空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 183

第183話 義父との対面

未来視点




 九〇六号室、お兄ちゃんが入院していた病室のネームプレートを見ると義父の名前が入っていた。
 お金がないのに個室に入れるのは病状がよくないからだそうだ。病院の都合で個室対応になっているらしい。それを聞いてさらに心臓がドキドキしてゆく。


「一緒にいようか?」


 高崎さんがわたしを見て心配そうな顔をした。
 わたしは高崎さんの目を見ないで病室の扉に視線を落とした。


「いえ……ひとりで」


 大きい音を立てて扉をノックしたけど中からの返事はなかった。
 何気なく廊下の時計に視線を移すと十五時半をさしている。母との約束を思い出して、それまでにはここを出ようと決めていた。

 ゆっくり扉を開けて病室に入り、扉の向こうに立っている高崎さんに頭を下げて静かに扉を閉めた。
 なるべく足音を立てないようにゆっくりと病室の中を進む。ベッドに横たわった義父の姿を見て思わず息を呑んだ。生気を感じられず、喉元が苦しくなってゆく。
 左腕に点滴が入っているみたいで、布団の端から管が伸びている。点滴に遮光のビニール袋が被せられていた。

 足元の方から義父を覗き込むように見ると、顔全体が黄色というか、土気色っぽい。これは黄疸と言うんだって高崎さんが言っていた。閉じた瞼も落ち窪んでいるように見える。
 そういえば、車の中で義父の顔を見た時黄色っぽいと感じていた。あの時は少し不思議に思ったけど、理由を知ると病状がありありと表れていたことを今更ながらに知った。

 この人があと一ヶ月で死ぬの? 余命一ヶ月って、本当なの?
 若いから進行が早いと言われた。今、この姿を見たら信じざるを得ない。長く見ていたくなくて窓側の方においてあるソファに近づいてそこに鞄を置いた時。


「……未来?」


 掠れた小さな声で名前を呼ばれ、わたしは全身で驚いてしまった。
 ゆっくり振り返ると義父の鋭い目がわたしを射るように見つめていた。


「未来、逢いたかった」


 義父の顔が急に緩んで優しい表情に変化する。
 その表情は小さい頃にわたしをかわいがってくれていた時のもの。最近では見ることもなかった。


「もう少し……こっちに来てくれ」


 小さい、囁くような義父の声。
 わたしは怖くて身動きできなかった。だけどこのままでいられるわけもない。
 ゆっくり、少しだけ義父のベッドへ近づき、左の足元辺りで立ち止まる。だけど「もう少し」と手を伸ばされ、足が震え出した。これ以上は怖くて動けない。


「ここに座って」


 義父の点滴棒の近くのパイプ椅子を指差して座るよう目で訴える。
 そこに座ってしまったら義父にすごく近くなる。手を伸ばせば触れられる位置だ。
 だけど、病気で気が弱くなっているのか、わたしに哀願するような悲しそうな表情をしている。右膝が折れていて、打撲もある。躊躇いながら義父の顔を見ると、力なくうなずかれた。
 わたしも小さくうなずき返し、意を決してそのパイプ椅子に座った。


「……よく来てくれた」


 義父の左手がすっと伸びて来て、膝上に置いたわたしの右手を握った。
 背筋がぞくっとし、振り払おうと思ったけど左腕の点滴のテープが見えてできなかった。痛々しくて胸の奥が苦しくなる。


「未来……好きな男いるのか?」

「……え?」


 わたしの手を握る義父の手の力が強まる。


「あの眼鏡の、同じ高校の男子か? 賢そうな男だった」

「!?」


 あまりにビックリして声が出なかった。
 なんで義父が悠聖くんのことを知っているのだろうかと、疑問に思った時ふと思い出した。

 お兄ちゃんが義父に刺された夜のこと。

 義父の持ったナイフで自分の胸を貫こうとした時、悠聖くんが止めに入った。あの時、義父と悠聖くんは会っている。


「図書館の前で未来の瞼にキスしてたのを見た」

「――っ!?」


 義父が口にしたのはあの夜のことじゃない。
 図書館前で悠聖くんがわたしの瞼にキスしたのは、お兄ちゃんが入院する前だ。あの時見られていたなんて全く気づかなかった。


「あの男は柊と関係があるのか?」


 冷ややかな義父の目がわたしを捕らえて離さない。
 躊躇いながら義父の目を見て、恐る恐る尋ねた。


「ど……して?」

「あの男におまえの写真を渡した。その日に柊がオレのところに来たから」


 写真?
 頭の中がごちゃごちゃする。自分の中で時系列で整理してみた。

 バイト前、図書館の門の内側の木の下で悠聖くんに瞼にキスされた日があった。
 あの日はお兄ちゃんが急に迎えに来られないって連絡してきて、悠聖くんが図書館まで来てくれた。
 バイトが終わった後、門の前で麻美が待っていてお兄ちゃんとの関係を聞かれた。お兄ちゃんがわたしを呼び捨てにして電話してたって麻美に問い詰められて……その電話の相手が悠聖くんだった。

 でも、なんで電話でわたしの名前が出たのか、悠聖くんに詳しく理由を訊かなかった。
 あの日、麻美の要望で眼鏡を外そうとした悠聖くんに納得がいかなかったからだ。わたしがひと言も話さなかったから訊くきっかけがなかった。
 そして気まずいまま帰って来て……マンションの玄関で病院から電話が来た。
 お兄ちゃんが手術してるって。わたしの名前を呼んでるって。

 あの日のこと。

 義父が初めて悠聖くんを見たのは、お兄ちゃんが刺された日の昼間のことだ。
 わたしと義父が揉みあいになってる時が初見じゃない。


「写真って、何?」


 少しずつ鎖が解けたようにわかりはじめ、一番疑問に思っていたことを尋ねると義父は目を細めて笑った。


「オレと未来が愛し合ったあの日の証拠写真」

「――――っ!!」


 義父の手にさらに力が込められた。


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Date:2013/11/20
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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