空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 155

第155話 心の支え

未来視点




 どのくらい走ったんだろうか。
 外の景色を見てももう真っ暗で、高速道路だし今どの辺りにいるのかもわからない。辛うじてわかっているのは名古屋方面に向かっているということだけ。
 じっと座っているのも辛い。この闇に包まれたような静寂が怖い。


「義父さん、ラジオつけて」

「ダメだ」


 即却下された。
 だけどこんな狭い車の中で、義父とふたりきり。車の音しか聞こえないのでは気が狂いそうなくらい怖かった。


「暗くて音もないし……怖い、お願い」

「ダメだ」


 こんなにお願いしているのにいとも簡単に却下されて悲しくなる。
 暗くて怖くて、胃液がせりあがってくるような感覚がして気持ちが悪い。


「携帯返して。テレビが観たいの」

「……ったく」


 何かが投げつけられ、後部座席の背もたれにボン、と当たって落ちた。見たことのないシルバーの携帯電話でかなり旧式のもののように見えた。


「その携帯で観ろ」


 これは義父の携帯だろうか。これがあれば母にメールできるかもしれない。
 はやる気持ちが態度に表れないよう携帯を手にして、急いでメールのボタンを押す。


「万里に連絡しようなんて思うなよ。音を出してワンセグだけ起動しろ」


 先読みされている。酷くやるせない気持ちになった。
 心の中でため息をついて言われた通りに音を出してワンセグを起動すると乱れた画像が映りだす。お笑い番組のようだった。


「オレの携帯はワンセグ観ながらメールはできないからな」


 言い聞かせるように義父が笑う。だから自分の携帯を使わせたのだろう。
 車の走行音がかき消されるくらいまで音量を上げ、お笑い番組を観ることにした。内容が全然頭に入ってこないけど、音があるだけで随分気持ちが違う。


「音、もう少し小さくしろ。気が散る」


 義父が苛立ちを露わにし、吐き捨てるように言う。
 怒らせて逆上されても困るから音量を下げようとした時、わたしの鞄の中から低く唸るようなバイブレーター音が一度だけ聞こえた。


「何だ? 今の音」

「あっ! テレビ! 今コントで……」

 
 あたふたと弁解をしながらワンセグの音量を下げる。
 今の音は、もしかして。忘れていたものの存在を思い出し、心臓が波を打つようだった。


「お笑い番組なんか観るのか?」


 義父の問いかけに答えずにゆっくりと自分の鞄を開けると、そこにあったのは新しい携帯だった。バイブレーター設定にしておいてよかったと心から思った。
 すっかり気が動転していてこれの存在を忘れていた。もしひとりになれる時があれば、これでお兄ちゃんに連絡ができる。静かに鞄を閉めて胸に抱きしめた。また震えだしたら困る。


「義父さん……寝そべっていい?」

「好きにしろ」


 助手席側を頭にして背もたれの方を向いて横になった。
 鞄はしっかり胸に抱いたままでワンセグを観ているフリをする。
 この携帯がバレたら、もう連絡なんかできない。わたしの心の支えが全て失われてしまう。心臓のドキドキが加速してゆく。これだけは守らないと。


「おい未来。寝るならワンセグ切れよ。充電が切れる」

「……寝てない」

「いいから切れ。充電がなくなると困る」


 音がないと新しい携帯が鳴った時に困るのに。
 だけど怖くて逆らえない。何か音がないと不安な状況は何も変わっていない。


「じゃ、ラジオつけて」

「音があると気が散るんだが、しょうがねぇな」


 ラジオから雑音と共に女性のパーソナリティーの声が聞こえてきた。それでも音はかなり絞ってある。
 今の状況に場違いな明るいその声に少しだけ苛立ってしまうけど、音がないよりはましだ。


 携帯を返すよう運転しながら手だけこっちに向けられる。その手に義父の携帯を乗せた。
 静かだから音が小さくてもよく聞こえる。苛立ちはすぐに消失し、むしろ気がまぎれた。背もたれの方を向いて目を閉じると車の揺れが身体に慣れたようで少し眠くなってきた。今朝起きたのが早かったからかもしれない。



**



 車が停まる気配がして瞼を開く。眠っていても鞄をしっかり抱きかかえていたようだ。
 ゆっくり起き上がってみると外が明るく感じた。どこかの休憩所のようで、腕時計を見ると二十三時をまわっている。
 バンと大きな音を立てて義父が車から降りて運転席の扉を閉めた。
 すぐに運転席側の後部ドアが開けられ、義父が乗り込んでくる。その顔には疲労の色がくっきり現れていて、なんだか少し黄色っぽく見えた。
 距離を保つために、助手席側の左に寄ると義父がにじり寄ってくる。


「こっちに背中を向けて手を出せ、早くしろ」


 なぜだかわからないけど、言われるまま義父に背中を向けて手を出す。
 いきなり両手首を掴まれたかと思ったら後ろ手に縛られた。しかもかなりきつく縛られていて少しでも動かすとギリっと手首に紐が食い込む。


「痛い……」

「我慢しろ。次は足だ」

「えっ? 足も?」

「オレがいない間、逃げないようにだ」


 こんな見知らぬ土地で逃げようがない。だから縛る必要はないと懇願しても聞き入れてはもらえなかった。それどころか早くしろと再度せかされ、斜め右くらいに向き直ると両足首も縛られた。やっぱりかなりきつく縛っていて痛い。
 後ろ手に縛られているから、ちゃんと座り直すと胸を張っているみたいな姿勢になってしまう。


「身体を倒しておいた方が目立たないか」

「――えっ」

「でも窓から覗かれた時、縛られてたら怪しまれるな……座らせておくか」


 ひとりでぼそぼそとつぶやく義父を横目でチラッと見ると、鋭い視線でこっちを睨み返してきた。


「なんだ? その目は」


 わたしの顎を持ち上げ、義父の方に顔を向けさせられた。
 目を合わせるのが怖くて視線だけ左に逸らす。


「怖いのか? 震えているぞ」


 不敵な笑みで義父がわたしを見た。
 疲労感がくっきり現れているのにとっても満足げな表情に見え、胸の辺りでどくんと強い拍動を感じた。


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Date:2013/11/05
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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