空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 138

第138話 初めての経験

未来視点




 十九時に急いで図書館を出て駅に向かう。
 
 仕事中に麻美から『バイト終わったらすぐS駅前に来て』とメールが来ていた。
 昨日約束していたからわかっていたけどわたしが来ないと思ったのかもしれない。わたしには拒否権がないことを麻美はわかっているはずなのに。  

 図書館からS駅は最寄だけど普通に歩いたら十分近くかかるので小走りで向かった。


「未来! こっちだよ」


 券売機の前に麻美が立ってこっちに大きく手を振っている。

 横溝高校の制服は夏服のブラウスがセーラー服っぽくてかわいい。紺色ベースのチェックのプリーツスカートも爽やかな感じだ。聖稜はブラウスに襟元の赤いリボンと冬服と同色の茶色ベースのギンガムチェックのプリーツスカートだからつまらない。どうみても横溝高校の制服の方がオシャレだ。だけど今日はそのほうがいいと思った。


「……どこまで行くの?」

「A駅だよ。有名じゃない。知らないの?」


 路線図を見るとS駅からA駅はうちと逆方向で五つ目だった。
 初めて行く駅だし、有名なのも知らなかった。首を振ると、麻美が大きなため息をついて「相変わらず真面目だね」と揶揄るように笑われた。

 いつもと逆の電車に乗るのは不思議な気分だった。
 どんどん見覚えのない風景に運ばれていくことに不安が募る。大げさだけどもう戻れなくなってしまいそうな気がしていた。


「未来名前どうする? 本名でいいわけ?」


 麻美がコンパクトで自分のまつ毛の上がり具合をチェックしている。
 普段後ろで一本のポニーテールにしている髪を、今日はサイドでツインテールにしている。いつもよりかわいらしい雰囲気だ。


「麻美は?」

「私? くるみちゃん。未来も私を呼ぶ時『くるみちゃん』って呼ぶんだよ。間違っても本名言わないでね」


 くるみ……間違いそう。なるべく麻美自体を呼ばないようにしないと危険だ。今から麻美はくるみちゃんだと思っていてもすぐには頭にインプットされない。


「未来は……『ミキ』でいいんじゃない? 読めるし」


 とりあえずなんでもよかった。
 呼ばれたら振り返ることを忘れなければ。今からわたしは『ミキ』だと自分に言い聞かせる。



**



 A駅の東口に出るとバス停のロータリーと大きい噴水がある。
 その噴水の周りに女子高生達が何人かグループでたむろしていた。こんなに女子高生が集まる駅、初めて見た。まるで何かのイベントでも行われるかのようだった。ある意味イベントなんだろうけど。


「ほら、みんなあんな感じでいるのよ。サラリーマン争奪戦って感じ?」


 楽しそうに笑いながらその子達を麻美が指で示した。
 噴水から少し離れた喫煙所や街路樹の近くにサラリーマン風の男の人がたくさんいるのが見える。数人のグループだったり、ひとりだったり様々。


「あの人達はみんな物色しているのよ。とりあえず私達も行こう!」


 麻美に手を引かれて噴水の近くに向かう。もう後戻りはできない。

 昨日麻美に耳打ちされた内容はいわゆる『軽い援助交際』だった。
 それにつき合えば、お兄ちゃんとの画像もホテルから出てきたことも誰にも言わないと交換条件を出されたのだ。

 麻美がさっき言った『有名』は、この駅が援助交際の誘い場のメッカでという意味でだ。
 麻美は何回もこのプチ援助交際(と、本人から聞いた)をやっているらしい。エッチはなし、一緒に食事やカラオケに行くだけでいいと言われた。それでもすごく不安だ。男の人とお兄ちゃんや悠聖くんとしかまともに接していないから。

 昨日の夜うなされたのはこのことに対する不安があったからかもしれない。


「こっちは一銭も払わないで食事ができてカラオケができるんだよ。オイシイ」

「わたし、カラオケ行ったことない」

「そっか、未来は歌わなくていいよ。適当に拍手とかしてて。大丈夫、私に任せておいて」


 麻美が力強く自分の胸を叩いてわたしにウインクをしてみせる。
 知らない人と食事やカラオケに行くこともそうだけど、もうひとつ他の不安があった。制服で学校がバレてしまうことだ。もしバレて特待生制度を破棄されたら困ってしまう。かなりハイリスクなはずだ。


「大丈夫、相手だって疚しいから学校にまで来たりしないって。制服がうちらのステータスをあげているんじゃないの。女子高生だから男にちやほやされるんだよー今だけだって」


 確かに相手も大っぴらにはできないことをしている。だけど……ううん、今は麻美を信じるしかない。
 俯いてなるべく顔を隠すようにに麻美の隣に座る。どうか声をかけられませんようにと心から祈るしかない。声をかけられなければ行かなくてすむはず。


「ねぇ」

「――っ!」


 いきなり目の前に二十代後半くらいのサラリーマン風のふたりが立った。
 まわりを少し見渡す。この人たちが話しかけているのはわたしじゃない……隣の別のグループの女の子に声をかけているはず。だってわたし達は今ここに座ったばかりだもの。そう思って下を向く。


「君だよ」


 ポン! と軽く右肩を叩かれた。
 なんで!? まわりにきれいな女子高生たくさんいるのに。


「一緒に遊ばない? こっち男ふたりなんだけどカラオケでも行こうよ」


 どうしたらいいかわからなくて左側に座っていた麻美に視線を送ると満足そうな笑顔でうなずいた。麻美に腕を引かれ、その場に立ち上がらされる。
 

「こっちもふたりです。私はくるみ、この子はミキです」

「ふうん、ミキちゃんは緊張しているの?」


 男の人に顔を覗き込まれて少し怖かった。
 仕事のできそうな爽やかな感じの人。お兄ちゃんより少し年上っぽい。その人の後ろの人はスポーツマン風のがっちりタイプの男性。


「ミキは今日デビューだからお手柔らかにお願いします」


 満面の笑みで麻美が爽やかな方の男の人に言った。
 誘われ待ちの女子高生がわたし達の方をじっと見ている。来ていきなり誘われたからなのかもしれない。さっき麻美が『サラリーマン争奪戦』と言っていた意味がようやくわかった気がする。刺すような視線が痛くて逃げたい気持ちになったのだった。


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Date:2013/09/30
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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