空色なキモチ

□ あなたはおもちゃ □

あなたはおもちゃ 1

第1話

恋愛がしたかっただけなのに!




 小さい頃からお金に不自由をしたことがなかった。
 ものすごい上流階級ってほどでもないけれど、中の上くらいのレベルの家だったと思う。ほしいものはいつでも買い与えられていた。
 お父様もお母様もわたしが一番大事、いつもそう言ってくれていた。

 お父様の事業が失敗するまでは――

 
「嘘でしょ? いや!」
「頼む! もうそれしか手がないんだ」
「わたしのこと一番大事だって言ってくれていたじゃない。それなのにっ」
「借金が返せないと私達は路頭に迷う……頼む」

 高倉優月たかくらゆづき、十九歳の秋だった。

 小学校から高校までエスカレーター式の女子校育ちのわたし。もちろん恋愛経験なし。
 箱入り娘として育てられ、大学は共学へ行きたいとごね、ようやく両親の許可を得た。そして憧れの男女共学!
 金持ちぶらずにそこそこの服装を身に纏い、おしゃれなファッション誌で学びあげた清楚かつ少し大胆系を取り入れ、男子学生にもそれなりに声をかけられるようになった。
 合コンもつい最近初参加した。なんだか冴えない男子ばかりの集まりに参加してしまい、大しておいしくもない食事を食べるだけで帰ってきた。
 近々近所の大学の医学部の男子学生との合コンがセッティングされたと友達に呼びかけられたばかりだったのに! そんな矢先に急遽決まった結婚。
 
 相手はうちの大学の理工学部の三年生、黛光太郎まゆずみこうたろう
 今時っぽくない名前、見た目もかなりダサい。瓶底眼鏡にかかったうざったい前髪。おしゃれの「お」の字も感じられないいつも似たようなチェック柄のシャツにくたびれたジーンズ。スニーカーだっていつも薄汚れているし、背負ったリュックもセンスのかけらもない。別の意味で有名人。
 極めつけは鉄道オタクで、鉄道サークルなんてものに入っている。同じ趣味の学生と電車の写真を撮ったり模型で遊ぶのが趣味らしい。

 だけど、この人。医療機器製造メーカー黛メディカルシステムズの跡取り息子だったりする。
 うちの父の会社は不渡りを出す寸前まで来てしまい、黛メディカルシステムズに吸収合併されることになったのだ。そしてそのカタに差し出されたのがわたし。
 これが少女漫画だったら瓶底眼鏡の下はとびきりのイケメンだったりするはずなのに、はずしてもイケメンは登場しなかった。いわゆるフツメンってやつ。唯一背が高いのだけが救いなのかもしれない。
 だけどどこからどう見てもオタク臭漂うこの人と結婚する気になんかなれなかった。
 
 大学に入ったら好きに恋愛をして、とびきりのイケメンをゲットしてゴールイン。それがわたしが幼い頃から抱いてきていた人生設計だったのに。
 そのためにおしゃれも頑張って、今時の女子大生風に毎朝早起きして髪を巻いて、メイクも力入れて。

「優月さん、今日もロールパンが食べたくなるような髪ですね。夕食はフレンチにしましょうか?」

 こんな男のために必死で髪を巻いているわけじゃないのにっ!
 そのうざったい前髪でわたしのどこを見ているっているの? 目つきすらわからない。口元だけでだらしなく微笑み、褒め言葉の一つも口にできないこのダサ男がわたしの夫になる。しかも近い将来に。
 百歩譲って『ロールパン』は許すとしても、その後他に言える言葉はないのかしら。素敵ですね、でもかわいいですね、でも何でもいい。
 そもそもこの男にそんな高度な技術を求めているわたしが間違っている?
 そんなことはない。こんなの高度な技術じゃあない。小学生にでもできる社交辞令ってやつだ。一般常識であろう。この人は今流行のコミュ障ってやつなのだろうか? 
 いや、そんなことはない。この人はこんななりしていかにもいじめられっこ風だけど、友達はたくさんいる。しかも男女共に!
 金持ちの息子だからってことは大学内では知られていないはず。こんな貧乏くさい格好をしてキャンパスを闊歩する男のどこにも金持ち要素は見受けられない。
 一度、それを狙っての格好なのか尋ねたことがある。あっさり否定された。

「この格好が一番楽なんです」

 へらり、とはにかんだような笑みを返された。ぜんぜんかわいくねえっての!
 ただの背高のっぽの(でくのぼうともいう)オタクのくせに! わたしは陰でこの男を「でく」と呼んでいる。

 今日だってデートなのにいつもと全く変わらないいで立ち。赤と白と黄色で彩られたチェックのダサダサシャツになんだかしまりのないベージュのチノパン、唯一エメラルドグリーンのスニーカーは某スポーツブランドのものだけど、服との色合いは最悪。ぜんぜんマッチしていない。
 リュックというよりナップザック。今からどこへ山登りですか? って聞きたくなるようなごっついやつ。

「コータロー!」
「あ、順ちゃん」

 このでく男を呼び止めたのは理工学部きってのイケメン、高木順たかぎじゅん先輩!
 どういう繋がりかは知らないけどこのでく男と仲がいい。ベリーショートの茶髪をワックスで遊ばせてる感じがきゅーんとキちゃう。

「デートだった? ごめん」

 にこっとさわやかな笑みを向けられて、狼狽えてしまう。
 手をぶんぶんと振って違うとアピールしたにも関わらず、でく男に「夕食を食べに行く」とあっさり肯定されてしてしまう。しかもなんだかうれしそうに見えるのは気のせいなのだろうか。
 がっくりと肩を落とすわたしを見て高木先輩がくすくすと笑った。

「かわいい彼女ができてよかったな」

 彼女と言われたのは聞かないフリをするとしても、かわいいと言われたことは素直に喜びたい。彼女じゃないんです。わたしは黛家に売られただけのかわいそうな子羊なんですーって言いたかったのに。 

「でしょ? 順ちゃんもそろそろ本気の女の子探した方がいいと思うよ」
「そうだなあ。おまえ見てたらそう思えてきたよ」
「順ちゃんなら素敵な女の子が見つかるよね。優月さん」

 ちょ! いきなり話題振らないでよ、と思いながらも振り子時計のようにうなずくと高木先輩が「ありがとう」と再び微笑みかけてくれた。ずっきゅんどっきゅんだわ。
 あんたなんかに言われるまでもなく高木先輩には美人が集まるに決まってるじゃない。あんたごときに言われて高木先輩も不憫だわと思う。だけど高木先輩はにこやかな姿勢を崩さない。

「コータローをよろしくね。こいつ、すごくいい奴だから。オレが女だったら間違いなくこいつを選ぶよ」

 マジですか? 信じられませんがっ。
 高木先輩がもし女性だったら絶世の美女だと思うのに、こんなに冴えない男を選ぶと言うとですか? 信じられませんがっ。

「順ちゃん、買いかぶりすぎだよ」
「そんなことない。おまえみたいないい奴いないって」

 それは「都合のいい」奴ではないのでしょうか? と思いつつ、高木先輩は見知らぬ女性に呼ばれて足早に去っていった。
 表情がわからないくらいの長い前髪、加えて眼鏡。この人がどれだけ性格がよくても表情もわからないような人を好きになんかなれっこない。

「光太郎さん。少し前髪を切ったらどうでしょう」
「どうして?」
「前がよく見えないでしょうし。その眼鏡も変えてみたら?」

 困ったように口元を緩ませて考え込むでく男。
 よく見ると唇の形はいいような気がする。でも前髪を切っても眼鏡をおしゃれにしても大して変わらないだろうな。

 それから大学の敷地内を出るまでに、この男は二回声をかけられた。かわいらしい雰囲気のふんわりしたワンピースに身を包んだ黒髪の美女と、高木先輩ほどじゃないけどおしゃれな男の人。何を話しているかはわからないけど、声をかけた人たちはニコニコとうれしそうにこの男と話すのだ。
 何がどうしてそうなっているのか不思議でならない。



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Date:2013/11/30
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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