空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 186

第186話 兄への願い

未来視点




 病室を出たらお兄ちゃんが強くわたしの肩を抱き、小走りでナースステーション前を通り過ぎた。
 エレベーターを待たず、その横にある非常階段の扉を開けて押し出される。あまりにも性急な動きにただただついて行くしかなかった。


「おにい……?」

「なんでひとりでここに来た?」


 非常口の扉に身体を押しつけられ、背中に硬い感触がする。
 険しい顔で上半身を屈め、わたしの目線の高さに自分の視線を合わせた。


「亜矢に呼び出されたってなんて言われた?」

「おに……」

「俺に内緒って」


 悔しそうに歪むお兄ちゃんの顔。
 そう、内緒だったのに。なぜ――


「お兄ちゃんこそ、なんでここにいるの?」


 今度はお兄ちゃんが狼狽し、視線を彷徨わせている。
 

「悠聖くんに訊いたの? あの部屋のどこにいたの?」

「……洗面所の、奥」

「いつから?」

「未来があの部屋に入ってくる少し前……」


 言葉が出なかった。


「それより内緒って……なんだよ?」


 お兄ちゃんの顔がずいって近づいてくるけど、わたしは首を横に振った。
 内緒だから言えない。義父はわたし以外の誰にも知られたくないって言っている。


「なんなんだよ……」


 お兄ちゃんがもどかしそうに舌打ちした。
 それよりもっと聞きたいことがある。少し前に義父から聞かされたことが真実なら……。


「お兄ちゃん、あの写真……見たの?」

「え? なんの?」

「……義父さんが……悠聖くんにって渡した、写真」


 さぁっとお兄ちゃんの顔が青ざめた。
 それは絵の具を零したかのような感じで、人ってこんなに一瞬で顔色を変えられるんだってことを知った。よっぽど知られたくなかったんだと思う。


「本当に見たんだ……悠聖くんも?」

「……ああ」

「だからわたしの家に行ったの? それで義父さんに、刺されたの?」


 悲しそうな目でわたしを見ている。
 迷った仔犬みたい。眉間にくっきりとシワを寄せて、ぎゅっと瞼を閉じた。


「そうなの?」

「……そうだよ」

「なんでそんなことを……」

「未来の写真を全部取り返したかった。苦しめるもの全部排除してやりたかったから……だけど全部燃やしたから大丈夫。もう未来を縛るものはなにもない」


 苦笑いをするお兄ちゃん。
 わたしのために、そんな無茶をしていたんだね。


「ちょっと油断し……」


 わたしが抱きつくと、お兄ちゃんの声が止まった。
 ギュッとワイシャツの胸辺りを掴んで、顔をすり寄せると茶色とベージュの細いチェックのネクタイが視界に入る。それを見て義父の顔色を思い出した。

 ――先のない命。

 そのことを、義父の本当の息子は知らない。本当にそれでいいの?
 それを知らないで義父を亡くしたら、お兄ちゃんは後悔するかもしれない。
 だって、義父のこと好きだったんだもん。わたしと義父の関係を見ていなければ、ずっとお兄ちゃんの中ではいい父親であったはず。
 このまま永遠の別れではいけない。そんなことをしたら悔やんでも悔やみきれないはず。

 お兄ちゃんの手が優しくわたしの背中を抱きしめる。


「……お願いがあるの」


 見上げて言うと、「ん?」と小さな声をあげてわたしを見た。


「あの人に言ってほしいの。生んでくれてありがとうって」


 きょとんとしたお兄ちゃんがわたしの身体をゆっくり自分から離した。
 少し笑って眉を下げ、困ったような表情をする。


「それって母親に言う言葉じゃないの?」

「……そうだけど」

「面白いこと言うな」

「でも! 子供ってひとりじゃ作れないっ、てか……」


 うまい言葉が見つからない。
 本当のことを言ったら、義父の意思が守れない。


「お兄ちゃんが生まれてきたのって、あの人がいたからでしょう?」

「未来……」

「わたしは!」


 お兄ちゃんの腕をギュッと掴む。


「お兄ちゃんが生まれてきてくれてうれしいし、お兄ちゃんのご両親に感謝してるよ。あの人がいたから……お兄ちゃんに逢えた……だから――」


 思ったことを一生懸命訴えると、お兄ちゃんは真剣に耳を傾けてくれた。
 思いが伝わってくれることを祈るしかない。


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Date:2013/11/21
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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