空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 137

第137話 鋭い指摘

悠聖視点




 十九時十五分。

 白衣姿とはイメージがガラッと変わった亜矢さんがファミレスに入って来た。
 ピンクのフリルつきのキャミソールに薄手の七分袖のカーディガンにネイビーのサブリナパンツに白のミュールでまるで仕事帰りのOL風。


「お待たせ。ごめんね」


 亜矢さんは肩にかかった髪を後ろに払い、僕のお水を飲んだ。


「あ……それ」

「気にしない! 走ってきたから喉渇いちゃって」


 よく見ると額の辺りにうっすら汗が滲んでいた。
 急がせてしまって悪いことをした。日を改めるべきだったか。

 夕食時になり、店内が混雑してきてさっきより店内がざわついてきた。
 近くの席に座っている大学生風の男性ふたり組が亜矢さんを見てヒソヒソ話しているように見える。これだけきれいな女性なら目を引くだろう。
 仕事中はしていなかった気がするが、黒のマスカラできっちりまつ毛をあげている。ルージュももっと薄めだったのに、今は結構しっかりしたローズピンク。


「そんなに見ないでくれる?」


 亜矢さんがハンカチで汗を拭いながら照れくさそうに僕に言う。
 こんな顔もするんだ、と知ったら年上だけどかわいく感じてしまった。


「一応若いオトコノコとデートだからそれなりにメイクもしたわよ。もっと時間があればもう少しなんとかなったんだけどさぁ」


 はにかんだように笑う亜矢さんに「充分です」と言うと、満足そうな笑みが返って来た。
 話をするのはこの場所でいいのか尋ねられ、話せるならどこでもいいと伝える。ふうんと首を傾げて水を飲んだ亜矢さんが窓を指差した。その先に四階建てくらいの白塗りのマンションが見える。


「じゃうち行こう。その看護師寮。男子禁制ではないから」


 看護師寮がこんなに病院の近くにあったんだ。
 救急車の音が聞こえてきそうな距離だった。いきなり呼ばれたりすることもあるのかもしれない。


「ここちょっと騒がしくて居心地悪いし、制服の少年と一緒にご飯食べると周りの視線が気になるから……どう見ても高校生とOLの情事って感じになるのよね」


 店内を見るとさっきの大学生風の人達を含む、他のお客さんもちらちら僕らの様子を伺っていた。
 僕は少し顔をひきつらせてしまったが、亜矢さんは爽やかな笑顔を見せる。



 ファミレスから歩いて三分くらいで亜矢さんの看護師寮に着いた。
 寮と言っても普通のマンションの造り。三階の三〇一号室が亜矢さんの部屋だった。


「あまり片付いてないけど」


 ドアを開けて入るとすぐキッチンになっていて、その奥に二部屋あるようだ。
 ピンクのカーテンに小さなガラスの丸テーブル。おそろいの花柄のクッションが何個か置いてあり鏡台などもあって女性らしい部屋だった。


「適当に座って。昨日の残り物でよかったら食べて行ってよ」

「あ、お気遣いなく」

「気なんか遣わないわよ。たいしたものでもないけどあのファミレスよりはおいしいと思う」


 亜矢さんはキッチンにあったエプロンを素早く装着し、ささっとゴムで髪を後ろに一本に束ねる。
 中に入っているように促された僕は丸テーブルの前におずおずと座った。隣の部屋のふすまが見えて半開きになっている。その隙間から白いベッドが見えた。亜矢さんが静かにそのふすまを閉めて僕の斜め前に座り、麦茶を出してくれた。


「足崩したら? 痺れるよ」


 言われるままに正座から胡座の姿勢を取らせてもらう。実はすでに足が痺れそうだった。
 女の人の部屋に入ったことがないから緊張する。ついキョロキョロ見てしまう気まずさを麦茶を飲むことで誤魔化した。


「兄貴はここに来たことあるんですか?」

「柊さん? まだないなぁ……まぁそのうち来てもらってもいいかな。柊さんの家、大きくてきれいだからあんまり見られたくないけど」

「兄貴より先に僕がお邪魔しちゃってよかったんでしょうか?」

「いいんじゃない? 別にたいしたことじゃないでしょ」


 急に亜矢さんが立ち上がってキッチンの方へ向かった。
 ガスコンロの前に立って鍋の様子を見ている。


「で、話って?」


 亜矢さんは僕に背中を向けたまま声を張り上げて聞いてきた。
 いきなり核心を突かれて僕は少し狼狽えてしまう。でもその『話』をしに来たんだから当たり前なんだ。


「柊さんと私のこと?」


 鍋から何かを盛り付けている亜矢さんの後姿をじっと見てしまう。
 もちろんそれも聞きたいけど、自分の中で何を一番聞きたいのかがまだまとまっていなかった。


「何が知りたいのかな? 悠聖くんは」


 キッチンから戻ってきた亜矢さんがテーブルに肉じゃがの大皿を置いた。
 おいしそうな匂いが僕の鼻腔を刺激する。次々にブリの照り焼き、ポテトサラダ、お新香、味噌汁、ご飯が運び込まれてきた。なんだか完璧夕食ご馳走モードになってしまったけど、どれを食べてもおいしかった。


「悠聖くんと未来ちゃんってつき合い長いの?」


 急に聞かれて驚いたが、僕が何も言わないから亜矢さんが話を振ってくれたようだった。


「う……んと、まだ二ヶ月ちょいかな?」

「へぇ、きっかけとか聞いてもいい?」

「……カンベンしてください」

「そうなの? 残念」


 つき合うきっかけは自分の汚さを晒すようで嫌だった。
 未来の恐怖心と僕への感謝の気持ちが高まった時に告白したわけだから。


「で、どこまでいってるのかな?」

「――ぶっ!!」


 亜矢さんの突然の質問に飲んでいたお茶をふき出しそうになった。


「変なこと……聞かないでください」

「あ? 変なことだった? ごめんね。でもさあ正直な話、えっちする前にさ……」

「亜矢さん!!」


 恥ずかしくなって慌てて僕が止めると、亜矢さんが身を乗り出して首を振った。


「違うって! 大事な話。女の子は子宮頸癌のワクチンを打った方がいいよってことを言いたかったの。ただし性交渉前の女の子じゃないと効き目がないって言われてるみたい。だから早めにと思ってー」

「……」

「今ならたぶん国の助成金が……悠聖くん?」


 亜矢さんが僕の顔を覗き込んで、ふうっと小さいため息を漏らした。


「もう手遅れって訳ね……今時の子は十五歳くらいでもう経験済みなんだ」

「いえ、あの……」

「まぁみんながみんなそうじゃないと思うけど……あなたも未来ちゃんも大人っぽいしね。でも意外だったかも」

「――理由があるんです」


 僕の前の湯呑みにお茶が注ぎ足された後、亜矢さんの鋭い視線に捕らえた。


「理由って? よくわからないな。したいからするんじゃないんだ」

「……僕達の場合は違うんです」

「どう違うのかな? まぁ私には関係ないけど、未来ちゃんを見る目が変わっちゃうなぁ」

「未来を悪く思わないでください!!」


 ついムキになり、大声で言ってしまってから後悔した。亜矢さんが眉を下げて笑っている。
 目の前のお茶を促され、ひと口すするとすごく熱くてやけどしそうになった。落ち着け、自分。


「別に悪くは思わないわよ。大人しそうなのになって思ったのと、悠聖くんとの絆は深そうだなって思っただけ」


 僕は言葉につまってしまった。見る人にとってはそう見えるのだろうか。
 きょとんとした表情で「どうした?」と、亜矢さんが僕の顔を覗き見た。今の僕はきっと情けない表情をしているに違いない。そう思ったらため息しか出なかった。


「身体のつながりなんてないみたいなもんです。未来は……兄貴のことが好きみたいで……」


 亜矢さんが黙って僕を見ていた。
 驚いていないように見える。もしかして、未来の気持ちに気づいていたのだろうか。


「ご飯、おかわりどう?」

「あ……いいです。ご馳走様でした。すごくおいしかったです」

「そう、それはよかった」


 お盆に食器を乗せて亜矢さんが片付け、何も言わずにキッチンへ向かって行く。そして戻ってきた時、思い出したように口を開いた。


「未来ちゃんと柊さんは本当の兄妹じゃないから、ないこともないでしょうね。柊さん素敵だし」


 この人、知ってるんだ。
 どこまで知っているかはわからないけど少なくともふたりが兄妹じゃないのは知っていた。


「で……でもっ! 未来は本当の兄だと思っている……はず」


 果たして本当にそうなのだろうか? 確信はない、でも。
 亜矢さんが僕をじっと見つめている。


「柊さんに未来ちゃんを取られそうで、不安?」


 お茶を飲みながら亜矢さんが僕に鋭い指摘をした。






【注】
 子宮頸癌ワクチンの詳細に関しては確実な情報ではありません。
 文献によると性交渉の経験がある女性が打つ場合もあるようです。
 詳しくはお近くの医療機関にお問い合わせください。

 副作用等の問題もあるようです。当内容は接種を促すためのものではありません。
 あくまでも物語上の設定ということでご了承くださいませ。


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Date:2013/09/30
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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