空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 164

第164話 腹を立てる彼

未来視点




 お兄ちゃんのマンションに着いたのは六時半を過ぎていた。
 遮光カーテンのせいで静まったリビングは真っ暗だった。今日は日曜だし、悠聖くんはまだ眠っているだろう。
 お兄ちゃんが悠聖くんに電話をした時、すでに夜中の二時を過ぎていた。その後寝たとしてもまだ目覚めてはいないだろう。
 
 和室に行くと、悠聖くんが並べた三つの布団の左側にいつものように眠っていた。
 だけどいつもと何かが違う。寝る場所は間違っていない。悠聖くんはいつも左側だ。
 
 それは布団の間隔だとすぐに気がついた。
 自分の布団と少し離して右端と真ん中の布団だけがくっつけて敷いてある。いつもは三つくっつけて敷いていたのに悠聖くんの布団だけ可能な限り壁側に離してあった。そして彼はこっちに背中を向けて寝ているのだ。

 その姿を、布団の敷き方を見て悲しくなった。もう自分に構うなって言われているみたいに思えて。
 この布団の敷き方を見るとそうとしか思えない。

 わたしのことはもういらない、と言われている気がして苦しかった。



**



 先にシャワーを浴びさせてもらい、わたしが出るとすぐにお兄ちゃんが浴室に入っていった。
 タオルで髪を拭きながら布団が敷いてある和室に入ると悠聖くんはさっきと同じ向きで眠っている。起こさないよう静かに右端の布団に入り、右向きで横になった。


「ちゃんと髪を乾かさないと風邪引くよ」


 悠聖くんの声。
 ガバッと起き上がって悠聖くんの方を見ると、こっちに背中を向けたままだった。


「起きてた……の?」

「……うん」

「起こしちゃった?」

「……ううん。寝てなかった」


 悠聖くんはそのまま動かない。
 だけどわたしがお風呂からあがってきたことも、髪を乾かしていないことも気づいていた。それなのにこっちを見てくれない。わたしの存在なんてどうでもいいと暗に言われているようで泣きたくなるくらい悲しい。


「悠聖くん……もう、わたし……いらないの?」


 その答えを聞くのが怖くて息が詰まりそうなくらいだ。
 いつの間にか緊張のあまりにわたしはその場に正座してしまっていた。


「うん、いらない」


 悠聖くんの声はいつも通りで。
 震えてもいない、淀みないはっきりした意思が感じられた。

 流れ落ちそうになる涙を唇をぐっと噛みしめて堪え、そのままゆっくり布団にもぐり込んで悠聖くんの方に背中を向けた。
 泣いてはいけない。わたしが泣いてしまったら悠聖くんを困らせるだけだから。


「今まで……ありがとう」


 搾り出すような声を出していることに自分で気がついた。
 涙声にならないよう堪えるのが必死だった。悠聖くんに変に思われたくないからなるべく平常心で言いたかったのに。布団の中で何回か深呼吸をしたら、喉の奥が締め付けられるような感覚と共に鼻の奥がツンとした。


「……うん」


 悠聖くんの小さな返答。
 わたしの話を聞いてくれていることすらありがたいと思った。そしてそれがうれしくて、もっと話したいと願ってしまった。


「わたし……悠聖くんが初めて好きになった人だったの」


 しばらく待ったけど悠聖くんの返事はなかった。
 悠聖くんは本当に自分の中で終わりにしたんだろう。こんな話を持ちかけたのは間違いだったのかもしれない。

 わたしのために身を引いた。そんな決断をさせた自分がいやになる。
 もう、こんなふうに縋ってはいけないんだ。そうじゃないと悠聖くんはきっとずっとこんなわたしに優しくし続けてしまうだろう。だけどちゃんと今までのお礼は伝えたかった。


「だから……想い出を大切にするから。悠聖くんのこと、本当に感謝して……」

「やめてくれ」


 わたしの言葉を悠聖くんが遮った。その声のトーンの低さに全身が冷えるような気持ちになる。
 きっぱりとした悠聖くんの拒絶の言葉に恐怖にも似たような感覚を味わっていた。
 悠聖くんの方を振り返ると向こうもこっちを見ている。その鋭い眼差しは心からわたしを遠ざけたがっているように見えた。自分に触れるなって言いたそうなそんな目。


「何に感謝するの? 特待生のこと?」

「え?」

「特待生のことは感謝する必要もない。元々未来のものだったんだ」

「……え?」


 悠聖くんの言っていることの意味がわからなかった。
 特待生のことなんて今ひと言も言ってない。なんでその話になるのかさっぱり理解できず、多分わたしは今、すごく間抜けな顔をしていると思う。


「未来が新入生代表の挨拶ができないから僕が代わっただけだ。二番合格だった僕がね」

「……え? ちょ、悠聖くん?」

「元々首席合格は君だったんだ。僕の父親が聖稜の理事長と従兄で……だから僕が首席っていうのは嘘なんだ」


 怒ったような悔しそうな表情で悠聖くんが言った。しかも「でっち上げなんだよ」と付け加えて。
 どんな顔をしていいかわからず、だけど何も言わないわけにもいかない。わたしは特待生制度を受けさせてもらえただけでありがたいと心から思っていたし、順位のことなんて今さらどうでもよかった。なぜ今、悠聖くんがそのことを持ち出したのか理解できず、曖昧に「そうなんだ」とだけ答えた。
 

「驚かないの? 僕のこと怒ってないの?」


 怒る? なんでわたしが悠聖くんを怒ると思うのだろうか。
 意味がわからず、首を傾げて悠聖くんを見つめる。


「僕は君を騙してたんだぞ」


 上ずった声の悠聖くんはすごく傷ついたような顔をしていた。
 ようやく悠聖くんの言いたいことがわかって、妙に納得をしてしまう。だけど悠聖くんがひとりで勘違いしていることが酷く悲しく思えた。


「騙されたなんて思ってない」

「言い方をかえる。本当のことを黙っていたんだ。君は僕に感謝した。そして橋本先輩に無理やりキスされそうになった時、僕は君に告白をしたんだ。これの意味わかるよな?」


 苦しげに、だけど強がって笑みを浮かべる悠聖くんが本当に辛そうに見えた。

 橋本先輩? 無理やりキス? 悠聖くんに告白された時のこと? 
 なんでいきなりその話になるのだろうか。わたしの頭は少しパニックを起こしかけていた。



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Date:2013/11/09
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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