空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 146

第146話 消えた弟

柊視点




 家に着いたのは二十二時をまわっていた。玄関を開けると真っ暗で、人のいる気配がない。


「まだ悠聖くん帰ってきてないんだ……どうしたんだろう」


 未来が心配そうにつぶやく。この時間に帰ってきていないのはおかしい。実家に帰っているのならいいんだけどそれならそれできちんと連絡してくるはずだ。そういうところはきっちりしている。と、いうことは実家には戻っていないのだろうか。


「もう少ししたら兄ちゃんが連絡してみるから未来はお風呂に入りなさい」


 そう言うと未来は素直に浴室へ向かって行った。



**



「修哉、今日はありがとな」


 リビングのテレビ前のソファに座っている修哉にコーヒーを出すと、ジャケットを背もたれに無造作に引っ掛けてコーヒーを口にした。


「いや、無事で何より。未来ちゃんいつの間にしゃべれるようになったんだ? ビックリしたぞ」

「あ……言ってなかったか。あの雷のすごかった日……二日前?」

「おまえが未来ちゃんとホテルから出てきた前日ってこと?」


 鋭く指摘され、口ごもってしまう。まだ修哉に言ってなかったことを思い出して少し後ろめたかった。修哉の父親のことも含めてだ。


「あの雷雨の日、おまえと未来ちゃんの間に何があった?」


 コーヒーカップをテーブルの上に置いて俺を見る眼差しは真剣だった。
 ちゃんと修哉に言うつもりだったことだ。ただ言いそびれていただけ。俺は小さくため息を漏らして口を開く。修哉の前でもずっと自分の気持ちを否定し続けてきていたからかなり言い辛かった。


「未来に……キスした」
 
「さっきも車でしてたじゃねーか」


 そう意を決して白状したつもりだったのに、驚いたような表情の修哉がからかうように笑いだした。


「おまえ見ないって言ったくせに!」

「見てない、ってか見えちゃっただけだって」

「額じゃなくて、唇にキスしたんだ」

「未来ちゃんの?」


 うんうんと二度うなずくと、修哉がうんうんと俺の真似をするようにうなずいた。
 と、いうか未来以外の誰と俺がキスするんだって話だ。「ふーん」とうなりながらニンマリと微笑む修哉が少し恨めしい。


「まぁ、気づいていたけど。おまえの気持ちはもとより、未来ちゃんの気持ちも」

「……はぁっ? なんでおまえが気づいてるんだよ?」


 思いきり驚いて座っていたソファから身を乗り出すと、修哉がバカにしたように笑った。腹を抱えて楽しそうに、全く他人事だと思って……殴ってやりたい心境になった。おかげで多少気が楽になったが。

 俺の未来に対する気持ちには気づかれていた自覚はある。だけど未来の気持ちまで気づかれているとは思いもしなかった。俺が退院してきた日、悠聖と未来を『ラブラブ』だと揶揄したのは他でもない、目の前の修哉だ。


「いや、あの子わかりやすいだろ? お兄ちゃんお兄ちゃん言ってるし……って言うかおまえのために父親のところへ捨て身で行った時点で気づけよ。おまえに何も言わず行ったんだ。健気じゃないか」


 思い出したら胸がツキンと痛んで言葉が出なかった。
 俺のためにあいつの元へ行った未来を思うとかわいそうなことをしたと後悔しか生まれない。修哉に言われて自分の鈍感さに腹が立った。


「キスしかしてないのか?」

「してない……って言うか、できない」

「ホテル行ったのに拒まれたのか?」


 コーヒーを飲みながら修哉がニヤつく。
 後ろから頭をはたいてやりたい気持ちになる。


「ああ、そうだよ。悪いか」

「マジで? なんで? こんなふうに言うのは気が引けるけど、あの子初めてじゃないだろ?」


 からかうつもりで聞いたのに図星で驚いた様子の修哉が気まずそうに小声になっている。
 同じ家に本人がいる、入浴中とはいえ絶対に聞かれたくない会話だから必然的にそうなってしまうのもわかる気がした。


「未来は悠聖を選んだ」

「はぁ!? おまえそれ納得したのか? なんでだよ?」


 リビングに響くくらい大きい声を修哉が上げる。今までの小声が嘘みたいだ。
 しかもいつになく真剣な顔つきで食いついてきた。


「なんでって……未来の気持ちわかるから」

「どんな気持ちだよ?」

「悠聖を傷つけたくないって気持ちだよ。決まってるだろ?」


 リビングの入口をチラリと見る。
 まだ未来は風呂からあがってきていない様子だ。


「バカか? おまえら」


 修哉がうなるような大きなため息を吐いた後、しばらく沈黙が続いた。
 肝心の修哉は怒ったようにコーヒーを飲んでいて、声をかけづらい雰囲気だ。こんなこと初めてで、どうしたらいいかわからずにいた。その口火を切ったのは修哉だった。


「未来ちゃんは、おまえとキスして話せるようになったのか?」

「……したからって訳じゃないと思うけど、その後、急に声が出た」


 あの時の状況を思い出しながら伝える。
 そう、あの時は俺が未来にキスをして何かを唇で伝えようとした時、声がふと出たって感じだった。


「まぁ、正確には俺がキスして好きだって伝えた後だけど」


 結構大きな音を立て、修哉がコーヒーカップをテーブルに置いた。
 その音の大きさに一気に頭の中がクリアになったような気がする。どうやら俺は少しぼんやりしていたようだ。


「それってやっぱりきっかけだったんだろ? 未来ちゃんにとっては柊とのキスと告白がうれしくて解放されたと言うか……」

「……おいおい、そんな非現実的な」

「実際そうだったんだから現実だろ?」


 修哉が身を乗り出し、俺に噛みつきそうな勢いで言い放った時、リビングの扉が開いた。
 髪をバスタオルで拭きながら水色のTシャツに紺色の膝上のスパッツみたいなのを履いた未来がリビングに入ってくる。


「……どうしたの?」


 俺と修哉が一斉に未来を見たから少し驚いた様子で目をぱちくりさせている。
 いつもと違う俺らの雰囲気を察したのか、少し後ずさりしてリビングを出て行こうとしている様子。


「未来ちゃん、ここに座りなさい。柊はここ」


 それをすかさず修哉が止め、自分の左隣のソファの空きを叩く。
 自分が座っていた場所を俺に勧め、未来とソファに隣同士に座らされた。修哉は俺の右斜め前のひとり用ソファに座り直す。そこは今まで俺が座っていた場所だ。なんだろう。この説教部屋みたいな状況は。


「おまえら、悠聖に本当のこと言え」


 いきなり発せられた修哉の言葉に面食らってしまう。
 何を言うのかと思えば……そうしない理由を今述べたばかりなのに。


「おまえらふたりで悠聖を騙しているんだぞ!」


 キッパリと低い声でなおかつ強い口調の修哉のその言葉は俺の胸を深く抉った。
 横目で未来を見ると驚いたような困惑顔をしている。

 騙している、その言葉に動揺を隠せなかったのだろう。俺もそうだからわかる。


「悠聖を傷つけたくない? そんなのてめえらの偽善だろうが」

「っ!!」


 未来の呼吸音がはっきり聞こえた。
 こんなにも怒った修哉を見るのは初めてだった。

 悠聖のために気持ちを封印したことだった。だけど結果的にはあいつを騙していることになる。

 修哉の言葉にハンマーで強く頭を殴られたような衝撃を受けた。それは怒りにも満ちているようにも聞こえたし、親切で言ってくれているようにも感じた。そしてちゃんと悠聖のことも思いやっている。


「それでおまえらは満足かもしれないけど悠聖はどうなる? たとえば人づてに知ったりしたら……もっと傷つくだろうし、あいつは勘がいいからもう気づいているかもしれないぞ」

「……え?」


 時計を見ると、すでに二十三時をまわっているのに悠聖からの連絡はなかった。



→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/10/31
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/268-528ece62
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)