空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 153

第153話 的中する予感

未来視点




 腕時計を見ると、十八時四十五分をさしていた。

 もうすぐバイト終了時間。更衣室で掃除兼片付けをしていたら、携帯がポケットで震えた。
 見ると送信者の欄がメールアドレスで表示されていて誰からかわからない。電話帳を削除してしまった弊害が顕著に現れている。
 よく連絡を取る人のアドレスは古い方の携帯にも再登録しておかないと誰から連絡が来たかすぐわからないかから不便だ。
 あとでまた登録し直そう。悠聖くんとお兄ちゃん、そして母は必須。

 差出人が誰だかかわからない、今届いたメールを開いてみた。


  『今まで本当にありがとう。僕は本当に未来のことが大好きだった。

   でも、もう未来とはつき合えない。

   嫌いになったわけじゃないから勘違いしないでほしい。
   これからは友達としてつき合っていこう。

   もう僕に未来は不要です。どうか好きなところへいってください』


「――――え?」


 これ、悠聖くんからのメール?
 そうだ、そうとしか思えない。間違いない。


「嘘……なんで?」


 鞄の中をあさって新しい携帯電話を探す。
 でも手が震えてうまく探せない。新しい方へ連絡先を全部移動させてしまってすごく後悔した。もどかしい気持ちで必死に鞄の中を探るけど一向に見つからない。
 早く、と焦る感情だけが不安と苛立ちを募らせていく。パニックして泣き出したい気持ちをどうにも抑えることができそうにない。


「どうしたの? 未来ちゃん?」


 わたしがひとり言を言ってるから瑞穂さんが心配をして声をかけてくれた。
 でもそれに対応する余裕なくて無視してしまう。ようやく探し出した新しい携帯を鞄から出して、悠聖くんの電話番号を表示させ、古い方の携帯に打ち込む。
 手が震えて上手くメールが打てない。焦れば焦るだけ間違えてしまう。

 十九時少し前だけど、わたしは挨拶もそこそこに更衣室を出た。
 閉めた扉の向こうから瑞穂さんがわたしの名を呼ぶ声が聞こえたけど、いてもたってもいられなくて走り出していた。


 館内を出てすぐに通話ボタンを押し、古い携帯で悠聖くんに電話をかける。
 新しい携帯は鞄に戻し、意味もなく図書館の園庭を小走りしている。少しずつ上がっていく息。プップップッという呼び出し音がもどかしい。お願い! 早く出て!

 図書館の庭を出て、門の辺りで電話が繋がった。


「悠聖くん! なんで!?」


 悠聖くんの反応を待つ前に、わたしは叫びだしていた。


「なんでっ……急にっ!? わたし何かした? 悠聖くんがいやなことしたの?」

『未来……』

「答えてよ!!」


 電話を購入した後のいやな予感はこれだったのかもしれない。
 胸が鷲掴みされたように苦しくて涙が溢れてくる。その場で立ち止まって涙を拭っていると、図書館の門の前に車が停まる気配がした。だけどそれどころではない。


「ねえ! 悠聖くん!」

『……ごめん』


 悠聖くんは一回謝っただけで何も答えようとはしてくれない。
 図書館の門の入口に横付けされた車にちらっと視線を移すけど、お兄ちゃんの車ではない。再度その車に背中を向けて話し続けた。

 
「ごめんじゃわからない! どうし……あっ!」


 車のドアが開く気配を感じた直後、いきなり後ろから上半身と腰の辺りを抱きすくめられた。


『――未来?』


 悠聖くんの声が持っている携帯越しに聞こえる。
 何がなんだかわからなくてわたしは軽いパニックを起こしていた。


「やっ……何っ!?」


 内臓を圧迫されるような苦しさを感じるほどの強い腕にしっかり後ろから抱きかかえられ、両手足をバタつかせるけどびくともしない。その拘束は絶対に振りほどけないという焦燥感に襲われた。
 

「やだっ!」

「早く乗れっ!」

「――きゃっ!」


 思いきり強い力で見覚えのない車の後部座席に押し込まれ、わたしの手から携帯が離れて足元に落ちた。小さな衝撃音が聞こえ、携帯が壊れたかもしれないと一瞬脳裏をかすめたが、それどころじゃない状況にすぐにその思いがかき消された。


『未来っ!? どうしたんだっ!!』


 悠聖くんの声が遠くで聞こえる。
 後部座席の扉が乱暴に閉められ、すぐに運転席に人が乗り込んできた。


「手こずらせやがって……」

「義父さん!?」

「声が出るようになったんだな、未来」


 ひさしぶりに見た義父の険のある表情がわたしを見た途端、苦笑に変化してゆく。
 背筋がゾクリとして身体が震える。なんで、ここに。


『未来! おいっ! どうしたんだよ!!』

「うるせぇな」


 後部座席の足元に落ちていたわたしの古い携帯を義父に拾われた。
 悠聖くんとの繋がりを絶たれてしまう、そんな恐怖がわたしの身体を起こし上げ、運転席の義父に手を伸ばしていた。
 

「返して!」


 だけど無情にも義父の手に渡ったわたしの携帯から悠聖くんの声が聞こえなくなった。
 切られた、そう思った時にはすでに車がすごい勢いで走り出していた。


「やだ! 降ろして!!」

「十九時前に出てきてくれてよかった。毎日迎えのガードが固くて諦めかけていた」


 わたしの携帯が乱暴に助手席に投げられる。
 電源を切られたのか、電話は静かなままだった。

 ハイスピードで走る車に上半身がぐらつく。運転席と助手席の背もたれに掴まっていても不安定な状態に、義父が冷ややかに「座ってシートベルトを締めろ」と告げた。


「降ろして……どこへ行くの?」


 車は停まらず走り続ける。
 わたしの問いに無視を決め込む義父に恐怖心より苛立ちが勝り、「どこに連れて行くつもり!?」と悲鳴とも言える大声をあげると義父が運転をしながらちらっとこちらを見やり、下卑た笑みを向けた。


「初めて聞くな、未来の声。かわいい声だ」


 義父に言われてもうれしくない。
 無駄に聞かせたくなくて押し黙る。


「喘ぎ声もさぞかしかわいいんだろうな」

「――っ!?」


 身体が強張って背筋に冷たい汗が流れるのがわかった。
 真夏なのに、全身がガタガタと震える。寒いわけではないのに不安な感覚が身体の奥のほうから呼び起こされ、冷水を浴びせられたように急に頭の中がクリアになってゆく。


「お願い……帰して」

「ダメだ」

「こんなことしたって……」

「おまえはオレとふたりで暮らすんだ!」


 義父の怒鳴り声が車中に響いた。
 義父とふたりで暮らす、そのためにこんなふうにわたしを拉致した。その恐ろしいまでの執念は気持ち悪いを通り越して不気味にさえ感じた。


「散々無視しやがって……ったく」


 苛立ちを露わにした義父がチッと大きな舌打ちをする。
 これ以上怒らせたらどうなるかわからない、そんな思いが気後れとなり「ごめんなさい、許して」と謝罪の言葉が口を衝いて出た。義父に哀願して許しを請う。今できることはそれしかない。
 だけどそれに対する反応は全くなく、知らん振りで車はどんどん進んでいった。閉ざされた窓の外を見るともうすでに全然見覚えのない場所。

 どうしよう、このままじゃ本当にどこかへ連れ去られてしまう。


「助けてよ……」


 堪えていた涙が頬を伝う。
 怖くてしょうがなかった。恐怖のあまり身じろぎもできない。動きたくても身体は石のように固まって、自分の呼吸音と心音だけが耳ではなく直接脳に響き渡るようだった。


「抵抗しなきゃ痛い目には遭わせない。オレはお前とふたりで仲良く暮らしたいだけだ」


 信号待ちの停車で義父は後ろを振り返り、勝ち誇った笑みを浮かべた。
 人の笑顔がこんなにも不安を駆り立てることがあるだなんて初めて知った。
 

「オレはずっとおまえの絵を描き続ける。その絵を売ればすぐに大金持ちだ。すぐに学校だって行かせてやれる」


 義父の夢物語、何回聞いたことだろう。もう、そんなのは聞き飽きた。
 義父が人物画に転向してから一度も楽をさせてもらったことなんかない。それどころか義父の酒代とギャンブル代でうちの家計は火の車だった。


「……あ」


 涙に潤む目で窓の外に視線を移すと、車が急に坂を上り始めた。
 これって高速道路だろうか。車や道に全く詳しくないけど、そのくらいはわかる。義父が窓ガラスを開けてチケットみたいな小さい紙を取った。


「どこ……行くの?」

「聞いてもわからないだろ?」

「でもっ!」

「東名高速だ、わかるか?」


 東名高速って、東京と名古屋を結んでいる高速道路ということしかわからない。
 車が向かう先の道路標識には『名古屋方面』と書かれていた。


 どうしたらいいの。助けて、お兄ちゃん……


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Date:2013/11/04
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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