空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 196

第196話 引っ越しの朝

柊視点




 隣で未来が穏やかに眠っている。
 時計を見るとすでに二時半近かった。いい加減に寝ないと、引っ越しの手伝いに支障をきたしてしまう。



 未来は俺の耳元で『お兄ちゃん』と何度も囁いた。
 少し辛そうな切なげな声でそう囁かれると妹に悪いことをしている兄貴の気分になり、後ろめたい感じもした。

 途中未来が俺の声を聴きたい、と言った。
 掠れるような声で未来の名前を呼ぶと、うれしそうな顔をして涙を流す。その涙が流れ落ちる前に、俺は唇でそれを拭った。
 未来はとてもすべすべで柔らかくていい香りがして暖かくて。

 加減をしないといけないと思っていた。
 望まない身体の関係を実父に強要されていた傷は大きいはず。行為に対して恐怖心がないとは言い切れない。
 だけど未来は俺を受け入れてくれた。これがどんなに幸せなことか未来に伝わっているだろうか。

 ホテルに身を潜めたあの明け方に見た未来の美しい裸体が今こうして自分の腕の中にある。あの時どんなに触れたかったことか。手を伸ばせばすぐ触れられる位置にいたのにそれさえ叶わなかったあの時のことを思い出しながら未来を抱いた。
 怖がらせないように、いや、壊れないように大切に。

 白いふたつの膨らみはまだ発展途上なのかもしれない。下から包み込むように触れると俺の指の動きのまま形を変えた。
 そうだ。この胸に触れたこともあったっけ。そんな記憶がよみがえる。何もできないから、と身体を捧げようとした未来。あの時から俺は未来の兄になった。だけど今は最愛の人。

 歓喜に打ち震えながらその胸に口づけをする。そして小さな蕾に舌を這わせその中心で包み込むと、声になりきらない息づかいが聞こえてきた。それはやけに艶があり、扇状的で自我が抑えられなくなってゆく。
 唾液を絡めるようにして何度もその蕾を舐り、吸いついて軽く歯を当てるとびくびくと身体を震わせ、未来の細い腰が揺らめく。
 焦らないつもりでいたのに、自分に余裕がないことに気づく。余すところなく触れ、口づけをしてゆっくりと足を開かせ、ようやく到達した秘所はすでに潤っていた。


「お兄ちゃん」


 急に呼ばれて顔を上げると、未来は恥ずかしそうに頬を赤らめて涙を流していた。


「後悔は、して、ないの」


 少しだけとぎれた息づかいに、その声。
 後悔、その言葉にどくんと胸が高鳴る。


「でも、初めてじゃなくて……ごめんなさい」


 目頭に力を入れて涙を流す未来。
 ああ、そんなことを気にしていたのか。そんなことを気にさせていたのかと申し訳ない気持ちになった。
 俺は何も言わず、未来の花唇を開きその花蕾に口づけを施した。未来の大きな呼吸音が暗い部屋に響きわたる。
 

「俺のことだけ考えて」


 過去のことなんてどうでもいい。
 蜜口に舌を這わせると、未来が嗚咽のような喘ぎ声をあげた。

 どんどん未来の声が掠れてゆく。
 もっともっとその声を聞きたくて、何度も高みに押し上げる。だけど仕舞には泣き出してしまった。
 腕を伸ばして、俺の首にしがみついた未来が耳元で「一緒に」と囁いた。俺も我慢の限界だった。それに気づかれてしまったのだろうか。恥ずかしくておずおずと未来の顔を見ると幸せそうに微笑む。
 躊躇いながら自身を蜜口に這わせると未来が一瞬顔を歪めた。だけどもう自制は利かなかった。「ごめん」とわびながら狭い中を押し広げるように進み続けると未来は何度も首を横に振る。
 熱くとろけそうな未来の身体をむさぼるように、我を忘れて求め続けていた。
 
 途切れることなく続く未来の声。
 この声を一生俺に聞かせ続けてほしい。この声は俺に愛を紡ぐために存在していてほしい。

 もう二度と誰にも触らせたりしない。
 俺だけの、大切な――

 


「辛くなかったか?」


 俺がそう尋ねると、眉間に皺を寄せて不安そうな表情を浮かべている。 なんだか泣き出しそうで、俺まで悲しくなる。


「どうしてそう思うの?」

「え?」

「好きな人に抱かれて辛いなんてことない。幸せ、だよ」


 俺の胸に顔を埋めた未来が小さく身体を震わせた。
 涙をこらえているように見えて、ぎゅっと胸が締め付けられた。

 ああ、過去に捕らわれているのは未来じゃなくて俺の方だったと気づかされた。
 未来はちゃんと前を向いているのに。
 

「そうだよな。未来、ありがとうな」


 その身体を抱きしめると、愛しさが溢れ出す。


「俺も幸せだよ」


 そう言うと、未来がうん、うんとうなずき続けた。
 


**



 朝七時二十分。
 目覚まし時計の音がけたたましく鳴り響く。手を伸ばしてそれをやっとの思いで止めた。
 ようやく重いまぶたを開くと、未来が俺の胸に顔をうずめて眠っていた。


「……甘えん坊」


 未来の頭を撫でると「ん」と小さく唸って動き出す。
 少しだけモゾモゾしたあと、やっとの思いで目覚めたと物語っているような寝ぼけ顔で俺を見上げた。


「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、未来」


 少し照れくさそうではにかむようなその顔を見ていたらたまらなくなって、未来の頬にキスを落とした。
 そしてまたうれしそうに微笑む未来が心から愛おしかった。


 未来にひとつ隠していることがある。
 それは、未来が実父の初恋の人に似ているという事実。その初恋の相手が母の死んだ姉であるという事実も。
 言うべきか言わざるべきか本当に悩んだ。隠し事をしたくない気持ちもある。だけど言っても何もかわらない。むしろその初恋の人の身代わりにされた、とさらに辛い思いをさせるかもしれないから。

 もう、余計なことは言わないことにしたんだ。



 朝八時頃、マンションに悠聖と修哉が来た。
 ふたりとも未来の家の引っ越しを手伝う要員。男手が多い方がスムーズに終わるはずだから。俺の車で未来のアパートに四人で向かい、手伝いをすることになっている。


「未来、ごめん! 車のキー取ってくれる?」


 玄関から叫ぶと未来がリビングから寝室に取りに行ってくれた。


「すぐそこなんだから取りに行けばいいのに。兄貴は横着モノだなあ」


 玄関を出たところで悠聖がボソッとつぶやく。


「未来が中にいるんだからいいじゃないか」

「わざわざリビングから向かわせなくても」

「今持って行くからケンカしないでよ。あれ?」


 寝室から未来の不思議そうな声が聞こえてきた。
 扉口からヒョコっと顔を出した未来がその場で俺の車のキーを見せる。


「車のキーってこれ?」

「そうだけど?」

「なんでわたしのキーホルダーがお兄ちゃんの車のキーについているの? 家の鍵につけて返したはずなのに」


 首を傾げながら未来が玄関に出てきた。
 ハッとして悠聖を見ると、意味深に目を細めて揶揄るような視線を俺に向けている。


「そのキーホルダー未来のだったんだ。赤いテディベア」

「うん。わたしが借りた鍵につけたの。でもなんでここに」


 怪訝な表情で鍵を見つめ不思議そうに首を傾げる未来。
 まずい、何もかもがバレてしまう。早く、こっちに来てその鍵を俺に渡してくれ。そんな焦りで未来に向けて必死に手招きをした。


「なんかね、兄貴がそれすごく大事みたいで」
「おっ! 遅くなるから行くぞっ!! お母さんが待ってる」


 未来の手から強引に車のキーをひったくって一足先に玄関を飛び出した。
 恥ずかしさのあまり逃げ出したのだ。情けない。


「なに? 急に?」


 俺の後をついてくるふたりを見ることができなかった。
 キーホルダーのことは今まで隠し通してきてたのにすっかり気を抜いていた。
 退院した後、俺の前から逃げるように消えた未来の代わりにずっと大切に持っていたかった。なんて口が裂けても言えない。悠聖に渡したくなかったから、家のキーから外したことも。

 結局全てバレてしまった。ああ恥ずかしい。
 そんな気持ち誰にも知られたくなかったのにな。



**



 未来のアパートに向かう途中の車内で、助手席に座った修哉がボソリとつぶやいた。


「柊よ、おまえ瑞穂になんて言うの? 未来ちゃんとのこと」

「別に何か言うことなのか。瑞穂から告られたわけでもないし。おまえが傍で支えてやってくれよ」

「冷てぇな。ずっと仲良くやってきてたのにさ」

「冷たいか、俺」

「だぁっっ! いいよ。もう。オレが瑞穂を説得してやる。言っておくけどおまえのためじゃなくかわいい妹のためだからな!」

「わかってるよ。修哉、ありがとうな。おまえ最高にかっこいいよ」

「ちぇ、かっこいい兄のこんなかっこいいところを見てないなんてな」


 唇を尖らせ修哉がぼやく。
 振り返ると、修哉のかわいい妹は悠聖の肩に凭れて後部座席で小さい寝息を立てていた。


 ごめん、修哉。
 おまえのかわいい妹は、ゆうべの疲れが残っているんだと思う。


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Date:2013/11/26
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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