空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第2章 第23夜

  
 玄関口で佇む海原さんはファーのついたえんじのトレンチコート、黒のタイトなミニスカートに膝下のブーツを履いていた。

 首元にはオシャレにブラウンのチェック地のマフラーが巻かれている。
 素敵なOLだなって誰が見ても思うだろう。

 一方わたしは水色のネックのだぼっとしたセーターに黒いパンツ。そしてダサいグレーの保温用靴下。
 女子力のカケラもない。
 どう見ても翔吾さんの家にいるのはおかしい人物だと自分でも思った。


 海原さんのそんな感情が痛いほど視線から伝わってくる。でも、目が逸らせない。
 まるで蛇に睨まれたカエルのように、わたしはただ身をすくませるだけ。


 海原さんはスマートに自分のブーツのジッパーを下ろして端に揃え、ゆっくりあがって来た。
 そして一歩ずつこっちへ近づいてくる。
 

「あなた、営業部の子よね? さっき翔吾と休憩室にいた」


 いつも職場で見るブラウン系の口紅じゃない。今は燃えるような赤。
 そしてアイメイクも職場でのものよりしっかりしている。
 ナチュラルメイクもよく似合っているけど、こうしてしっかりメイクすると別の美しさが引き立つ。その美しさは妖艶と言っても過言ではない。

 赤い唇の口角がクッと上がる。でも目は笑っていない。


「どうして翔吾の家にいるの?」

「あ、あの……」

「翔吾から鍵、受け取ったの?」


 少しだけ首を傾げて海原さんがふっとわたしに笑いかけた。
 でもその笑顔に優しさは見受けられない。明らかに嫌悪の笑みだ。
 
 小さくうなずいてわたしより少しだけ背の高い海原さんの目を見ると、そこには憎悪が見て取れた。

 だけどその表情は一瞬で変化する。
 目の前の海原さんの表情は困惑を示すものになり、その口から小さなため息が漏れた。

 キレイにブローされた前髪をさっとかきあげて目を細める。


「翔吾の悪い癖が出たわね。ごめんなさいね」


 悪い癖? どういうこと? なぜ海原さんが謝るの?
 わたしの横を通り過ぎて、海原さんがリビングに入っていった。


「さあ、どうぞ。今お茶を淹れるわ」


 そのまま海原さんがキッチンに向かう。
 手早くコートを脱ぎ、食器棚からお客様用のカップとティーポットを出してお湯を沸かし始めた。

 その時、ガスコンロに置いてあったわたしが作った肉じゃがの鍋にちらりと視線を落としたのを見逃さなかった。
 透明の鍋蓋だったから中身は見えているはず……なんとなくいやな気持ちになってしまう。

 
 慣れた場所なのよと言わんばかりにさっさとお茶の準備を済ませている。
 海原さんに促され、カウンターの前のテーブルの席へ座らされた。


「あの人、あなたみたいな純粋そうな子にまで……本当に悪い人ね」


 くすっと堪えるような笑いを零して、海原さんがカウンターの向こうからわたしにお茶を差し出した。
 カップの中はオレンジ色の紅茶がユラユラ揺れている。
 きっとわたしの眼差しも揺れているはず。だってまともに海原さんの表情が見れないもの。


 海原さんの言っていることの意味がわからない。
 翔吾さんの悪い癖? 純粋そうな子にまで? なぜ謝られるのかわからない。


「翔吾ね、大学生の頃、告白してきた女の子を振って酷く傷つけたことがあるの。その子にあなたよく似ているわ」

「――え?」

 
 少しもったいぶるように海原さんが苦笑いをしてみせる。

 大学生の頃の翔吾さんなんて知らない。
 その時、翔吾さんが振った女の子のことなんて。わたしに似てるって。


「その子少し精神的に参っちゃったみたいで……あ、でも翔吾は悪くないのよ。その子にアプローチしてたわけでもないんだから」

「……」

「ただ少し、優しくしたら勘違いされちゃったみたいで。翔吾も運が悪かったって言うか――」


 カウンター越しの海原さんがお茶を一口飲む。
 そんな仕草ですら色っぽくて美しい。ずるいくらいだ。

 まるでこっちは自分の領域と主張してるみたいで、海原さんはキッチンから出てこなかった。
 その場でじっくりと、探るような目でわたしの様子を伺っている。


 ――――勘違い。


 それは自分に向けられている言葉だろう、そう思えた。
 その女の子のようにあなたは勘違いしない方が身のためよ、暗にそう伝えたいんだってことがわかった。
  
 気づかないうちにわたしの身体は少し震えていた。
 カップのソーサーがカチャカチャ音を立て、その音が酷く煩わしく感じる。


「それともうひとつ教えてあげる。翔吾は肉じゃが、食べないのよ」


 妖艶な笑みがわたしに向けられた。
 ずしり、と肩の辺りに感じる重圧感。

 負けを認めなさい、そう言われているような気がした。

 ううん、負けも何もない。そもそもわたしの勘違いだったのだから――


「――帰ります」


 ガタッと大きな音を立ててわたしが座っていた椅子が少し傾いた。
 慌ててそれを押さえると、海原さんが少し驚いた表情を見せた後に小さく微笑む。


「鍵、置いていってね」


 そうだ、鍵。

 リビングのソファの横に置いておいた自分の鞄の中から鍵を取り出す。
 あとでキーホルダーをつけようと思っていたもらったばかりの鍵は自分の部屋のものと一緒にしてあった。

 震える指先でなかなか取れないもどかしさに苛立ちながら、ようやく外してその鍵をソファの前のローテーブルに置く。

 指先にまで伝わってきそうな自分の心音。
 
 わたしは何をしていたんだろう。
 あの人がわたしを好きになるなんて、ありえないのに――


 鞄と共に丸めるように置いておいたコートを羽織もせず、持ったままわたしはリビングを後にした。



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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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