空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 195

第195話 最後の夜、はじまりの夜

未来視点




 お兄ちゃんの部屋。
 このベッドでお兄ちゃんと一緒の夜を過ごすのも今日が最後だろう。そう考えるだけですごく寂しい。

 時計を見ると一時を過ぎていた。


「あれ、まだ寝てなかったんだ。明日朝早いからもう寝ないと。電気消すぞ」


 お風呂からあがったお兄ちゃんが髪をバスタオルで拭きながら寝室に入ってきた。
 ベッドの左側からのっそり入って来て、明るいベッドライトを薄暗い照明に変え、ゴロリと横になった。わたしはお兄ちゃんの方向き直り、お互い向き合うような体勢になった。


「未来」

「うん?」

「父さんのこと、本当にありがとうな。最期の言葉を言うきっかけをくれて」


 お兄ちゃんの左手がわたしの右頬をそっと撫でた。
 暖かくて、その手を頬に押しつけるように自分の手を重ねる。


「あの時未来が遠まわしにでも教えてくれなかったら言えなかったし、最期にも立ち会えなかった。後悔していたと思う」

「よかった。後悔してほしくなかったから」

「ひとりで抱えていくの辛いと思わなかった?」


 お兄ちゃんにそう聞かれ、すぐにうなずいた。


「……思ったし、なんでわたしだけに伝えたかったのかもよくわからなかった」

「未来にとっては辛い想い出の方が多いよな」

「もう忘れたい」


 優しく頬を撫でられて、目を閉じると少し眠くなってきた。


 お兄ちゃんは最後、父にありがとうの言葉をちゃんと伝えた。
 心から感謝の気持ちを述べていた。その想いはちゃんと義父に届いていたはず。
 最期の義父の涙は本物だった、でも――


「お兄ちゃん、わたしはどうしたらいい?」


 お兄ちゃんが怪訝な顔でわたしを見た。
 義父がなくなってからずっと考えていたこと。ううん、本当はもう少し前から考えていた。
 正確にはお兄ちゃんが、義父のことを本当に好きだったと知った時から。


「確かに辛い想い出が多い。でも小さい頃かわいがってもらった想い出だってあるの」


 お兄ちゃんの表情が驚きから悲しそうになる。
 わたしはその顔を見たまま続けた。


「義父さんを赦すべきなのかもしれない。気持ちを理解するべきなのかもしれないってずっと思ってた……でもあの時のことを思い出すと……苦しい」


 自然に涙がポロリと溢れ出した。
 喉の奥が苦しい……涙が止まらなくなる。


「ずっと心の中で叫んでいたの。『お兄ちゃん』って」

「……うん」

「なんでかな、『助けて』じゃないの『お兄ちゃん』って。心のどこかでこれはお兄ちゃんなんだって思い込もうとしてたのかも……」

「……そっか」

「でも……義父さんの声がずっと耳元で聞こえて……」

「……うん、うん」

「わたしね……」


 次の言葉を言いかけた時、お兄ちゃんの左手がわたしの右肩を掴んだ。
 その右肩を後ろに押され、仰向けにさせられる。上から見下ろすように、お兄ちゃんの悲しそうな目がわたしを捕らえた。


「もういいから……未来」

「え?」

「未来は赦さなくていい。お母さんも言ってたろう」


 お兄ちゃんの目が真っ赤になって、目許が光っているように見えた。
 右手を伸ばして親指でその目許に触れると少し濡れているような感じがした。


「泣いて、るの?」

「泣いてない」


 お兄ちゃんの顔が急に近くなった。


「泣いてなんか……」


 わたしの唇の間近でお兄ちゃんの唇が動いている。
 吸い寄せられるように自然にその唇がわたしの唇に押し当てられた。軽く吸ったり優しく触れたりするから次第に力が抜けていく。胸の辺りがドキドキしてお腹の奥の方がきゅっと疼く。
 頭の芯が痺れるようなそんな感覚に、気分がトロンとしてきた時。


「――あ」


 思い出したようにお兄ちゃんがいきなり声を上げた。
 すぐに唇も身体も離れる。一気に現実に引き戻されたみたいになって寂しい気持ちになる。


「やっべぇ……」


 ガバッとベッドから起き上がったお兄ちゃんがわたしに背中を向けた。
 ぐしゃぐしゃと頭をかき乱して大きいため息をついてる。


「ああ……ごめん、未来。お母さんとの約束破っちまった」

「約束?」

「未来に手を出さないって約束でここに預かったのに」

「そうなの? キスしかしてないけど……」


 お兄ちゃんが悲愴感たっぷりの顔で振り返った。


「未来は知らないようだから教えておくけど、キスも立派な性行為だぞ」

「ええっ? そうなの?」

「だから前に言ったろ? 簡単にさせるなと……ああ、お母さんになんて言って詫びるかなあ」

「言わなきゃわかんないよ」

「そうだけど、まだ十五歳の高校生にこんな」


 その言葉にカチンと来てしまった。


「十五歳って! わたしはもう大人だよ? わたし……もう……」
「あー! もう、俺にとっては子供なの! 生徒と同い年なんだから!」


 わたしの言いたいことがわかったのか、お兄ちゃんがすかさず遮った。
 『もう知ってるんだ』と言おうと思っていた。そんなことは言うまでも聞くまでもない事実だとわかっているからだろう。そしてわたしにそう言わせないよう遮ったことも気づいていた。


「それに俺は未来を大切にしたい……だから」

「その言い方、やだ。悠聖くんだってわたしを大切にしてくれた。わたしが頼んだんだもん……穢される前にって。それなのに……」

「そうだったのか」


 腹立ち紛れにお兄ちゃんに背中を向けた。
 まるで悠聖くんがわたしを大切にしていないから行為に及んだと言われているみたいで悲しかった。本当はお兄ちゃんがそんなつもりで言ったんじゃないことくらいわかっている。だけど納得いかなかった。


「悠聖くんは優しいから断れなかったんだよ」

「……そう、だったんだ。ごめん、訂正する」


 訂正? ごめん?
 よくわからなくて首だけ振り返ってみた。


「密告、するなよ?」


 悪戯をする前の子どもみたいなお兄ちゃんの態度がおかしくて、思わず笑ってしまう。


「……共犯で、いいよ?」


 わたしが言うとお兄ちゃんが目を白黒させた後、小さく笑った。


「本当に?」

「大切にしてくれるなら」

「……わかった」


 お兄ちゃんがゆっくり近づいてくる。
 わたしはそっと目を閉じた。
  

 わたし達、ここからはじまるんだよね。



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Date:2013/11/26
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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