第142話 残された証拠柊視点
今日ほど未来を尾行してよかったと思った日はなかった。
考え直してみると、一昨日前もそう思ったかもしれない。
最近未来の尾行ばかりしている自分に気づき嫌気が差した。これじゃある意味ストーカーだと思う。だけど未来が心配でどうしようもないんだ。あの子を信じていないわけではない。でも人一倍気を遣う子だということはもうわかっている。
だからこそ、こうして自分のしていることに首を傾げながらも強引に自己解決して行動するしか手段がなかった。
図書館からS駅に向かう未来について行くと、待ち合わせの相手は金子麻美だった。
まさか金子と待ち合わせしていたとは思わなかった。友達とは言っていたが、そんなに親しそうには見えなかった。小学校の卒業アルバムを見せてくれた時から俺はそう思っていたのだが、気のせいだったのだろうか。
券売機の柱の陰にそっと隠れ、ふたりに近づいてその会話を盗み聞きする。
「A駅だよ。有名じゃない。知らないの?」
金子が呆れたような口調で未来に言ったのが聞こえた。
A駅といえば、女子高生がたむろしている援交場として有名な場所だ。未来は本当に何も知らないのだろうか。聖稜では校内でそういう話題になったりはしないのかもしれない。
ウチの学校ではかなり有名な話だ。職員会議にでも議題で登場するくらいで、我校の生徒がいないか教員が交代で巡視に廻ることになるかもしれないとまで話は持ち上がっている。本決まりになったらかなり厄介だと思っていたくらいだ。
バレないようにふたりから少しだけ離れて修哉に電話すると、待ってましたと言わんばかりにすぐに出た。ふたりの後を追いながら小声で修哉に伝える。
「修哉? 今すぐA駅まで頼む。俺も今から電車で向かう」
『A駅? ラジャー! 未来ちゃんを見失うなよ』
見失うもんか……見失ってたまるか。
何をしにA駅へ? 間違っていなければ目的はひとつだけど、でもなぜ未来がそんなことをする必要があるんだ。小遣いがないわけじゃないだろう。あの子は真面目にバイトをしている。
普通に考えたら可能性はひとつ。金子に誘われた――
自分の生徒が援助交際とは考えたくなかったが、ひとつの可能性として視野に入れておく必要がある。
いやなことに首を突っ込まなければならない現実に気が重くなった。
**
A駅に着くと噂通り結構な数の女子高生グループ、そしてサラリーマン。
双方の目的は援交だろうけど、ここにいるサラリーマンがみんな彼女達を狙っているとはあんまり考えたくなかった。高校教師としては特に、他校の学生であろうと自分の生徒を食い物にされているみたいで虫唾が走る。
未来と金子にバレないようになるべくこっそり噴水に近づいた時、近くに人の気配を感じた。
「ねぇ、そこのお兄さま。私と遊びませんかぁ?」
白いセーラー服にロングへアの女子高生で、化粧をバッチリしていた。
この制服は、聖女館(超お嬢様学校)の生徒じゃないか。あ、でもよく見ると結構かわいいかも、って違うし! これがウワサの逆ナンパだろうか(死語か?)
「お兄さま、私のタイプなんですぅ」
「わ、悪いけど他当たって」
本当はすぐに帰りなさいと言いたいところだったが、素性をバラして
大事になるとやっかいだ。
「えぇー! そんなツレない」
「女子高生目的でここ来てるわけじゃないから」
「じゃなんでここにいるんですかぁ?」
納得いかないと言わんばかりのお嬢様女子高生に話しかけられているうちに未来が男に声をかけられているのが見えた。まさかと心の中で否定し続けていたけど、やっぱり援交しようとしているのだ。でもなんで――
「お兄さまったらぁ!」
女子高生に右腕を掴まれた。うわ、積極的すぎる。
その手をそっと外すと、ムッとした表情をして上目遣いで睨みつけられた。
「悪いけどさ、こんなことしていないでお家に帰りなさい」
小さな声で耳打ちをすると驚いたように目を見開き、唇を尖らせて去って行った。
最初からこうしておけばよかった。やれやれ、と未来達の方を見ると今座っていた場所からふたりの姿が消えていた。
慌ててまわりを見渡すと、大通りの信号を渡ろうとしている未来と金子とサラリーマン風の男ふたりを見つけた。しかもサラリーマンふたりに挟まれるようにして歩いている。そのまま目の前のビルに入っていった。
下からビルの看板を見上げ、六階のカラオケが最有力候補と睨む。
その他は居酒屋やファストフードの店の看板しかない。まさかファストフードとは考えにくい。入る前に止めようと思ったのに、間に合わなかったのが悔やまれた。
すぐに修哉と合流し、今見た旨を話すと『車で待機してろ』と言われた。
自分が中に入るつもりだったからその提案には乗れないと言うと、俺は金子に面が割れているから出て行かないほうがいいと諭される。確かに自分の教師に現場を押さえられたら金子もいたたまれないだろう。
未来が心配なのはわかるけど、と付け足されて冷静さを欠いている自分に気づかされた。修哉に来てもらって本当によかったと思う。
A駅の傍にある大きな公園を待機場所に指定された。修哉はこの周囲をよく営業で回っていて、コインパーキングの場所も熟知していると言う。心強い味方だ。
「おまえは未来ちゃんに電話をかけ続けろ」
そう言い残し、胸ポケットからサングラスを取り出した修哉がビルの中に消えて行く。
修哉に赤いテディベアのキーホルダーがついた車のキーを預けっぱなしにしていたのを思い出したが、スペアキーを持っているので問題はない。ポケットを探ってもあのキーホルダーが指先に触れないことが妙に寂しく感じた。未来と金子が無事でいることを祈るしかない。
俺は車で待機し、未来にコールする。すると電話に出るも、未来は途中で電話切ってしまった。それでもしつこくかけ続けてやる。中に飛び込みたい気持ちを押さえるのに必死だった。
修哉がふたりを確保し、公園の傍まで来たけどひとり暴れてると応援要請をしてきた。
車を降りて公園に向かうとちょうど未来が逃走する後姿が見え、それを必死で追いかける。
肝心の未来は追いかけてきたのがまさか俺だとは思わなかったようで、捕まえると全力で暴れた。そんな未来を抱きすくめながら無事でよかったと安心したんだ。
**
未来を連れて修哉が待つ車に戻ると、後部座席に修哉と金子と一緒に座っているのが見えた。
ビルの前で車のキーを回収しなくてよかったと思った。そうじゃなかったらこのふたりは車の外で押し問答していたに違いない。金子は観念したようで大人しく修哉の左側に座っている。
「待たせた、悪い」
助手席の扉を開けて後部座席のふたりに声をかけた。
修哉がサングラスをかけたまま俺に手を上げる。
「柊先生!? なんでここに?」
金子が怒ったような驚きの声を上げた。
すぐに助手席から身体を出して未来をそこへ押し込むと、乗りながら「すみません」と修哉に詫びるのが聞こえてきた。
「あんなごつい男についていってほしくなかったよ。オレ、いつ殴られるかヒヤヒヤもんだったんだから」
「なに? この男未来の知り合いだったの? どうなっちゃってるのよ」
「それは俺が聞きたいんだ。金子」
運転席に座って後部座席の金子を見据えると、一瞬警戒したように身を縮めて唇を噛みしめた。
「なんでこんなことをしたのか聞きたい」
「柊先生には関係ない!!」
「関係なくない! なんでこんな危険なことをしたんだ!」
思わず大声を上げてしまい金子がビクッとした。普段声を荒げたりはしない俺を見ているからだろう。
噛みしめていた唇を尖らせ頬を膨らませる様はまだまだ子どもだと思った。
「危険じゃないもん……今まで危険な目になんか遭ったことないもん」
今まで、ということは何度か援助交際の経験があると認めたことになる。
自分の生徒がこんなことをしているなんて思いたくなかった。まさかこんなに身近な生徒がと思うと頭を抱えたくなってしまう。
「君さ、これ聞いてもそう言えるかな?」
修哉がポケットから何かを出し、カチッという音と共にそれから雑音のような何かが聞こえてきた。
それがボイスレコーダーだとわかるのにそう時間はかからなかった。
『じゃ一回五万で、バージンなら上乗せ二万』
くぐもった男の声がそこから聞こえてきたから。
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