第179話 内緒の話未来視点
それから結構時間が経ったと思う。
眠れもせず、ぼんやりとしていたらお兄ちゃんが寝室に入ってきた。
「未来、お母さん帰るって」
慌ててベッドから起き上がると、お兄ちゃんが驚いた表情でわたしを見た。
そんなに驚かれると思っていなかったからがわたしもびっくりしてしまった。
「わたしも帰る」
ゆっくりベッドから降りようとすると、目の前でお兄ちゃんがわたしの両肩を掴み阻止した。
「未来はここにいなさい。引っ越しが決まるまでここで預かる約束になっている。体調も悪いんだから」
「もう大丈夫。お母さんと一緒なら」
「ここにいてくれ、心配なんだ……頼む」
悲しそうな目つきでわたしを見た後、お兄ちゃんが頭を下げる。
まさか引き止められるとは思わず、それ以上言葉が出なこなかった。
「ごめん。自分勝手なことを言ってるってわかってる、けど」
自分の肩を見ると、お兄ちゃんの手が震えている。
頭を下げたまま動こうとしないお兄ちゃんを見ているのが辛かった。
「わかった。ここにいる」
「……ありがとう、未来」
目を伏せて言ったからお兄ちゃんがどんな顔をしていたかはわからない。
でもうれしそうな声は、嘘じゃないと思う。
一緒にいるほうが辛いんじゃないの、そう思ったけど言葉にできなかった。
わたしも、本当はお兄ちゃんと一緒にいたかったから。
玄関に見送りに行くと、母がわたしの頭を何度も撫でる。
みんなの前でそうされて少し恥ずかしかったけど、暖かく懐かしい温もりに胸の辺りがジンワリきた。
「明日新しいマンションを見に行こうね。十七時には仕事終わるようにするから、未来もバイト休んで」
わかった、とうなずくとギュッとわたしを抱きしめてから、名残惜しそうに帰って行った。
**
お兄ちゃんが車で母と修哉さんを送りに行っている間に素早くシャワーを浴びてまた寝室に戻った。
ちゃんと寝てないとあとで怒られてしまうから。
髪を乾かして就寝の準備をしていた時、お兄ちゃんの寝室のドアがノックされた。
返事をすると、悠聖くんが自分の携帯電話を持って申し訳なさそうに入って来る。お兄ちゃんが帰って来るにはもう少し時間がかかるだろう。すでに時は二十二時半を過ぎていた。
「ちょっといい? 亜矢さんが未来に替わってほしいって」
「電話? 亜矢さんって、看護師の?」
「そそ、高崎さん」
携帯電話を受け取り、不思議に思った。
なんでいきなり高崎さんが。しかも悠聖くんの電話にかけてくるなんて。しかもこんな時間。
何がなんだかさっぱりわからず、悠聖くんの顔をちらっと見ると真剣な顔をしてこっちを見てうなずいている。
「……はい」
『未来ちゃん? 湊総合病院の看護師の高崎です! なんてね。こんばんは。急にごめんね。伝えておきたいことがあって。たぶん柊さんから聞いてないと思うけど、未来ちゃんの義理のお父さん、今うちの病院に入院してるの』
入院? 義父が? しかも高崎さんの病院に?
お兄ちゃんは病院で義父に会ったとは教えてくれたけど、たいしたことないって言っていた。入院しているとは聞いてなかったから、思わず小さな声をあげてしまっていた。
『未来ちゃんを呼んでほしいってずっと言ってる』
困ったようなため息が聞こえ、高崎さんの声のトーンが落ちたような気がした。
きっと義父のワガママに振り回されているんだろうと思ったら申し訳ない気持ちになる。
「……すみません」
『あ、それはいいんだけど、今から私が話すことは柊さんには内緒にしておいてほしいの。私から電話が来たことも含めてね』
お兄ちゃんに内緒。しかも高崎さんから電話が来たことすらも。
胸の辺りがザワザワする。そんなに重要なことなのだろうか。
なんとなく腑に落ちないけどしょうがなく了解し、すぐに用件を聞かされた。
『詳しい話をしたいから、明日の十五時頃、病院の方に来てくれないかしら?』
「明日、十五時に病院ですか?」
『あ、バイトかしら?』
「いえ、明日は休む予定になってました。十七時から用があるので」
『じゃお願い。待ってるから』
高崎さんから直接呼出し。しかも話したいことがあるって。
それをお兄ちゃんに知られてはいけない。なんだか意味深な話のようだ。しかもわざわざ病院にまで呼び出されるなんて。
「未来?」
悠聖くんの声でハッと我に返る。
そっか、これ悠聖くんの電話だった。
「あ、電話ありがとう。あと高崎さんからわたしに電話があったこと、お兄ちゃんには内緒にしておいて」
携帯電話を返して悠聖くんに言うと怪訝な顔で見られた。
高崎さんとの約束があるから、この電話のことを口止めしておくしかない。
「……なんで?」
「ちょっと理由があって……お願い」
悠聖くんが首を傾げ、納得できなそうな表情をしてからしぶしぶうなずいた。
わたしだってお兄ちゃんにも悠聖くんにも隠し事なんかしたくない。ごめんなさいと心の中で謝るしかできなかった。
明日十五時に高崎さんの病院。
話を聞きに行くだけだけど、義父のいる場所の近くに行くのは少しだけ怖いし、不安だ。しかも入院しているなんて聞いたら余計に。
長いこと一緒に生活していたけど、病院に縁遠い人だと思っていた。それはわたしも母も一緒で、行ったとしても歯医者や小さな個人病院で風邪を治してもらうくらいだ。
まだ何を言われたわけでもないのに、なんとなく落ち着かなかった。
その後、少し眠っていたようだ。
気がついたら一時過ぎで、自分の机で突っ伏してお兄ちゃんが眠っていた。なんで机で眠ってるんだろうか。ベッドから降りてお兄ちゃんの肩を揺する。
「お兄ちゃん起きて。ベッドで寝たら?」
「……ん……うん」
机で上半身をもそもそ動かしてる。身体が大きいから辛そうだ。
わたしが何回か揺さぶるとようやく重い腰を上げ、目をこすりながらベッドへなだれ込むように寝そべった。
「もう。ちゃんと布団かけないと……」
足元にある薄い毛布をお兄ちゃんにかけた時、いきなりわたしの手首が掴まれた。
ビックリしてお兄ちゃんを見ると、わたしをとろんとした目で見ている。
「となりおいで」
「え? なに?」
「今日はここで寝なさい。和室に布団敷くのめんどくさいから」
「……でも」
「何もしないよ……」
眠そうな目で小さくお兄ちゃんが笑った。何かされるなんて思っていないのに。
足元の方からベッドの壁側に入った途端、お兄ちゃんが寝返りを打ってこっちを向いた。
「おやすみ、未来」
そのままお兄ちゃんは瞳を閉じてすぐに小さい寝息を立てた。
よっぽど疲れていたんだ。ゆうべ全く眠っていないし、当たり前だよね。
ゆっくり休んでね、お兄ちゃん。
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