空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 145

第145話 兄の片想い

未来視点




「これで納得したか? 金子」


 わたしのことを『好き』と言ってしまったお兄ちゃん。
 否定してほしかったのに、なぜ肯定してしまうの。もう誤魔化しようがない。

 それとも、最初から誤魔化す気なんてなかった。

 だから麻美を挑発するような発言をし続けたの? お兄ちゃんが何を考えているのかさっぱりわからないわたしは不安でいっぱいだった。


「柊先生……マジで言ってるの? 未来は弟の彼女だよ? わかってるの?」

「ああ、わかってる」


 わたしはお兄ちゃんと麻美のやり取りをまるで他人事みたいな気持ちで聞いていた。
 麻美が運転席と助手席の背もたれを掴んで、身を乗り出してきた。はぁっと麻美が大きいため息を漏らし、わたしの髪が少し揺れて頬をくすぐる。


「なんなの? いくつ年が違うと思ってるの?」

「年とか関係ないと思うけどなーだってさ、君だって柊のこと好きなんだろ?」


 ぼそっと修哉さんがそうつぶやいて、わたしは驚きを隠せなかった。
 麻美がお兄ちゃんを好き?


「――はぁ? おじさんは黙っててよ」

「おじさんはひどいなぁ。柊と同い年だぞ。それにさ、年下が年上を好きになるのは問題なくて逆はダメっておかしくない?」

「何言ってんの? あんた?」


 少し後ろを振り返ると修哉さんが意気揚々としていて麻美は真っ赤な顔をしていた。
 今にも修哉さんに噛みつきそうな勢いの麻美。こんなに動揺している麻美の姿は初めて見たかもしれない。


「あんたも未来が好きなの?」

「いや、オレは別に……ってかあんたって言い方、年上だぞ」

「ははっ」


 修哉さんと麻美のやり取りにお兄ちゃんが運転しながら声を上げて笑った。
 それに腹を立てた麻美の顔がさらに真っ赤になってゆく。修哉さんが言ってることが図星だからこんなにムキになっているのかもしれない。そう思ったらどうしたらいいかわからなくなっていた。

 海斗くんのこと、そしてお兄ちゃんのこと。

 わたしは麻美に嫌われているのかもしれない、そう思った。


「何がおかしいの? 柊先生!」

「気を悪くしたなら謝る。ごめん」


 それでもお兄ちゃんは笑いを堪えながら運転をしていた。
 なんでこんなに普通に冷静でいられるの? あの画像だって公表されたら絶対に教師でいられなくなるのに。


「私は柊先生のことなんて好きじゃないわよ!」

「はいはい。じゃ、なんでそんなに未来ちゃんに絡むの? 柊が好きだからホテルから一緒に出てきた未来ちゃんが許せないんじゃないの?」

 
 修哉さんの落ち着いた分析に三人が絶句した。
 しかもお兄ちゃんの口からは小さく「そうか」と聞こえた。頭に血が上っている麻美には聞こえていなかったようだけど、わたしの耳にはバッチリ届いていた。


「何言ってんの? あんたいい加減なこと言わないで!」

「いい加減? そうかなあ?」

「修哉もやめろ。大人げないぞ」


 くっくっと含み笑いしながら修哉さんを止めるお兄ちゃんの態度は逆に麻美の怒りを増長させてしまうのではないかとヒヤヒヤしてしまう。ふたりで息を合わせて麻美を煽っているように見えるのはわたしだけなのだろうか。


「だって麻美ちゃんは援交が危ないことだって知ってるはずだし、ね」


 そうつぶやいた修哉さんを見ると、意地悪そうな笑みを麻美に向けていた。
 今までの怒りが嘘のように引き、麻美の表情が見る見る間にバツの悪そうなものに変化してゆく。


「どういうことだ? 修哉」

「さっきオレが手を引いて連れてきた時、麻美ちゃん言ったよね。『ホテルはいやだ』ってさ」

「やめてよ!!」


 麻美の金切り声が車中に響く。それが酷く悲痛な叫びに聞こえた。
 胸の奥が冷えたような気持ちになって、さっきの恐怖が少しだけ甦ってきた。指先が冷たく感じる。


「麻美ちゃん、ホテルに連れ込まれそうになったことあるんじゃない?」


 麻美が修哉さんを睨みつけている。
 確かに……そうじゃなきゃあんなこと言わないだろうし、知りえないことだろう。


「あるのか? 金子」


 赤信号で車を止め、お兄ちゃんが尋ねると麻美は観念したように顔をしかめた。


「……ある。二対二だと、だいたいかわいい方の子がホテルに誘われる。未来とだったら絶対自分は安全だと思ったから……」

「――ふざけるな!! 二度とあんな真似するな! 未来を恨むのはお門違いだ!」


 ハンドルを握りながら怒鳴り声を上げるお兄ちゃんの手が震えていた。
 本気で怒っているってすぐにわかる。こんなに激情したお兄ちゃんを見るのは何度目だろうか。全てわたし絡みの時だと思ったら申し訳なくなる。わたしのためにこんなに一生懸命に怒ってくれるなんて。

 お兄ちゃんが小さな声で麻美の名を呼ぶ。そして「よく聞け」と――

 急に神妙な面持ちになったお兄ちゃんがわたしは怖くてしょうがなかった。
 また爆弾発言をするんじゃないか、と。さっきからお兄ちゃんはわたしが望むことと真逆なことばかり言い続けている。

 そしてその予感は間違っていなかった。


「俺の片想いなんだから、未来には関係ない」


 その発言にわたしの全身の力がガクリと抜けた。
 違う、そうじゃないと否定しようとした時、お兄ちゃんが鋭い目でわたしを睨みつけた。その唇が『黙ってろ』と動く。『だって!』とわたしも負けじと唇を動かすと、お兄ちゃんは小さく首を横に振った。

 目の前の信号が青になり、車が走り出す。


「ホテルだって雨でびしょ濡れになったから入っただけで何もしてない。俺が連れ込んだだけだ。未来は巻き込まれただけ、いい迷惑だったな」


 ははっとお兄ちゃんの声が車中に響き渡る。
 そんなお兄ちゃんの顔をわたしは見ることができなかった。

 

**



 麻美の家に送り届けてからお兄ちゃんと修哉さんは運転を代わった。
 修哉さんに後ろに乗るよう促されたお兄ちゃんとわたしは素直に従う。


「オレ、何も見てないから、いないもんだと思って好きにしてろ」


 修哉さんがサングラスをかけて車を走らせた。


 もしかして修哉さんはわたし達の気持ちに気づいているのかもしれない。
 お兄ちゃんの片想いじゃない、わたしもお兄ちゃんのことが好きだって。だからこうしてふたりの時間を作ってくれようとしているとしか思えなかった。

 そう思ったら安心して、無言でお兄ちゃんの左胸に頭を寄りかけた。
 修哉さんだけでも本当のことを知ってくれている人がいて少しだけ気が緩んだのかもしれない。お兄ちゃんがわたしの左肩をしっかり抱きしめてくれた。


「未来……」


 頭の上でお兄ちゃんの、わたしの好きな声がする。
 お兄ちゃんの鼓動が伝わってくる。トクン、トクンと規則的なその音を聞いているだけでひとりじゃないって思えて落ち着いてくる。


「ごめんね……お兄ちゃんだけ悪者にして、わたしが悪いのに……」

「未来は悪くない。兄ちゃん間違ったこと言ってない。俺の片想いだ」


 わたしの頭にお兄ちゃんの頬が寄りかかったのがわかる。
 お兄ちゃんの片想いなんかじゃないのに……みんなわたしがまいた種。わたしのせいだ。

 左手でお兄ちゃんのワイシャツの右胸辺りをギュッと掴むと、そこに暖かい手が重ねられた。包まれた手の甲が温かくて、お兄ちゃんのワイシャツの胸がわたしの涙で滲んでゆく。胸が苦しい……苦しいよ。


 お兄ちゃんの手がわたしの前髪をかき上げるのをじっと見つめていた。
 ゆっくりお兄ちゃんの顔が近づいてきてそっと目を閉じると、額に柔らかい唇の感触がした。

 それだけでわたしの心は満たされていた。

 さっきまでの怖い思いなんてどうでもよくなっていたんだ。


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Date:2013/10/31
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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