空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 161

第161話 分かれ道

柊視点




「お兄ちゃ……」

「黙ってろ!」


 泣き出しそうな未来を抱きしめてやりたいのにできない、そして荒々しい口調で言葉を遮ることしかできない自分に腹が立った。
 降ろせと訴える未来に優しい言葉をかけてやりたいのに。俺は未来に八つ当たりしている。情けなすぎて涙も出やしない。
 このまま大人しく実父に捕まるしか道はないのか? そんなわけは――

 ……道、そうだ。

 その時、俺は急にひらめいた。
 一か八かやってみる価値はある。

 ミラーで後ろを確認すると、かなり後方に小さく車が見えた。比較的道路は空いている。視界に入る限りでは実父の車しかないくらいだ。
 目の前を走る実父の車を見て、少しスピードを落とす。ある程度の車間距離がほしかった。だけど俺がスピードを落とすと向こうも合わせるように落としてくる。ウインカーを出して右の追い越し車線から左に入るとすぐに向こうも左に入ってきた。前方約三百メートル先に高速出口が見える。

 小さく深呼吸をし、なるべくスピードを調整して車間距離を保つ。
 言い表しがたい緊張に襲われ、激しく喉が渇いていた。ハンドルを握る手が汗ばんでいる。闇に吸い込まれてしまいそうな恐怖を感じたけどここでやめるわけにはいかない。覚悟を決めた。


「未来、目を閉じて歯を食いしばってなさい」

「……え?」

「早く!!」


 左側にある高速出口の看板にどんどん近づいてゆく。
 どくん、どくんと熱い血液が脈打つ音を胸の辺りで感じながらハンドルをグッと握り直した。
 実父の車が出口を左に見て真っ直ぐ進んだのを確認し、今だ! と心の中で叫びながら左へ一気にハンドルを切った。


 ――――キキキキィ!! とタイヤの擦れるような音。そして傾く身体。


「きゃあっ!!」


 未来の大きな叫び声と聞いたと同時に、俺の車は間一髪で高速出口に入り込むことに成功した。
 この時、極限まで追い詰められていた俺の全身は脂汗でしっとりと濡れていて、こめかみから流れ落ちる汗に気づいて車中のエアコンの温度を下げた。

 真っ直ぐ行くフリをし、出口ギリギリのところでウインカーを出さずに曲がる。逆走は禁止だから実父はもうこの出口には戻れまい。実父は高速に取り残された形になった。俺の前を走っていたのが運の尽きだ。
 だけど俺はそのまま走り続けた。まだ追われている恐怖感が消えず、鳩尾の辺りがきゅっと締め付けられたような感覚を味わっていた。

 未来はずっと後ろを見つめている。確かに油断をしてはいけない。
 あいつは何をしでかすかわからない。未来への執着心の深さを思ったら逆走してくる可能性だって考えられるから。




 高速を降りた先は全く知らない道だったけど、カーナビがあるからなんとかなるだろう。
 カーナビの設定をするために車を一旦停めたい。手ごろなコンビニの駐車場を探していると、俺の携帯が鳴った。どうせ実父からだろう。携帯ホルダーに入っている俺の電話を未来がじっと見つめている。


「怖い思いさせてごめんな」


 携帯が鳴り響いてうるさい。
 左側にコンビニが見えたからウインカーを出して駐車場に車を停め、鳴り響く携帯電話の電源を落とすと、車中が静かになった。それでも未来の視線は俺が持っている携帯電話に注がれている。


「もうかかってこない」


 声をかけて顔を覗き込むと、未来は固まっていた。
 手を伸ばして未来の頬に触れるとビクリと身体を強張らせる。

 
「中で飲み物と食べ物を買おう、お腹空いたろうし、トイレも行けるから」


 そう促すと、未来は青ざめた表情でこくりと一回だけうなずいた。


 コンビニに入ったのは二時を過ぎていた。
 未来はミネラルウォーターがほしいと言う。食べ物を買うように促したがいらないと一点張り。十九時のバイト終了後から飲まず食わずでいたのに水だけしかほしがらないなんて。
 俺は缶コーヒーと眠気覚まし用のガム、そしてサンドウィッチと鮭のおにぎりを買った。未来の食欲が少しでもわいてくれればいいと願うしかない。


 コンビニの駐車場で車を停めたまま車中で少し休み、未来は水を、俺はコーヒーを飲む。
 実父から逃れてから未来はひと言も話していない。

 ……もしかして。


「おい! 未来!」
「え!?」


 ハッとした表情で未来が俺を見た。その瞳が不安げに揺れている。
 全然しゃべらないからまた声を失ってしまったんじゃないかと動揺して声を荒げてしまったが、大丈夫で安心した。なんでもない、と誤魔化して再びコーヒーに口をつける。
 この休憩中に悠聖に連絡を入れておきたい。だけど携帯の電源を切ってしまっていることに気づいた。


「未来、携帯貸してくれる? 悠聖に連絡したいから」


 新しい携帯を俺に差し出し、助手席側の窓を見つめながら未来は静かに水を飲んでいる。


「やっぱり悠聖に連絡はしてもらえない?」


 再度確認すると、未来は少し間をあけてこっちを向こうともせずにこくりと一度だけうなずいた。しょうがない、これ以上無理強いはできない。
 呼び出し音が鳴り、すぐに通話になった。


『未来!?』

「いや、俺だよ」

『未来はっ? 無事なの?』


 悠聖が大声で叫ぶから未来にも筒抜けだと思う。だけど未来はずっと窓の外を見つめてこっちを見ようともしなかった。
 無事だと伝えると、悠聖の大きな安堵のため息が聞こえた。ずっと心配して連絡を待っていたはず。きっと気が気じゃなかったのだろう。
 

「連絡が遅れて悪かった。事情があって一度高速を降りた」

『高速!? 一体どこに!』

「詳しい話は帰ってからする。まだしばらく帰れないから先に寝てろ」

『未来は大丈夫? どうしてるの? 泣いてない?』


 心配そうに矢継ぎ早に質問してくる悠聖に胸が痛んだ。
 助手席に沈む未来に視線を向け、「大丈夫だ安心しろ」と伝えて電話を切った。少しでも早く未来を布団で寝かせてやりたい。そして悠聖に未来の無事な姿を見せて安心させてやりたい。


 悠聖との電話を終えて車を走らせても未来はずっと助手席側の窓を見ていた。
 サンドウィッチかおにぎりを食べるよう声をかけてもこっちを見ず首を横に振るだけ。


「まだ家まで時間がかかるから寝ていいよ」


 そう声をかけると窓の方を向いたままうなずいた。
 信号待ちの間に未来のシートを倒してやるけど、それでも俺と目を合わせようともせずに助手席の窓の方を向いていた。
 いろんなことがあって心身ともに疲れているに違いない。助け出されても安心できないのは無理もないだろう。未来はいろんな酷い目に遭いすぎた。少しそっとしておこうと思い、ゆっくり車を走らせた。


「……お兄ちゃん」


 未来のつぶやくような小さい声が俺を呼ぶ。
 まだ俺を『兄』と呼んでくれることになんとも言えない喜びを感じた。あんな父親の息子でも嫌わないでいてくれている。そのことが本当にうれしかった。
 運転をしながら未来の小さい声を聞き漏らさないように耳を傾け、「どうした?」と尋ねる。だけど未来はしばらく何も言わなかった。
 俺はコーヒーを飲みながら気長に未来の言葉を待っていた。


「……どうしたら」


 未来の震えた小さい声が聞こえた。
 今にも消え入ってしまいそうなそのか細い声に言いようのない不安が募る。


「死ぬことができるのかなぁ……」


 その場に車を停めて未来を見ると、肩を小刻みに震わせ、声を殺して泣いていた。


   



 【注】
 当内容はこのような運転や行為を推奨するものではございません。
 運転免許を持っていない自分が想像で書いたものです。ご了承ください。
 現実と切り離してお考えくださいますようお願い申し上げます。



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Date:2013/11/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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