空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 182

第182話 誰にも言えない秘密

未来視点




 十五時丁度に湊総合病院に着くと、高崎さんがナースステーションの前に待機していた。


「さっき未来ちゃんのお母さんにもメールで連絡できたの」


 いきなり高崎さんにそう言われてビックリした。
 母は義父がここに入院していることを知っているんだ。お兄ちゃんが教えたのだろうか。


「でも今日ここに未来ちゃんが来ていることや、小林さんが未来ちゃんを呼んでいることは伝えていないから」


 気まずそうに高崎さんが言った。それでいいというかその方が助かる。ここへ来たことは母には知られたくない。無駄な心配をかけたくないから。


 ナースステーションの隣にある『カンファレンスルーム』と書かれた会議室のような部屋に誘導された。
 中には長いテーブルがひとつあって、椅子が向かい合わせに四つ置いてあり、高崎さんと向かい合わせに座る。高崎さんの後ろにはホワイトボードが置いてあった。
 たぶん普段は医師が患者さんやその家族に病状を説明する場所なんだろう。レントゲンを光で照らして見る器具もある。
 どうにも落ち着かず、周りをキョロキョロ見ていると目の前にアイスティの缶が置かれた。


「急に呼び出してごめんね。柊さんには言ってないよね?」

「はい、言ってません。ありがとうございます」

 
 高崎さんは自分の前の缶コーヒーのプルタブを開けて少しだけ飲んだ。
 目の前にカルテらしきものが置いてあって、それには義父の名前が書かれてある。それをわたしがじっと見ていると、高崎さんが気づいたようで少し自分の方へ引き寄せた。


「私、小林さんの担当看護師なの」


 困惑顔の高崎さん。大変なんだろうなと思って頭を下げた。


「担当だから小林さんの今の思いとか希望を聞いて、なるべくニーズに応えるのが私の仕事なのね」

「……はい」

「だから未来ちゃんを呼んだの」


 わたしの顔を高崎さんが覗き込む。
 少しだけ顔を逸らしてしまった。


「でも、小林さんに会わせるために未来ちゃんを呼んだわけじゃないのよ」

「……え?」


 じゃあ、どうして。
 わたしの喉の辺りでその言葉が止まっている。


「小林さんが未来ちゃんの義理の父親で柊さんの実の父で、未来ちゃんに特別な感情を持っていることは知ってる」

「ええっ!?」


 わたしの声が部屋に響いた。
 義父の特別な感情って……きっと恋愛感情のことだろう。多分間違いじゃない。 

 しかも高崎さんは義父がお兄ちゃんの実の父だってことも知っている。それ以上のことをどこまで知られているのかさっぱりわからない。
 わたしは高崎さんの出方を待つことにした。


「今日、未来ちゃんに伝えたいことは、今の小林さんの病状」


 そう言って「少し待ってね」と席を立った高崎さんが、ナースステーションと繋がっている扉から誰かを呼んでいる。そこから入ってきたのは白衣姿の若い男の人で、先生のように見えた。
 ぺこりと頭を下げられ、わたしも立ち上がって頭を下げた。


「この人。一応小林さんの主治医。未来ちゃん、そんなにかしこまらなくていいからね」

「一応って……ひでぇ扱い。どうも、一応主治医の岸谷と言います」

「ごめんね。看護師から病状の説明はできないから、申し訳ないけど我慢してね」

「……邪魔者扱いとか、勘弁してください。お願いします」


 苦笑いで名乗る岸谷先生と高崎さんはとっても仲がよさそうに見えた。
 医師と看護師の間ってもっと相容れない空気みたいなものが漂うのかと思っていたけど、そうでもなさそうだ。現に岸谷先生が入って来てくれたことで、かなり場の空気が明るいものに変化している。


「早速だけど、小林さんの病状を説明するね。入院してきたのは交通事故による頭部外傷、右膝の骨折と打撲でどれも時間が経てば治るもの」


 急に神妙な顔つきになった岸谷先生。そして高崎さんがわたしの前に一枚の紙を差し出した。
 それには『入院治療計画書(病院控)』と書かれている。


「ここを見て」


 高崎さんが持っていたボールペンでさした先には『病名(この他に考えられる病名)』と書かれている。言われた通りにその欄を見た。


 【頭部外傷、右膝関節骨折、打撲、肝細胞癌】


 漢字の羅列で一瞬よくわからなかった。
 でも最初の三つは、岸谷先生が言ったとおりだということがわかる。だけど、最後――


「肝、細胞……癌?」


 その病名がふいに口から零れ落ちた。
 高崎さんを見ると鋭い眼差しをわたしにむけて、大きくうなずく。
 胸の辺りがさっと冷えていく感じがした。


「え? 癌って、ことですよね? 義父ちちは死ぬっていうことですか?」


 改めてわたしが訊くと、高崎さんと岸谷先生がほぼ同時にうなずいた。
 義父が死ぬ。嘘でしょう。だって、一昨日前に見た義父は、わたしを強引に車に引きずり込んで……あんな力のある義父が死ぬなんて考えられなかった。
 だけど、目の前のふたりが嘘を言っているようには見えない。
 どくん、どくんと胸の鼓動が早まるのを感じていた。頭の中に霧が立ち込めたようになり、なんだか思考が定まらない。こんな感覚初めてだった。
 

「……義父は、あと……どのくらい?」


 ようやく出たのはそんな言葉で。机の上に置いていたわたしの手が震えてるのがわかった。
 恐る恐る聞いた問いに、岸谷先生がひと言だけ小さな声で返してくれた。


「……長くて、一ヶ月」


 それを訊いてわたしの身体は冷水を頭からかけられたかのように冷たくなった。


「未来ちゃん」


 高崎さんの暖かい手がわたしの手を握ってくれている。
 その温みを感じて、わたしは我に返ることができた。


「驚いたわよね、大丈夫?」

「……いえ……あ、はい」


 高崎さんからもらったアイスティの缶を開けようとするけど、手が震えて爪が上手くプルタブに引っかからない。喉がカラカラする。それを見ていた高崎さんがわたしの手から缶を取って開けてくれた。
 開いた缶を手に持つけど、手が震えて口になかなか上手く持っていけない。
 やっとの思いで口元まで運んでアイスティを飲むことができた。でも味なんかわからない。開けてもらったお礼を言ったかどうかも思い出せずにいた。


「未来ちゃん、このことは柊さんには黙っていて」

「……え?」

「小林さんの病気のこと。つまり癌のことね」

「えっ? どうして」

「小林さんの希望なの。息子には言わないでくれって」


 わたしは目を見開いて高崎さんを見た。
 高崎さんはもっと困った顔をして口を開く。


「あとね、未来ちゃんのお母さんにも言わないでほしいって」

「そん、な――」

 
 あまりにも驚いて、二の句が継げずにいた。
 母にも、実の息子であるお兄ちゃんにも内緒ってことは、わたしだけってこと。


「十五歳の女の子ひとりで抱えさせるのは厳しいし難しいと思うって説得したんだけど、断固拒否で……」


 誰にも言えない秘密。
 どうしよう、そんな大切なことをわたしひとりで抱えていいのだろうか。
 義父は自分の病状を知っていて、それでも母にも実の息子にも内緒にしてほしいと願った。

 余命幾許もない義父の望み。わたしだけに託された、最後の願い。
 

「……わかりました」

「ごめんね、未来ちゃん。そういう理由であなたひとりだけ呼んだの」


 アイスティが置いてあった場所に円状の水滴ができている。それをじっと眺めていた。
 だから、高崎さんは電話をしたことももお兄ちゃんに内緒って言ったんだ。


「義父に、会わせてください」


 わたしはほとんど無意識に、そう願い出ていた。

 
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Date:2013/11/19
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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2013/11/21 【