空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 170

第170話 支配される心

柊視点




 病院の談話室でぼんやりしていたら携帯が震えた。
 見るとメールが二件来ていた。病室内はもしかしたら電波が悪かったのかもしれない。一件は悠聖からで、今来たものだ。


  『少し前に起きたよ。身体大丈夫なの? 未来はまだ寝てる。あとでまた連絡して』


 その前のメールは十一時少し過ぎに受信していた。
 病室のソファで寝てて気づかなかったんだ。未来の母親からのメールだった。


  『お知らせありがとうございました。今日の夜、時間を空けておきます。
   必ず二十時までにお会いできるようにします。場所の指定があればよろしくお願いします』


 家に来てもらうことにして、実父の入院のことを伝えるか迷う。
 知らせない方がいいのかもしれないが、未来の母親は知りたいかもしれない。何もメールで伝えなくても今日の夜に言えばいいだろう。今更急ぐ必要もない。


 それよりも、あいつが未来に惚れていることは、話した方がいいのだろうか。
 確かもう四十五歳は越えているはず。そんな男がたった十五歳の少女に惚れる。
 修哉が金子に『年は関係ない』って言っていたことを思い出す。確かにその通りだと思うが、時と場合、そして状況にもよるだろう。
 ちゃんと実父に確認をした方がいいとは思うが、本心を確認した後の俺が冷静でいられるかわからない。

 それにあいつはずっと未来を苦しめてきたんだ。
 好きな女を苦しめるなんて、同情の余地なんかないはず。だけど――

 ちくり、と胸の奥を針で刺されたような痛みを感じる。

 小さい頃の自分の記憶、そんなものがさっきからタンスに貼り付けてはがれなくなったシールのようにこびりついて消えてくれない。


 未来の母親にメールをし、必要書類を持って病院を出た。
 そういえば、実父がなんで入院したのか亜矢に聞かなかった。頭に包帯を巻いていたから車で事故でも起こしたのだろうか。
 それにしても金もないくせに個室にはいるなんて。誰が入院費を払うと思っているのだろうか。俺しかいないじゃないか。



**



 タクシーで家に帰ると十五時を過ぎていた。
 悠聖と未来は長ソファにふたり並んで座ってテレビを観ている。こうやって見るとやっぱりお似合いのふたりだと思った。ふたりとも心配そうな顔で俺を見つめている。


「おかえり。どこ行ってたの?」
 
「うん……ちょっとな」


 未来をまともに見れず、そのまま逃げるようにキッチンへ向かう。
 コーヒーでも淹れて飲もうかと思ったけど、眠れなくなるからやめておくことにした。
 冷蔵庫から五百ミリリットルのミネラルウォーターのペットボトルを出して口をつけた時、人の気配を感じてキッチンの入口を見ると未来が立っていた。ペットボトルから口を離し、手で口元を拭う。


「どうした?」

「コーヒー淹れようか?」

「いや、いいよ。少し寝るから」


 たぶん今の俺の顔は強張っていると思う。
 本当は笑いかけてやりたかったのに、その方が未来も安心すると思うから。でも、できなかった。

 実父の惚れた女、そう考えるだけで微かな苛立ちに似た思いが自分の中で渦を巻くようだった。
 なんでこんな思いになるのかわからない。未来に対してこんな思いを抱きたくなんかない。俺にとってかけがえのない大事な人間なのに。


「そっか、疲れてるよね。ごめん」


 未来が俯いて苦笑いをすると、そのままキッチンから消えてゆく。
 引きとめようとしたけど、喉元で声が詰まって言葉が出なかった。胸がツキンと痛む。
 ペットボトルを持ったまま、未来を追うようにキッチンを出ると長ソファの悠聖の隣に未来がちょこんと座っていた。


「悠聖くん、ゲームやろうよ」

「未来は弱いからなあ」

「少し手を抜いてくれればいいじゃない」

「それじゃ勝負にならないだろう」


 ふたりで笑いながらゲームを楽しそうに選び、未来は俺に背を向けて悠聖だけを見ていた。
 やっぱり俺なんかより悠聖との方が合っている気がしてならない。疲れているからなのかもしれないが、心が真っ黒な闇に支配され、飲み込まれそうだった。
 悠聖が俺に気がついてこっちを見る。


「兄貴、何か食べたの?」

「いや、少し寝るから。十九時までに起きてこなかったら起こして」

「うん、わかった」


 未来もこっちを見ていた。
 だけど俺は未来と目を合わすことができなかった。

 未来に言っておくことを思い出して声をかけようと思ったけど、なんとなく気まずくて足早にリビングを出てしまった。
 何をやっているんだろうか、俺は。






 寝室のベッドに横になって目を閉じ、やらなければならないことを考えていた。
 亜矢に実父の状態を聞いておかないといけない。未来の母親に言うにしても入院の理由も伝えたい。ゆっくり休みたいのに考えるといろいろやることが浮かんでくる。
 
 実父から奪還した未来の古い携帯を机の引き出しに仕舞い込む。
 この携帯は実父が持っていることになっている。今日実父に会ったことも含めてしばらくは隠しておこうと思った。
 あと、未来に言っておかなければならないこと。


  『新しい電話番号とメールアドレスを知り合いに伝えておきなさい。
   さっきお母さんから心配メールがこっちに来たので教えておきました。
   今日の夜、お母さんがここに来ることになっています。そのつもりでいてください』


 同じ家にいるのにメールで伝えるなんて変だと思われるかもしれない。
 でも今は未来と顔を合わせたくなかった。俺の中でひとつの感情が生まれてしまったから。


 ――実父を狂わせたのは、未来なのかもしれない。


 そんな思いがさっきからずっと頭をかすめている。
 もちろん未来が悪いんじゃない。そんなことは痛いほどわかっているし思っていもいない。でも。
 ふたりが出逢っていなければ……いやでもそう思ってしまう。未来だってそう思っているだろう。酷い目に遭ったのは間違いなく未来のほうだ。

 だけど、もし逢っていなければただ純粋に絵を描くことが好きだった実父でいてくれたんじゃないか。

 そんな思いが頭をかけめぐり、心を支配されておかしくなりそうだった。
 疲れているから頭が混乱しているだけ、そうであってほしい。お願いだからこんな思いは早く消え去ってくれと祈ることしかできなかった。

 そしてそのまま眠りの闇に吸い込まれていった。


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Date:2013/11/13
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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