってかっこいい男の人がするものでしょ? 僕みたいに冴えないのが――」
「わたしとえっちしたいんでしょ?」
「――!!」

 ぐっと息を呑み込んだでく男が目を見張る。ずり落ちた眼鏡から忙しなく泳ぐ瞳が見えた。
 あれ、意外ときれいな目かも。細い瞼に隠されてよくわからなかったけど、なかなか澄んでるようには見える。だからといってフツメンであることにはかわらないし、眉を整えたくらいでそれがイケメンに変わるわけでもない。そんなのわかってる。

「だったらさあ、それなりになれるよう努力したら?」
「どりょ、く?」
「眉整えてさあ、このだっさい眼鏡もおしゃれなのにかえて」
「えぇ!? 僕、これ気に入って……」
「か・え・て!」
「……ハイ」
「かっこよくなったら、考えてあ・げ・る」

 ぐぬぬ、とどこから出たかもわからない声がでく男の口から漏れた。
 あー! おもしろい。カ・イ・カ・ン。
 こうやっていじめて楽しめばいいんだ。夫だと思わなければいい。かっこよくなんてなりようがないんだから、こうしてずっとおもちゃにしてやろう。
 でく男から降りて、洗面所に直行しすぐに戻ると呆然とそのままの体勢でいた。

「わたしが眉毛を整えてあげる」
「えっ? いいよっ、僕、自分でっ」
「だーめ。でく、じゃなかった、光太郎さんそういうのセンスなさそうだもん」

 すちゃっとカミソリを手にすると、ひぃぃっと身を引いて狼狽えだすでく男をそのまま押し倒した。

「ゆーちゃん! 危ないっ危ないよぅっ」
「動かなければ危なくないっ」
「ああああ! 許してっ! 許してよぅ!」
「しゃべると手元が狂うってば。おとなしくして!」

 ぎゅうっと瞼を閉じたでく男が何となくかわいく見えてしまうから不思議だった。
 ぞりぞりと音を立てて眉をそり出すと観念したのか押し黙り、じっと身を硬くしている。無駄にぶっとい眉毛なんだよなぁ。

「よーし、できた」

 手鏡をでく男に向けて見せると、涙目でそれを見つめていた。
 かなり細くした眉毛は我ながらうまく形が整えられていると思う。だけど本人は気に入らなかったのか「うぅ~っ」と情けない声を上げて泣き出した。



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Date:2013/11/30
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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