空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 148

第148話 懐かしい香り

未来視点




 お兄ちゃんが悠聖くんの携帯に電話をしたら高崎さんが出た。
 悠聖くんは高崎さんの家にいるとのこと。ただお酒を飲んだらしく今は電話に出られないとのことだった。

 お兄ちゃんが高崎さんの家に迎えに行くと言うので、わたしも行くと言ったら修哉さんに止められた。


「未来ちゃんは行くな。ここでオレと待ってるんだ」

「……でも」

「君の心配はただの偽善でしかない。それに悠聖の気持ちを考えてみろ。好きな女に醜態を晒したいと思う男なんかいない」


 修哉さんにそう言われ、わたしは立ち上がることができなくなった。
 今のわたしは悠聖くんに会う資格がない。そう言われたわけではないけれど、そんなふうに感じた。修哉さんの言っていることは正しいと思う。だから何も言い返せなかった。

 お兄ちゃんが修哉さんに「未来を頼む」と告げてリビングを後にする背中を黙って見送る。
 そして、リビングにわたしと修哉さんが残された。



**
 


 ソファに座ってずっと同じことを考えていた。
 
 なんで悠聖くんは高崎さんにの家に行ったのだろうか。
 用があると言ったのは高崎さんの家に行くためだったと知って、なんとなく胸の辺りがもやもやした。自分のことを棚にあげてこんな感情抱くのは間違っているとは思う。だけどその思いに囚われてしまい、なかなか頭から離れてくれない。

 しかもなぜお酒なんか飲んだのだろうか。わたしはお酒を飲んだことがないからわからないけど、眠くなったり頭が痛くなるのかもしれない。さっき麻美もおいしそうにサワーを飲んでいたのを思い出す。帰りはお兄ちゃんの車の中で少しうとうとしていた。
 それに義父がお酒を飲んでいる時は怖い。触られるのはいつも酔っている時だ。だからお酒に対していやなイメージしか抱けないのかもしれない。

 ソファから立ち上がって隣の和室へ向かい、敷布団を並べて敷いていると修哉さんも来た。


「どうしたの? 未来ちゃん」

「悠聖くんが帰って来たらすぐ眠れるように布団を敷いておこうと思って……」

「三人で寝てるの? なんで?」


 眉をしかめて怪訝な顔をする修哉さんのその視線が痛かった。
 何かを言われたわけではないけれど、いけないことなのかもしれないとすぐに察知した。悠聖くんにとってもお兄ちゃんにとってもわたしのしていることは残酷なことなのかも。でも言い訳してもしょうがない。


「義父に虐待されてからひとりで眠れないんです」


 敷布団にシーツをかけていると、修哉さんが「えっ」と小さく声を上げたのがわかった。
 ふたりの時はずっとお兄ちゃんのベッドで一緒に寝てもらってたいたけど、悠聖くんがここに住むようになったから三人で寝るようになったことを説明すると「そうなんだ」と沈んだ声が返って来た。


「お兄ちゃんが真ん中で……」


 ふわり、と布団にシーツを舞わせると足元の方のシーツを修哉さんが被せてくれた。
 当たり前のように手伝ってくれたのがうれしかった。


「未来ちゃん」

「はい?」

「君の本当の父親は優しかった?」


 いきなり聞かれた内容にわたしは目を瞠った。
 修哉さんは今の父がわたしの本当の父親じゃないということを知っているんだ。きっとお兄ちゃんが話したんだろう。いろいろ巻き込んでしまっているし、申し訳ない気持ちになった。


「……優しかったですよ。すごく」


 わたしが答えるとなぜか修哉さんが笑った。


「あんまり記憶ないんじゃない?」

「ありますよ。命の恩人ですから」


 修哉さんの動きが止まる。
 それはかなり不自然に見えた。面食らったかのように身体が揺れたのがわかるくらい。


「それ、どういうこと? 命の恩人って?」


 少しの間があって、修哉さんがわたしに訊き返してきた。
 心なしか震えているように見えるけど気のせいなのだろうか。


「父がわたしを火の中から助けてくれたんです」

「っ! それはいつのこと?」


 なんでこんなに詳しく訊かれるんだろうか。
 実の父に関して修哉さんは全く知りえないことだし、知る必要もないはずだ。もちろんお兄ちゃんも。それなのにお兄ちゃんよりも深く修哉さんに訊かれるなんて不思議な感じがした。
 わたしが三歳の時と答えると、眉根にシワを寄せた修哉さんの顔がみるみる曇っていく。


「それでお父さん亡くなったの?」


 すごく難しそうな表情の修哉さんを見てわたしはうなずくことしかできなかった。
 なんでわたしの実の父のことを訊いてこんなにも辛そうな表情をするのか。
 今にも泣き出してしまいそうな修哉さんが、わたしの父を思ってこんなに辛そうにしてくれていることに、胸の奥が疼くような感覚がした。
 そしてなぜか、過去にこんなことがあったような……こういうのってデジャヴ、と言うのだろうか。よくわからない。
 

「お父さんの最期の言葉が……忘れられなくて」

「なんて……言ったの?」


 修哉さんが少し近づいてきてわたしの顔を覗き込む。
 その視線が揺れているように見えた。

 父の最期の言葉も、その言葉の有無すらもまだ誰にも教えたことがなかった。
 言ったら壊れてしまいそうな気がして、ずっと自分の中に大切に大切にしまい込んできた。

 でもなぜかわたしは父の最期の言葉の存在を、お兄ちゃんではなく修哉さんに教えてしまっていた。


 しばらく何も言わずわたしと修哉さんはお互いを探るように見つめあっていた。
 どちらが先に目を逸らすか競っているかのように。だけど、修哉さんの視線はわたしに絡むように固定されていて、到底かなわないような気がした。


「……誰にも言わないって約束してくれますか?」


 修哉さんがわたしを見たままゆっくりとうなずく。
 その強い視線から修哉さんの強い思いが伝わってくるようだった。
 この人は、もしかして――
 そんな思いが全神経を駆り立て、身体の中心から何かがせり上げてくるようだった。
 

「早く……行くんだ、未来……幸せになるんだ、って」


 過去を思い出して途切れ途切れの言葉にした時、わたしの目から自然に涙が零れた。
 あの時の思いが甦る。父の姿、熱い炎、立ち込める煙、息苦しさ。
 目を真っ赤にした修哉さんがゆっくりわたしに近づいてくる。その身体は小さく震えていた。


「未来ちゃんごめん。一回だけでいいから……抱きしめてもいい?」


 そう訊かれてビックリする間もなくわたしは修哉さんの腕の中にいた。
 ふわりと優しく抱き寄せられ、だけどその腕には力強い温もりが感じられた。


「そのショックで声が出なくなったの?」


 どうしたらいいかわからず少し身を硬くしたわたしの耳元で修哉さんの震えた声がした。
 その声がすごく悲痛なものに聞こえた。自然に身体から力が抜け、黙って一度だけうなずく。修哉さんの腕の中は暖かくて懐かしい香りがした。

 わたし……この胸を知っている。
 父の、ううん違う。その香りに似ているけど。柊さんとも違う、この腕の中は――


「……お兄ちゃん?」


 わたしの口から自然にそう出ていた。
 修哉さんは何も言わずわたしを守るように優しく抱きしめてくれている。

 気づいた時には吸い寄せられるように修哉さんの背中に手を回してしがみついていた。


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Date:2013/11/01
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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