空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 198

第198話 新たなる第一歩

柊視点




 引っ越しを無事に終えて、未来の母親と今日の夕飯の食材の買い出しに来た。
 本当は引っ越しそばでも取ろうと言っていたんだけど、急遽作ることになった。未来の母親が作りたがったから。
 以前より表情が若々しくいきいきしているように見える。何もかも吹っ切れて、未来とふたりで生きていく決意ができたのだろう。



 未来の母親は買い物をしながら実父との関係について教えてくれた。


 実父のとの出逢いは公園だった。

 未来を連れて近所の公園に遊びに行くのが日課になっていた。
 周りには同い年くらいの子供を遊ばせている母親のグループが出来上がっていてそこに参加したいと思っていたけど引っ込み思案で声もかけられなかったと言う。

 未来も他の子とは遊ぼうとはせず自分にくっついて離れようとはしなかった。
 まして言葉が話せない未来は他の子に「一緒に遊んで」と言えるはずもない。かといって母親である自分が他の子達にが声をかけることもできない。
 自分が勇気を出して周りの母親に声をかけることが出来たら一緒に遊んでもらえるのかもしれない。だけどもし遊んでもらえるようになったとしても言葉を発することができない未来は打ち解けられるのだろうか、いじめられたりはしないだろうかといった不安とジレンマに陥っていた。

 そんな悩みを抱え周りの子達に視線を送りつつ未来と遊んでいたらボールが転がっていってしまった。
 その先に公園の風景を描いていた実父がいたという。

 出逢いは偶然で必然であったようにも思えたと。

 未来のボールを実父が拾い、ニッコリと笑って未来にボールを渡してくれた。
 当時人見知りだった未来も実父にニッコリ笑い返したという。
 
 それから公園でちょくちょく会うようになり、未来も実父にすぐ懐いたそうだ。
 気づいたら実父の風景画に自分と未来の姿が描かれていた。人物は描かないと聞いていたのに、それからふたりは急速に近づいていった。

 籍を入れなかったのは理由があった。
 実父が絵で食べていけるだけのお金を稼げるようになってから正式に結婚してほしいと願ったそうだ。それを未来の母親は了承した。

 だけどそんな日は来なかった。

 絵を描きながら実父は運送会社で働いていたそうだ。
 そこそこ絵が売れるようになり運送会社の仕事を辞めて結婚をしようと思った時、盗作疑惑が浮上した。

 そこから歯車が狂い始めた――






「お母さん」


 話すのに疲れたのか、肩を落とす未来の母親に声をかけた。
 ふたりの時に話しておきたいことがあった。その表情がにこやかなものに変化する。


「柊さんにお母さんって言われると少し照れると言うか、変な感じがしますね」

「……そうですね」


 未来の母親は歩みを止め、きちんと俺の方を向いて再び笑いかけてきた。
 一回大きく深呼吸をして、ごくりと唾を飲み込む。
 何の迷いもない。決めたことを告げるだけでいい。そう自分に言い聞かせ、大きくうなずいた。


「未来が成人したら、僕に下さい」


 しばしの沈黙。
 未来の母親は彼女にそっくりな顔できょとんとしていた。


「あ、あの?」


 まだ早かったかと思いつつ、俺が問いかけると心配そうな表情の未来の母に顔を覗き込まれた。
 じいっと瞳の奥まで覗き込まれるように。目を逸らさず見つめ返す。それは自分の意志の強さを表すつもりだった。


「未来は、了承済みなんですか?」

「あっ、いえ……今、返事待ちと言うか……」

「返事待ち?」


 未来の母が眉根を寄せて俺に詰め寄ってくる。


「あ……まだ、長い期間があるのでゆっくり考えるよう伝えてあります。ただ、自分がそういう気持ちであるということを本人にもお母さんにも伝えておきたくて……」


 自分の思いを隠さずに伝えたつもり。
 緊張しすぎてしどろもどろになってなかっただろうか。声はうわずるし、最悪だ。
 そんな俺の想いを汲み取ってくれたのか、未来の母親が真剣な顔で深くうなずいた。


「ですが、柊さんのお母さまは反対されるのではないでしょうか?」


 少し悲しげに紡がれた言葉に痛いところをつかれた俺はぐっと息を呑みこむ。
 きっと俺の表情の変化を見抜いたであろう未来の母親は困惑顔で微笑んでみせた。

 昨日、自宅からマンションへ帰るまでの道のりで考えていたことを未来の母親に告げた。


「確かに、今の時点では仰るとおりです。ですが、反対されても気持ちが揺らぐことはありません。かといって、そのまま我を通しても、お互いわだかまりが残ることでしょう。未来だってそれを望まないはずですし、なんとしてでも説得するつもりでいます。だから――」


 一気にまくし立て、未来の母親が驚いた表情をしているのに全く気づいていなかった。
 我に返った瞬間、言葉に詰まってしまう。ひとりで興奮してしまっていることを心から恥じた。もっと冷静に話すつもりだったのに、結局いっぱいいっぱいになってしまっていた。
 

「未来が……好き?」


 真っ直ぐな目を向けられそう問われる。俺は少しだけ俯いてしまった。
 でも自分の気持ちを正直に伝えるって決めたから、もう一度その目をじっと見つめ直す。


「未来を愛しています」


 そう言った途端恥ずかしくなって顔全体が熱くなった。
 いや、顔だけじゃない。身体も熱くなって汗がドッと噴出した。


「……じゃあ、いいと思います。もちろん、柊さんのお母さまの了承と未来の返事次第ですけど」


 ふふっと未来の母親が笑って俺の前を歩き始める。
 あんまりにもあっさり許可が出て、面食らってしまった。


「あの子も柊さんのことを好きだと思います。だって一緒だととっても幸せそうな顔してるもの。私は未来が幸せで、それを望むなら何も言うことはありません。」


 今まで辛い思いをさせたのは自分の責任だと未来の母親は言う。
 だけど、未来の母親だって苦しんだはずだ。そう問うと静かに首を横に振った。


「柊さんには本当に感謝しているんです。未来はあのままずっと家にいたらきっと壊れていたと思うから……あんな酷い目に遭っても今笑っていられるのは柊さんのお陰だと思います」


 未来の母親の足が止まった。
 再び俺の方を振り返り、深々と頭を下げる。


「頭を上げて下さい、それに俺だけじゃないんです」

「え?」

「未来には俺の他にも強い味方がいるんです……ほら」


 未来と悠聖と修哉がマンションの入口に立っていた。
 未来がこっちに向かって手を振っている。


「遅いよぅ! お母さん、お兄ちゃん」


 こっちに走ってきた未来が母親の手から買い物袋を受け取った。
 太陽のような暖かい笑みで未来を見つめ、「ありがとう」と返す母親は本当に幸せそうだ。


「あんまりにも遅いから、迎えに行こうと思ったんだぞ」


 修哉が俺の手から買い物袋をひとつ受け取る。
 もうひとつの袋を悠聖が持ってくれた。


「そんなに遅かった?」

「未来ちゃんが妬いてた。お兄ちゃんがお母さんに乗り換えたらどうしようって」

「しゅっ! 修哉さんったら、わたしそんなこと言ってない!」


 未来が真っ赤な顔をして修哉を追いかけていく。
 追われる修哉は本気を出さずに未来の前を振り返りながら走っていった。


「本当の兄妹……」


 小さな声で未来の母親がつぶやく。
 その表情は寂しげで、だけどとっても満ち足りたようなものに見えた。


「あの人は天国で見ているかしら?」


 俺も天を仰ぐ。
 
 雲ひとつない濃藍の空に大きな満月がぽっかりと浮かんでいる。
 ひときわ輝く星を見つけ、未来の幸せを祈った。


 
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Date:2013/11/29
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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