第185話 深く、愛してる未来視点
「離せ! 何やってるんだ!」
「近寄るな! 柊!」
すごい剣幕でお兄ちゃんがズカズカと近寄ってきたのを大声で義父が止めた。
それと同時にわたしを抱く義父の腕の力が強まる。身体の骨が軋むんじゃないかと思うくらい苦しくて、余命わずかな義父の力とは思えず、ただただ恐怖に慄くばかりだった。
耳元で義父の荒い息遣いが絶え間なく聞こえてくる。全身が硬直し、我知らず震えていた。
「未来、ごめんな。驚いたろう」
左の耳元で、今度は小さい声で優しく囁かれる。
わたしの左耳に義父が唇を押し当てた。柔らかいけど少しだけかさついたような感触と小さく漏れる吐息がわたしの耳を犯してゆく。身をよじるけど逃れられない。
「やだ……ぁ」
「やめてくれ! 未来を離せ!」
いつの間に間を詰めていたのかわからないけど、わたしの身体を抱きしめる義父の手をお兄ちゃんが振りほどいてくれた。
そのまま両肩をお兄ちゃんに掴まれ引き寄せられたわたしは後ろからギュッと強い力で抱きしめられ、ふわり、とお兄ちゃんの香りを感じた。
「なんでひとりできたんだ……バカ」
右肩に重みを感じ、そっちを向くと頬がすり寄せられるほどの距離にお兄ちゃんの顔。
急に力が抜け、そのまま全体重を預けてしまっていた。
「なんでおまえはいつもオレの邪魔をするんだ……柊」
「未来は渡さないと何度言えば……っ」
義父の悲痛な声にお兄ちゃんも苦しそうな声で対抗しているように聞こえた。
――その時
「父さんより俺の方が未来を深く愛してる!!」
お兄ちゃんの心からの叫びを聞き、全神経が駆り立てられ、身体の血液が一気に中心に集まってゆくような感覚を一瞬にして味わった。
今までのことが一気にわたしの脳内を駆け巡る。
お兄ちゃんに逢った時からのこと……。
わたしを抱きしめるお兄ちゃんの腕をギュッと掴むと、その力が緩まる。
ゆっくりお兄ちゃんの方を向くと、悲しそうな目でわたしをじっと見つめていた。
腕を思いきり伸ばして縋るようにお兄ちゃんの首元に抱きつくと、少し上半身を屈めてわたしが抱きつきやすいようにしてくれた。
そんな優しさも。
「お兄ちゃん……愛してる」
耳元で囁くと、わたしが初めて口にしたその言葉にお兄ちゃんの身体がびくりと反応した。
すぐにわたしの身体が力いっぱい抱きしめられる。
それが思いの強さのような気がして、わたしも負けじと思い切りしがみつく。ふたりの隙間を埋めるかのように、もうなににも邪魔されたくないって思った。
もう二度と、離さないで――
「柊を……愛しているのか……」
震えた義父の声。
わたしがゆっくりお兄ちゃんから離れると、そっと身体を解放してくれた。
「義父さんがわたしを思う気持ちと同じかわからないけど、わたしはお兄ちゃんを……柊さんを愛してる」
振り返ると義父が泣いていた。
大粒の涙を流してわたしを哀しげな目で見ている。
「さいごの恋だったのに……息子に負けたのか」
「義父さ……」
「行け」
涙を流したまま、また射るような鋭い目になってわたし達に言い放った。
お兄ちゃんがわたしの肩を強く抱いて引く。だけどわたしは義父から目が逸らせなくなっていた。
さいごの恋。
これが本当に最期のような気がして――
「お……とう、さん……」
涙で義父の顔が白っぽく歪む。
背を押されて促されるまま出口の方向へ向かう。
しっかりお兄ちゃんに両肩を支えられ、義父のベッドが見えなくなるその寸前。
「――――未来!!」
義父の劈くような叫び声がした。
振り返って義父をもう一度だけ見る。
「……オレの……未来」
そう言った義父の顔はとっても穏やかなものだった。
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