第151話 偽兄妹のつかの間の幸せ柊視点
――翌朝。
自室のベッドで目が覚めた。時計を見ると六時半。
ベッドに入った後の記憶がないくらいすぐに眠りについたようで、すごくすがすがしいいい目覚めだった。むしろ寝すぎた感もある。
ゆうべはひさしぶりにひとりで寝た。気楽なような気もしたけど、寂しさも大きかった。特に朝。手を伸ばしても何も触れない。これが普通だと思っていたのに、何か物足りない。
からからに渇いた喉を潤しにキッチンへ水を取りに向かう途中、リビングから和室を覗くと真ん中の布団に修哉が寝ていて左に悠聖が眠っているが、右に未来の姿がない。
「え? みら……」
「ん? おはよう。お兄ちゃん」
キッチンから未来が顔を覗かせた。
未来がいなくなったのかと思って焦って名前をつぶやこうとしていた。そのくらいの小さい声だったのに未来には聞こえてしまい、恥ずかしかった。
「耳いいんだな」
「うん、しゃべれなかった分、耳が発達してるみたい」
お湯を沸かしているのかやかんがシュンシュンいってるのが聞こえる。
キッチンに入ると案の定やかんが火にかけられていてその口から湯気が出てきていた。ピーッと音がなる前に未来が火を止めた。
「お兄ちゃんがもうそろそろ起きてくると思って沸かしておいたの」
「……お兄ちゃんって、俺?」
恐る恐る未来の横に立って訊くと、こっちを見てきょとんとした表情を見せた。
「どうしたの? お兄ちゃん?」
まだ未来は俺をお兄ちゃんと呼んでくれる。少しだけ気持ちが楽になり、くすぐったいような気持ちにすらなる。きっと今の俺はにへらとしまりのない顔をしていることだろう。
「悠聖くん、身体辛そうじゃなかった?」
コポコポと音を立ててコーヒードリッパーにお湯を注ぐといい香りが漂ってくる。
「少し眠そうだったかな」
「そうなんだ……でも起きたらよく眠っていてよかった。ほっとした」
未来が淹れたコーヒーを俺に手渡した。
いつものように俺のお気に入りの白いマグカップになみなみコーヒーを淹れてくれる。少し口をつけるとやっぱり気持ち薄いんだ。
これが未来のコーヒーで、うまくはないけど俺は好きだ。
「お兄ちゃん、たまには砂糖かミルク入れた方がいいよ。ブラックばかりだと胃がやられるから」
自分のマグカップのコーヒーにはミルクをどぼどぼ入れている。
砂糖もたっぷり二杯。それをうまそうに飲むと、俺の視線に気がついて未来がこっちを見た。
「ちょっと飲んでみる?」
「いや……いい」
「あ! 今、鼻で笑ったでしょ? おいしいからちょっと飲んでみてよ。ほら」
強引に未来のマグカップを握らされる。見るからに甘ったるそうだ。
薄茶色になったそれをじーっと見つめてから恐る恐る口をつけると、やっぱり甘くてコーヒーの味なんか全然しなかった。
未来が俺の様子を伺うように上目遣いで覗き込んで「おいしい?」なんて聞くもんだから、おかしくてつい笑ってしまった。
「おいしい、けどこれはもうカフェオレだよね」
「……そうなのかな?」
俺からマグカップを受け取って未来が首を傾げる。
そういったひとつひとつの動作がかわいくてずっと見ていたい。でも、もう見れなくなる。そう思ったら胸の奥がちくちくと針で突かれているような痛みを感じた。
「未来、今日携帯を買いに行こう。バイト前に少し時間あるだろう? S駅の駅ビルに十五時でいいか?」
「はーい」
未来が敬礼ポーズを取る。
おどけた動作もかわいくて、さらに胸が痛んだんだ。
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