空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 157

第157話 気づかれた想い

未来視点




「大丈夫か?」


 真正面を見て呆然としていると運転席からお兄ちゃんの声がした。
 ゆっくりそっちを向くと、前だけを見つめて運転しているお兄ちゃんの横顔に大きな安息感が生まれる。見知らぬ場所にいることはかわらないけど、お兄ちゃんがいるだけで不安は安心にすり替わる。


「ここ……どこ?」

「静岡、暗いし曇ってるから富士山は見えないな」


 東京寄りの神奈川から静岡まで来ていたんだ。全然気がつかなかった。
 随分遠くまで来てしまった感じがしていたけど、本当に来ていたんだと知った。だけど戻ることができてひどくほっとした。
 運転しながらお兄ちゃんが軽く視線をわたしに向け、その途端ギョッとした顔つきに変化した。そしてすぐに前に向き直った。
 その態度に違和感を覚え、首辺りに手を伸ばすと襟元のボタンもリボンも外されたままなことを思い出した。慌ててボタンを留めようとした時、お兄ちゃんが低い声でつぶやく。


「キスマーク、つけられてる」


 そう指摘され、さっき義父に吸いつかれたことを思い出した。
 助手席側の窓の方を見ながらブラウスのボタンを留める。襟元のリボンも整え、背もたれに寄りかかって瞼を閉じた。

 大丈夫、大丈夫だよ。助けてもらえたんだから。こんなこと、早く忘れよう。
 だけど思い出しただけで辛くて悲しくて怖くて涙が出そうだった。だけど今はお兄ちゃんが隣にいる。見られたくなかったけどしょうがない。襟元をぎゅっと押さえて歯を食いしばった。

 お兄ちゃんをもっと近くに感じたい。話したい。お兄ちゃんの声が聞きたい。
 この暗い雰囲気をなんとかしたくて、どうしてわたしがこの場所がわかったのか尋ねてみた。すると、運転しながらお兄ちゃんが得意満面の笑みを浮かべる。助けてもらってから初めて見せてくれた笑顔がうれしかった。


「新しい携帯、GPSの追跡オプションつけておいたんだ」

「えっ? うそっ?」

「本当だ。こんなにすぐに役立つとは思わなかったけど」


 GPSで追跡されていたなんて夢にも思わなかった。
 新しい携帯を持っていて本当によかった。
 連絡しなくてもお兄ちゃんと繋がっていた。それだけでうれしかった。


「でも、なんであの車にわたしがいるって……」


 さすがにGPSでも車の位置までは探せないだろう。
 あの休憩所には結構たくさんの車が停まっていたのに、その中からあの車を探し当ててくれた。


「ああ、レンタカーを探した。車なんか持ってないと思ったから」


 レンタカー。さすが、お兄ちゃんは鋭い。
 うちはお金がないから車を所持できるわけがない。そこを見越したということだ。
 すごいだろう、とお兄ちゃんが自慢げに笑うから、ついつられて笑ってしまった。少しだけ和やかになった空気を心地よく感じていた時、お兄ちゃんの携帯が向けられた。


「悠聖に電話してやってくれないか?」


 その名前を聞いて、胸がギュッと締めつけられるように苦しくなる。
 わたしが躊躇っているとお兄ちゃんがこっちをチラリと視線を移し、そしてすぐに逸らされた。


「悠聖、すごく心配してる。未来を見つけたらすぐに連絡するって約束したんだ」

「……でも」

「声を聞かせてやってくれないか?」


 受け取った携帯を見つめ、通話ボタンに指を乗せようとするけどそれ以上動かなかった。
 悠聖くんがわたしを心配してくれている。それは痛いほどわかる。電話の途中でいきなり途切れて連絡が取れなくなったんだもん。悠聖くんだって不安だったはず。
 そして、悠聖くんがお兄ちゃんにわたしが連れ去られたことを伝えてくれたんだと思う。そうじゃなきゃお兄ちゃんだってGPSでわたしを探したりしない。だけど――


「わたし、悠聖くんに……」

「別れ話されたんだろ? 悠聖から訊いた。電話している時に未来が誘拐されたってことも。泣き叫んで俺に訴えてた。自分のせいだ。未来を助けてくれって」

「……嘘! 悠聖くんが……あの冷静な悠聖くんが泣き叫ぶわけない」

「あいつは冷静なんかじゃないよ。未来のことになると誰よりも冷静さを失う」


 頭の中がモヤモヤする。喉がカラカラだ。
 わたしのことになると誰よりも冷静さを失う? それならなぜ?


「悠聖くんはもうわたしとつき合えないって」


 零れそうになる涙を堪えるため、助手席側の窓を見ると真っ暗で、その闇に吸い込まれそうだった。
 左側の車をどんどん追い抜いていく。
 ふうっとお兄ちゃんの大きいため息が聞こえた。


「悠聖はみんな気づいているんだよ。未来の気持ちも、俺の気持ちも」


 その低く沈んだ声に、何かが音を立てて壊れたような気がした。


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Date:2013/11/06
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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