空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第2章 第24夜

 
 どうやって家に帰ってきたんだか全然覚えていない。
 ただ気がついたら自分の家のベッドの中で丸くなって震えていた。

 コートのポケットの中で何度も携帯が震えていたのには気づいていた。
 それを手にしようともせずそのまま放置して家に着くなりコートを脱ぎながらベッドに直進し、その辺に投げ捨ててあるはず。

 そこでも携帯の振動が聞こえるから、両手で耳を塞ぐ。

 しっかり塞いでも聞こえてくるバイブレーター音。
 しつこいくらい鳴り響くそれが今ほど煩わしいと思ったことはなかった。
 

 規則的に鳴り響く携帯を壊したい衝動に駆られたが、そこまでできない自分。
 だって買ったばかりだもん。意外と冷静な判断をしている自分に驚いた、というより呆れた。

 ベッドからのっそり起き上がって電気もつけていない真っ暗な部屋を見渡す。

 今朝と何もかわらない、ううん、今までと何もかわりはしない。


 コートのポケットから携帯を取り出す。

 震え続ける携帯の画面には“着信:雨宮翔吾”と表示されていた。
 その名前を見て、わたしは力なく微笑んだ。そして電源をそっと落とす。

 ただの金属のカタマリと化した携帯をベッドに置いて、そのまま再び横になった。


 今は、寝よう。
 とにかく、ただぐっすり寝てしまおう。何もかも忘れて。


 たいしたことじゃない。こんなこと、よくあることだ。
 ただ夢を見ていただけ。そうよ。だって夢なら醒めないでって祈ったじゃない。
 
 夢だったから、醒めただけ。たいしたことじゃないの。


 ただ、一回寝ただけ。それだけのこと。たいしたことじゃない。
 

 だけどなんで涙が止まらないんだろう?
 なんでこんなに胸が痛むの? 苦しいの? わからないよ……。








 起きたら身体の節々が痛くて寒気がした。

 窓の外はまだ真っ暗で、電気をつけて時計を見ると三時を少し過ぎたところだった。
 布団をまともにかけてなかったようだ。喉の奥のほうが痛い。

 帰ってきてからお風呂に入っていないことに気づいて、さっと済ませると寒気はもっと酷くなった。

 滅多に使わない体温計を使用すると三十八度二分の表示。

 熱……ひさしぶりに出したな。
 手で額を触ってみるけどその手自体が熱くてもうなんだかよくわからない。
 寒気のあるうちは冷やさない方がいいって聞いたことがある。布団に入って丸くなった。
 その時、枕元においてあった携帯がわたしの重みで少し弾むように動いた。


 そのまま、また少し微唾む。


 何度か目覚め、水分を摂りながら寝るを繰り返すと朝が来た。
 少しだけ汗をかいていたので素早く着替えを済ませ、再びベッドにもぐる。

 時計を見ると八時を少し過ぎていた。


 会社に休みの電話をしようと携帯の電源を入れてみて驚いた。


 不在着信が三十八件、留守番電話が五件も入ってる。
 そして未読メール二十三件、すべてあの人からのものだった。
 それを読まずにすべて削除する。不在着信も留守番電話も全て聞かずに消去した。

 ベッドに寝そべったまま会社に電話をかける。


『――はい、日東出版販売……』


 あの人の声だった。
 すぐにわかる、大好きなバリトン。
 思わず息を飲み、上げそうになった声すらも飲み込んだ。


『もしもし?』

「……」

 
 どうしよう……話したくない。通話を切ってしまおう。
 そう思った刹那――


『……雪乃?』


 躊躇うようなあの人の低い声が、した。
 慌てて通話を切る。そして、電源を落とした。
 だめだ、会社に電話をかけられない……しょうがない。


 もう一度携帯の電源を入れて、同期の咲子に電話をする。
 熱があることを伝え、上司に伝えてほしいとお願いした。
 なぜ直接会社に電話をしないのか問われたけど、気分が優れなくてまともに話ができそうにないと頼み込むとしぶしぶ了承してくれた。

 咲子との通話の最中もキャッチホンが入っていた。きっと、あの人だろう。

 通話を終え、すぐに電源を落とす。
 すぐに電話はただの機械のカタマリに変化した。


 その後も何度か目が覚め、トイレに行ったり水分を摂ったりを繰り返す。
 お腹は減らなくて何も食べる気がしなかった。

 身体が熱くなってきたので軽く身体を拭いて熱を測る。

 ――三十八度八分

 下がるどころか上昇している。
 何度か汗をかいているはずなのに、身体が熱いのは熱が上がってきているせいなのか。
 寒くはないから頭を冷やそうと思ったけど、やめて薬箱から風邪薬を探した。
 だけどその中に風邪薬はなかった。前回飲み切って補充しておくのを忘れたようだ。

 ついてない、でも寝てれば治るはず。

 もう一度布団をかぶってそのまま目を閉じた。



**




 玄関の扉をノックされる音で目が覚めた。
 すでにカーテンの向こうは暗くなっていて、時計を見ると十八時を過ぎている。
 どれだけ寝たのかもわからない。ただ身体はまだ熱かった。


 居留守を使おうと思ったけど、意外にしつこいノックにしょうがなく気だるい身体をベッドから起こしてよろよろ玄関へ向かう。

 頭もボサボサだし顔もひどいだろう。
 昨日泣いて瞼も腫れているはず、でもしょうがない。

 玄関の扉の覗き窓から外を伺うと、そこには咲子の姿があった。


「咲子?」


 扉を開くと心配そうな表情で咲子が小さく笑った。

 なんで? わざわざ家まで?
 何度か咲子が家を訪れたことはあった。
 まだわたし達が新入社員だった頃、実家暮らしの咲子はよく家に泊まりに来ていた。
 くだらない話で夜中まで盛り上がって、一緒に高畑さんの愚痴を言ってみたり……。


「大丈夫? 携帯、番号かえたんだね。さっきの着歴みたら登録してなかったから」

「……ごめん」

「ううん、昼休みも電話かけたんだけど繋がらなかったから。大丈夫? じゃないよね。ダルそう」

 
 目の前の咲子の顔がぼやける。
 あれ? わたしの身体……なんだかおかしい。目の前が……。


「雪乃っ? どうし……」


 咲子の声が遠ざかっていった。



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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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