空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第2章 第26夜

 
 いつの間にか眠ってしまったようだ。

 まだ身体が熱い。でも汗をかいたから喉がカラカラだった。
 未だ関節痛の抜けない重だるい身体を無理やり起こし上げて、台所へ向かおうと寝室から居間に入る。


「――――あ」


 居間のこたつのテーブルに雨宮翔吾が突っ伏して眠っていた。
 
 テーブルの上には風邪薬と水の入ったコップとりんご。
 それに、冷却シートの箱。
 
 なんでここにいるの? 帰ってって言ったはずなのに。

 両手で自分の顔を覆ってから頬を撫で上げ、その手で下顎のラインを撫でると指先に冷却シートが触れた。普通は額に張るものだけど、首や腋に貼った方が効果があるって聞いたことがある。

 気がつかないうちに貼ってくれたんだ……。



 少しふらつく足取りで台所へ向かい、水を飲んで歯を磨いてから寝室へ戻る。
 押入れから毛布を取り出して、雨宮翔吾の肩にそっとかけた。

 こんなところで寝たら風邪引くのに……こたつのスイッチも入れずに寝てしまったんだ。
 よく眠っているその表情には疲れの色が見えた。


 あんまりじっくり見ていたくなくて静かに寝室へ戻り、着替えてから熱を測ってみる。

 三十八度二分。少し下がった。

 ゆうべ全然下がらなかったのに、冷却シートのせい?
 それとも、この人の?

 まさか、そんなことない。
 この人が来たからって熱が下がるわけがない。単なる偶然のはず。


 咲子に頼んでついて来たのかな? 怪しまれたらどうするの? 
 ただの同僚だって言い逃れできないじゃないの。
 人間関係のトラブルなんかでせっかく入社できた職場は辞められないのに……どうしたらいいのかわからない。


 もう、わたしを惑わさないで……ほしいのに。








「……ん?」


 額に冷たい感触がした。
 柔らかいものがわたしの額に当てられて小さく動く。


「な……に……」


 重だるい瞼をようやく開けると、薄い膜が張ったみたいでよく見えなかった。
 でも、少し経つとわかってきたんだ。

 心配そうな表情でわたしの顔を見つめている、雨宮翔吾。
 そして額の上に置かれているのは、その手。


「雪乃、少し食べて薬を飲むんだ。このままじゃ熱が下がらない」

「……」

「お粥作ったんだ。少しなら食べられるだろう?」

 
 優しい顔で微笑むから、胃の辺りがぎゅっとつかまれる感じがしていたたまれなくなった。
 ベッドの右側から囁く雨宮翔吾。なんとか顔を逸らして左へ視線を落とす。


「あとね、卵酒。これも結構効くんだ。家でなら酔っても平気だろ? まあそんなに酒は入れてないけどさ」


 カチャカチャと食器の音が聞こえる。
 何をしようとしているのかさっぱりわからない。
 ぼんやりした頭でその音を聞いていると。


「はい、あーん」

「!?」


 口元におかゆの乗ったレンゲが向けられた。
 レンゲのおかゆと雨宮翔吾を交互に見ると、小さく笑う声がする。

 そんな声もわたしの好きだったもので、嫌になる。悲しくなる。苦しくなる。


「ほら、口開けて。おいしいはずだから大丈夫」

「……」

「ほら、あーんして」

 
 唇にそっとレンゲを当てられてビックリして口を開いてしまった。
 そこにそっとレンゲが押し当てられて口の中に滑り込んできた。


「――っ」


 この味……。
 きゅっと目を閉じたら自然に涙が溢れ出してしまった。


「どうした? 雪乃? まずい?」


 急に泣き出したわたしを気にかけるような声がして、首を横に振る。
 布団から手を出して涙を拭こうと思ったのに動かすのも億劫だなんて。
 かすかに付けられた塩味と梅干の味が鼻腔にツーンときて、さらに涙が溢れ出す。


「雪乃……」

「なんでもないです……」

「じゃ、なんで泣くの? そんなふうに泣かれたら、どうしていいかわからない」


 そっと目尻を擦るように拭われる。
 さっきまでひんやりしていた雨宮翔吾の手は、お粥の器を持ったからか少し温かみがあった。


「母の……作ってくれたお粥、思い出して……ごめんなさい」


 ようやく布団から出した両手で顔を隠して涙を拭った。
 こんな時に思い出すなんて……。


「そっか。熱出したらお母さんがこうしてくれたの?」

「……はい」

「いいお母さんだな。今度、会わせて」


 翔吾さんのその言葉に、わたしの胸の奥で何かが疼いた。
 そしてそれは痛みを伴って、はじけた。



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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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