第147話 あやまち?悠聖視点
遠くで僕の携帯電話の着信音が聞こえる。
でも身体が動かない。すごく眠くて瞼が開かない――
「――はい」
着信音が止まって女の人が対応した声がした。
誰かが僕の携帯に出た? しかも女の人の声……なんで?
「私、亜矢だよ……うん、あのねー」
……亜矢? 亜矢さんって看護師の?
ビックリして起き上がると、気づいた場所は真っ暗な部屋のベッドの上だった。
しかも僕はトランクス一枚の姿になっている。見回すと、壁のハンガーに僕の制服がかけてあるのがぼんやり見えた。なんでこんなことになってるんだろうか。
「悠聖くん? うちにいるよ」
そうだ、ここは亜矢さんの部屋だ。
話をするためにお邪魔して、ごはんをご馳走になって……ああ、頭が混乱している。
隣の部屋からが聞こえてくる亜矢さんの声が徐々に近づいてきて、ふすまが開かれた。隣の部屋の光が入り込んできて、あまりの眩しさに自然に目を眇めてしまった。
Tシャツに短パン姿の亜矢さんがこっちの部屋に顔を覗かせている。すらっとした美しい脚を惜しげもなく露出しているからつい視線を送ってしまい、慌てて逸らす。
僕だって一応健全な男子高校生だ。もう少し警戒心を持ってほしい、と思ったのと同時にいやな予感がした。
「悠聖くん、電話出られる? ああ、無理かも? 今、激しく混乱中。うん」
亜矢さんが僕の目の前に手のひらをかざして振りながら電話の相手と話し続ける。
僕はなんでここに裸同然で寝ていたんだろうか。少しクラクラして頭が重い。まさか、そんなことは……でも食後に少し話をして、その後の記憶が全くない。
「今から住所をメールで送る。うん、うん。了解。じゃあね」
電話を切ると共に亜矢さんが僕に背を向けて去って行ってしまった。
「亜矢さん! あのっ!」
バタンという音が聞こえ、すぐに亜矢さんが寝室に顔を見せた。寝室のふすま口からミネラルウォーターのペットボトルが飛んで来て、それをすかさず右手でキャッチした。
「ナイス! 若いから寝起きでも反射神経いいね。身体も柔らかいし」
寝室の入り口前に亜矢さんが胡座をかいて座り、豪快にミネラルウォーターを飲みはじめる。それは『男らしい』と言ってもおかしくない。
さっきよりラフで露出度の高い格好の亜矢さんをちらっと見て、悪い予感だけが頭の中をグルグルと駆け巡る。僕は一体何をしでかしたのだろうか。考えれば考えるほど恐ろしいけど、きちんと確認をしないといけない。
「あの……この状況って……」
恐る恐る訊くと亜矢さんはペットボトルを口につけたまま横目で僕を見ていた。
「なんだ。やっぱり覚えていないんだ。酷いな」
酷い!? 僕はやっぱり亜矢さんに何かしでかしたのか? 全身が凍る思いがして手が震えた。
取り返しのつかないことをしていたらどうしよう。仮にも目の前にいる人は兄貴の恋人だ。
「大変だったんだからぁ。話しながら私が飲んでいた焼酎を少し目を離した隙に悠聖くんが一気飲みしちゃって……『もっと飲ませろ!』ってさぁ。酒癖悪いんだから」
それを聞いて愕然とした。酒癖って、未成年だし! って心の中でツッコミ。
全身の血がさーっと引いていく感じがして、さらにクラクラしてきた。迷惑をかけてしまった申し訳なさと記憶のない罪悪感と醜態を晒した羞恥心が一気に押し寄せてくる。
「本当は飲ませたくなかったんだけど、聞かなくてさー。ベロベロに酔って床に眠っちゃったからベッドに寝かせたってわけ」
「……すみません」
「制服は脱がせたけど何もしてないから」
「僕、亜矢さんに手を出したりとか……」
「しないしない。ベッドに横にしたら大人しいもんよ」
はー! よかったぁぁぁぁ……心から安堵のため息をついた。
酔った勢いで手を出していたらもう、本当に取り返しがつかなかった。
視界がぼやけていて、手のひらで顔を擦ると眼鏡をしていないことに気づいた。そこまでしないと眼鏡をしていないことに気づかないなんて、まだ少し酔っているのかもしれない。
「でも制服は着ておいた方がいいかも。柊さん来たら誤解を招くから。私も着替えておこう」
「兄貴ここに来るの?」
「うん、君を迎えに……ね」
**
それから約二十分くらいで兄貴が亜矢さんの家に来た。
亜矢さんに促され兄貴が部屋に上がってきた時は怒鳴られるかと思った。でも兄貴は怒鳴るどころか、心配そうな顔を僕に向けた。
「悠聖がご迷惑をおかけして……」
「別に迷惑じゃないわよ。お酒飲んじゃった時はビックリしたけどね。柊さんも座って」
兄貴が促され僕の右隣に座って横目でこっちの様子を伺っているようだった。
紅茶を出された兄貴が軽く頭を下げる。
「まぁ今回は私が目を離した隙だったから許してあげて」
申し訳なさそうに亜矢さんが頭を下げた。
兄貴が来る前に短パンをサブリナパンツに履き替えていた亜矢さん、隙がない。
「いや……本当にこちらこそ申し訳ない」
兄貴が深々と頭を下げた。
僕は急に何か違和感を覚えた。そうだ。
「未来は?」
「家にいる」
「ひとりっきりにしてるの!?」
「修哉がうちにいるから大丈夫だ」
お互い目を見合わせず話している。なんとなく顔を合わせたくなかった。
修哉さんがうちにいるのか。未来がひとりじゃなくてよかった。
「おまえをすごく心配している」
兄貴がボソッとつぶやいた。だけどそれがわざとらしく聞こえてしまって腹が立つ。
出された紅茶を少しだけ飲むと、暖かくてほんのりと甘い香りに気持ちが少しだけ落ち着いた。亜矢さんを見ると僕に笑いかけている。
「未来ちゃんはいつも心配されているのね。うらやましいな」
亜矢さんがくすくすと笑った。
それは本当に楽しそうに、でも何となく皮肉にも聞こえたのは僕の心がすさんでいるせいなのかもしれない。
その後すぐ、気まずいまま僕と兄貴は亜矢さんの家を後にした。
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