空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 149

第149話 兄vs彼氏

柊視点




 悠聖は車の中で眠り続けていた。

 マンションについてもぼんやりしている様子。
 慣れていない酒を飲んで車中で眠ったから余計なのかもしれない。足取りも少しふらついている。

 家に入ってすぐにリビングに行くと、想像だにしない光景が目の前に広がっていた。


「おかえり」


 和室に敷かれた三つの布団の右端で横になっている未来の姿。
 その傍に寄り添うように修哉が未来の右側に座って優しく頭を撫でていた。俺達が帰宅して騒がしいだろうに、未来は気持ちよさそうな顔で起きる様子もなく眠り続けている。


「未来はどうした?」

「眠ってるだけだ。心配ない」

「何か、あったのか?」

「オレの手を離さないんだよ。未来ちゃん」


 修哉に困惑顔で言われて初めて気がついた。
 未来の左手が敷き布団のに置いてある修哉の左手をしっかり握りしめている。


「未来ちゃん、気がついたかもしれない。オレが本当の兄貴だってこと」


 修哉の言葉に愕然とした。とうとう来るべき時が来てしまった。
 隠していたわけだし、起きたら怒るかもしれない。いや、怒るだけならまだいい。すぐに嫌われるかも。そう思ったら気が重くなった。自分が蒔いた種だ。しかたがないだろう。


「柊はオレの父親が未来ちゃんを助けて死んだことを知っていたのか? そのせいで未来ちゃんがしゃべれなくなったことも」


 少しだけ怒ったような表情で、声をひそめた修哉が尋ねてきた。
 

「この前、初めて聞いた」

「なんで言わなかった?」

「いや、言おうと思ってた――」


 でも、そう言いかけてその次の言葉が出てこなかった。
 修哉の赤い目とわずかに揺れる眼差しを見て、これ以上何を言っても言い訳にしかならないと感じた。

 修哉には心配なことだけ先に確認をしたかった。


修哉おまえは未来を恨んでいるのか? 父親が死んだのは未来のせいだって」

「……いいや。この子は親父の形見だ。幸せにしたい」


 優しい眼差しで未来を見つめる修哉にホッとした。
 こんなふうに包み込むような暖かい目をする修哉を初めて見た。瑞穂を見る目とは違う、そうだ。家族を愛おしむような感じ。

 修哉がその視線を俺に移した時には優しい表情は消えて、とても真剣な目つきになっていた。


「柊、頼む。オレは親父のかわりにこの子を幸せにしないとダメなんだ。だから、この子が一番幸せになるようにしてほしい」


 修哉の頼みの意味が俺にはわからなかった。
 そっと未来の手を自分の手から離させて優しく布団の上に戻すと、修哉が和室からリビングへ戻ってきて俺の前に立つ。

 すると、徐に修哉が俺の足元へ土下座をした。

 一瞬何が起こったのかわからなかった俺はその修哉を見て、慌てて床にしゃがみ込んだ。頭を上げさせようと思ったのに修哉は額を床に擦りつけるようにしてびくともしない。この細い身体のどこにこんな力があるのだろうか。


「柊、一生未来ちゃんと一緒にいてやってくれ」


 搾り出したような修哉の言葉に絶句した。
 一生未来と一緒にいろって……だって未来には――


「なんだそれ?」


 リビングの入口からそう聞こえてきたのは悠聖の声だった。
 少し前のように足取りがふらついて酔っているふうではなく、むしろハッキリしている様子だ。この状況を見て酔いがすっかり醒めたのかもしれない。


「今の、どういう意味? 修哉さん、未来は僕の彼女だよ?」


 悠聖が俺達の方にゆっくり歩み寄ってくる。
 怒っているようにも見えるし呆れているようにも見えた。

 床に跪いている修哉の前に悠聖が立ちはだかって見下ろす。修哉は下から悠聖を睨みあげていた。


「それを言うならオレは兄だ」

「なっ!?」

 
 修哉がいきなり立ち上がりお互いの胸倉を掴み合う。止めに入るとふたり同時に俺を睨みつけた。
 なんだか一番損な役回りのような気がしたけど、俺が口出しをできる問題ではなかった。自分の彼女と自分の妹の問題、赤の他人の俺には全く関係ない。蚊帳の外に追い払われたようで、その事実が少し寂しかった。


「恋人の意見は無視かよ?」

「兄の許可なしに恋人だなんて認めねぇ!」


 こんな状況の中でも未来は眠り姫のように穏やかに眠っている。
 未来のために男ふたりがこんなにも揉めあっているのに。
 ……と、思ったら未来が少しだけ身じろぎして眉間にシワを寄せた。ふたりの声に反応を示している。


「おい、未来が起きちゃうからやめてくれ。ふたりとも」


 俺がひそひそ声で伝えると、ピタッとふたりの動きが止まった。
 お互い胸倉を掴み合ったまま未来を見つめている。気持ちよさそうな顔をして眠っていると思ったその時。


「――おと、さん」


 未来の小さな寝言が聞こえた。
 目元がうっすら光って見える。きっと本当の父親の夢を見ているのだろう。

 どうか夢の中では幸せであってほしいと願うことしかできない。
 多分その願いは三人とも同じものだったと、そう思わずにはいられなかったんだ。



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Date:2013/11/02
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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