第143話 買ってくれるの?柊視点
聞き覚えのない男の声。
そこから流れてくる内容に思わず俺が声を上げると修哉が「しっ」と自分の唇に指を当てた。
四人の視線が修哉の持っているボイスレコーダーに向いている。
『オプションでキスさせてくれたら一万払う……そのかわいいお口でしてくれたら二万払う。ついでに下着も買うよ』
男の声が続く。なんだこれ?
修哉を見ると、向こうもうなずいて俺を見ていた。
『……やだ』
次に聞こえてきたのは未来の震えた小さな声だった。
助手席の未来に視線を向けると口元を両手で隠し、声をあげないよう俯いて震えている。
『やめ……て』
ボイスレコーダーから流れる未来の悲痛な泣き声を聞いて金子の顔が曇っていく。
そこから流れてくる会話は、男が未来の身体を金で要求する内容もの。それを必死に拒絶し続ける未来の涙声。
さっきから何を言っているのだ、この男は。
小遣い稼ぎで身体を売れ、と未来に言っているということに今気づき、かあっと頭に血が上る。どっちの男だろうか。背の高い方か、それともがっしりした方の男か。そんなどうでもいいことを考えていた時。
『……お兄ちゃ……助け……』
「っ!」
俺を呼ぶ未来の泣き声が修哉の持つボイスレコーダーから流れ出し、なんで自分がその場にいなかったのか後悔した。こんな男殴り倒してやりたい、そう出来なかった自分が不甲斐ない。
隣の未来を見ると両手で耳を塞いでカタカタと震えていた。
「修哉! もういい、止めろ!」
俺の声で修哉がボイスレコーダーを止め、車内に沈黙が流れた。
それと同時に未来の小さな息遣いがゆっくりと落ち着きだす。怖い思いを甦らせてしまったことに修哉も表情を曇らせた。それを意図したことではないことはわかっているが……
「仕事用のボイスレコーダーが役に立つとは思わなかった。さっきのサラリーマンが暴れたら黙らせようと思って録音しておいたんだ。まあ、それで未来ちゃんを助けるのが少し遅れたんだけど……君、これを聞いても少しも危険じゃないって言える?」
諭すように修哉が語りかけると金子が借りてきた猫みたいにしゅんとなった。
未来は俯いたままだった。まだ小さく震えているその身体を抱きしめて宥めてやりたい気持ちになったが、そんなこと今、ここでできるはずもない。
「柊先生、これ学校にチクるんでしょ?」
今にも泣き出しそうな金子がそんなことを気にしていると知って残念な気持ちになった。今は援助交際がどんなに危険なことなのかちゃんと考えてほしかったのに。
「言わない」
「嘘!」
「金子、金に困ってるのか?」
ビクッと身体を硬直して、上目遣いで俺を見据えた。
「なに、急に……?」
「いや、金に困ってなかったらこんなことしないだろうと思ったから。ほしいものでもあるのか?」
学校では比較的真面目な方だと思う。学級委員を引き受けるくらいだ。
メイクをして登校してきたりは今時の高校生だとは思うが、その理由くらいしか思いつかず、躊躇いつつ聞いてみると金子のふふっと笑う声がした。今までの泣き出しそうな表情とは真逆で勝ち誇ったように口元がクッとあがる。
「困ってたらどうなの? 柊先生が私を買ってくれちゃったりするの? 柊先生ならいいけど?」
「――バカ言うな」
いつも以上に短くした制服のスカートの裾をひらりをはためかせ白い脚を大きく組み、腕を組んだ。かっこつけているつもりなのだろうか。それとも虚勢を張っているつもりか。呆れてため息も出ない。
「やっぱり先生っておカタイ職業だよね……」
バカにするような金子の態度に少し腹が立った。
先生だから、と職業でカテゴリーされるのは気分が悪い。
「金子は俺の生徒だから無理だけど……」
怪訝そうに眉をひそめる金子の顔をじっと見つめる。
次に言う言葉を思い、教師失格だよなと自嘲の笑みを浮かべてしまう。だけどやめる気なんかなかった。
「未来は俺が買う。いくらだ?」
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