第154話 連れ去られた宝物柊視点
十九時に図書館前についたけど未来の姿はなかった。
いつもならちょうど館内から出てくるくらいのタイミングなのに、辺りを見回してもその気配すら感じられない。
その時携帯が鳴った。いつもと同じ音なのに、いやにけたたましく感じる。画面を見ると悠聖からの着信だった。
「ゆうせ――」
『未来が連れ去られた!!』
名を告げる前に発せられたその言葉は、怒鳴るような早口で一瞬聞き間違いかと耳を疑った。だけど悠聖のこの焦り方。聞き間違いじゃないとすぐわかった。
『僕と電話をしてる時にっ! 未来が「義父さん!」って叫んでたんだ』
目の前が真っ暗になる。
……あいつが、未来を連れ去った? 俺の大事な未来を――
未来の恐怖に怯えた表情が脳裏に浮かぶ。
「悠聖! 悪い! 一旦切る」
携帯を操作して、位置情報設定で検索をかけた。
さっき携帯ショップでオプションの説明を受けた。
少し前まではGPS機能での探索は追跡先の相手に許可を得ないとできなかったようだが、今は前もって登録をしておけばできるようになったとのことだった。
未来の携帯は俺からの追跡を『常に許可』設定に変更しておいた。
検索結果を見て愕然とした。現在地からこのまま進むと東名高速に入る。
携帯をホルダーにセットして車を走らせた。
今日買ったばかりの携帯がこんなにすぐに役立つとは思わなかった。でも本当は役立ってほしくなかった。万が一と思ってつけたオプションだったのに。
未来は怖がっているはずだ。早く助け出してやらないとまた酷い目に遭わされてしまう。それだけはいやだ。
俺が守ってやるっていつも思っているのに、思うだけじゃダメなんだ。自分の不甲斐なさに腹が立つ。今日は時間にちゃんと間に合ったのになぜだ? 未来が早く図書館を出たのか、そんなばかなことはあるわけがない。
ホルダーに収まっている携帯が鳴った。
悠聖からの着信だ。スピーカーにして通話すると、強張った悠聖の取り乱した声が割れるように携帯から漏れ出した。
『兄貴! 僕のせいなんだ……』
「何があったんだ?」
『僕が未来に、メールで別れ話なんかしたからっ……』
悠聖の言っていることがわからなかった。
メールで別れ話? なぜそうなった? しかもそれでなぜ未来があいつに誘拐される?
「悠聖! 俺、今日未来に本当のことを話すっておまえに言ったよな!?」
無意識で怒鳴るように悠聖に訴えかけていた。
携帯の向こうからは何の反応もない。だから運転しながら声を荒げたままで問い詰めてしまう。
「おまえが未来を支えてくれないと困るんだよ!!」
『僕はもう未来とつき合えない!!』
携帯越しから悠聖の泣き叫ぶような声が聞こえてきた。それは俺の切実な願いをたたみかけるような否定の内容で。
断腸の想いとはこういうことを言うんだろうか、とこんな時なのに妙に冷静な気持ちで考えていた。悠聖の気持ちもわかるから……鳩尾の辺りが凍った刃で抉られたように冷たくて痛い。
『未来を助けてよ……頼むよ……』
「わかってる! 今、携帯で追跡してるから!」
『あ! 新しい携帯』
「そうだ! 見つけたら連絡するから待ってろ!」
運転しながら未来の古い携帯の方に電話をかけてみるけど繋がらなかった。
取り上げられて電源を切られたか。
今は信号待ちでさえも苛立たしい。少しでも車を前に進めたい。スピード違反で捕まるとやっかいだからそれだけ気をつけないと。
――警察に言うか?
そうすれば検問してくれるだろうか?
――ダメだ! 説明している時間がもったいない。少しでも早く助け出さないと。
新しい携帯が実父にバレないといいが、鳴らすとバレそうだから下手にかけられない。
だけどもし、悠聖が未来の新しい電話にかけてしまったら?
慌てて自分の携帯で悠聖をコールしたら手にしていたのかすぐに繋がった。
『兄貴?』
「悠聖! 未来の新しい携帯に連絡するな! 鳴らすとバレる! 新しい携帯の存在があいつにバレるとまずい」
『えっ……今、ワンコールした。兄貴から電話が来たからすぐに切ったけど……鳴っちゃったかもしれない……ごめん、僕っ――』
悠聖の震えた声がした。
遅かった。まずい、いつバレてもおかしくないはずだ。
先の長い道程をただひたすら不安と恐怖を抱えたまま走るのは正直辛かった。
暗い道を走る自分の車だけがが真っ暗な迷宮に紛れ込んだような気持ち。絶望の淵で助けを求めている未来を想像すると呼吸がうまくできなくて苦しかった。
この迷宮に出口はあるのだろうか。
高波のように押し寄せる不安に飲み込まれてしまいそうだった。
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