空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第2夜

 

 四月のこと。

 雨宮翔吾が営業部長に紹介され、挨拶をすると女性社員がはあっと嘆声をあげた。
 顔よし、ルックスよし、声よしのこの人が注目を浴びないわけがなかった。
 しかもエリートK大卒。
 
 きれいに着飾った先輩や同期は競うようにトイレでメイクを直し、少しでもこの人の目に留まろうと躍起になっている。
 トイレでの話題はほぼ雨宮翔吾のこと。

  彼女いるのかな?
  あれだけのイケメンならいるでしょ?
  でももしかしたら……。

 そんなふうに騒ぎながら洗面台の前で化粧を塗り直す先輩達。

 でも、わたしには関係のないこと。

 地味なわたしがあんな人に憧れるなんて、ありえない。
 まわりだってみんなそう思っているはず。


 挨拶した時のあの声は好きだった。
 見た目もかっこよくて、まるで小説の主人公みたいだと思った。

 ただ、それだけ。




 わたしが初めて雨宮翔吾に声をかけられたのは、この人が営業部に配属されてしばらく経った時のことだった。


「風間さんでしたよね? あの、これお願いしてもいいでしょうか?」

 
 十五時の会議で必要な資料のコピー百部。
 なぜわたしに頼むのかわからなかったけど、引き受けた。

 その後、他の女性社員に白い目で見られるようになってしまった。

 なぜ風間さんが頼まれるの? と、言わんばかりの目。
 たまたまなのか、この人の席はわたしの右隣だった。
 それだけの理由だと思うのに、そんな目で見られても困る。

 だけど仕事だから引き受けないわけにはいかない。

 それからもこの人はわたしに仕事を頼み続け、わたしはだんだんみんなに距離を置かれるようになっていった。
 同期の友達もみんな先輩と一緒に昼食をとるようになり、自然にわたしはひとりになった。


 それを知ってか知らずかこの人はわたしに仕事を頼み続ける。
 その日は珍しく部長に頼まれた書類作成が終わらず、昼休みが終わる前から少し早めに仕事をしていた。

 
「風間さん、これお願いしてもいい?」

「ねえ、雨宮くん。風間さんは今、部長から頼まれた仕事で手一杯だからこっちでやるわよ」

 
 営業部の中でも一、二番を競う美人の高畑桃子たかはたももこ先輩がこの人の前のデスクから声をかけた。
 もちろんわたしに気を遣ってくれたわけじゃない。そんなのは百も承知だ。
 でも確かに高畑さんの言う通りだったから助かった。

 ちらっと雨宮翔吾がわたしに視線を向ける。


「ああ、じゃあいいっす。自分で……」



 ――――はあっ?

 自分でできるなら最初からやってよ! (心の叫び)


「え? 遠慮しなくてもいいのよ」

「いえ、先輩に頼むのは悪いですから」


 ……先輩?
 わたしも一応先輩なのですが?


 高畑さんは少し残念そうな表情で、そう? と引き下がった。
 わたしは先輩扱いじゃないのか……だから悪いとも思わないし、気兼ねなく頼んでくるって訳。


 ただのパシリじゃん。


 それが決定打になったのは、年末の忘年会のことだった。





 雨宮翔吾は女性社員に囲まれながらも、上司や先輩にお酌をしてまわっていた。
 一応先輩一通りはお酌をしようと躍起になっているようだった。


「風間さん、どうぞ」


 ビール瓶を持ってわたしにまでお酌しようとしたのには正直驚いたけど。
 その時のわたしは、一番出口に近い席でひとりで烏龍茶を飲みながら枝豆をつまんでいた。
 ひとりは慣れっこだったし、一次会でさっさと帰る気でいたから別に気にならなかった。


「いえ、結構です」

「そう言わず」

「わたし飲めないんです」

「ああ、そうなんだ」


 少しバカにしたような笑みを浮かべて去って行く雨宮翔吾の背中を恨めしい気持ちで見送る。
 情けないような悔しいようなそんな思いが胸の中を渦巻いた。



 そろそろ一次会も終わりそうな時、わたしはトイレに立った。
 トイレに向かう道の途中に喫煙スペースがあり、そこから声が聞こえてくる。


「なあ。雨宮はなんで風間を構ってるの?」


 急にわたしの名前が聞こえてきて、思わず足を止めてしまった。
 喫煙スペースから見えないよう少し身を引いてしまう。


「構ってなんてないですよ?」

「そうか? やたら風間に仕事頼むじゃん」

「風間さんって利用しやすくないですか? 大人しそうで何頼んでも断らなそうだし」


 ――――利用。
  
 わかっていたことだけど、はっきり言われるとショックだった。


「なんだ、そんな理由かよ。好きなのか? ってちょっと思っちまったじゃねえかよ」

「なに言ってんすか? 髪ボサボサじゃないですか?」

「ああ、本当だ! あはは」


 大きな笑い声が喫煙スペースに響く。
 わたしの好きなバリトンボイスは、無残に胸を貫いてその穴を深くえぐった。


 わかっていたのに……それなのに傷つくなんておかしい。

 
 いつも仕事の時はバレッタで後ろに一つにまとめていた髪、今日は下ろしていた。
 そのうねる毛先を見ながら、わたしは唇を噛みしめた。


 束ねても下ろしてもまとまらないわたしの髪。
 うねるクセ毛は生まれつきのもの。


 だってしょうがないじゃない!


 わたしは肩甲骨を覆うくらいまで伸ばしていた髪をばっさり肩上のラインで切りそろえた。



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Date:2012/11/23
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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