第132話 嘘つき柊視点
この前のように和室で三人で寝ることになった。
俺が真ん中で右に未来、左に悠聖で並びも前と一緒。
違うのは照明が豆電球程度でいいいこと。未来がしゃべれるようになったから薄暗くても大丈夫になった。
悠聖はタオルケットをおなかの辺りにかけ、俺の方を向いて眠っている。
未来はちゃんと布団をかけ、同じく俺の方を向いて眠っている。大事な弟と妹の寝顔を交互に見て、目を閉じた。
――――――
――――
――
…
遠くで誰かが泣いているような声がする。
鼻をすするような音も。夢の中なのだろうか。それにしてはやけにリアルな音で。
「……に、ちゃ……助け……お兄……ちゃ……」
「――っ!?」
未来の声だ――
ガバッと起き上がって未来を見ると涙を流しながらうなされていた。
「おに……ちゃ、助け……てぇ……」
悠聖が起きないように小さい声で名を呼びかけ、右肩を揺すってみた。
眉間にくっきりシワを寄せ、ボロボロと涙を流している。
「……や」
「未来、大丈夫?」
「お兄ちゃんっ!!」
未来の大きな声にビックリして俺が一瞬怯んでしまった。
そんな声を出しているのにまだ未来の目は開かない。仰向けに寝かせ両肩を揺さぶりながら、さっきより少し大きめの声で呼びかけると涙でびしょ濡れになった未来の目がゆっくり開いた。
「大丈夫か? すごくうなされていたぞ」
驚いた表情の未来の顔が泣き出しそうになる。
あっと思った時には、未来が俺の首元にしっかりとしがみついて悲しそうにすすり泣き出した。声を出さないように気を遣っているのか、喉元で喘ぐような呼吸音が俺の耳元で聞こえる。
その背と頭に手をまわして抱き寄せると、しゃくりあげる呼吸と共に上下する胸の動きが俺の身体を疼かせた。
「怖い夢でも見たのか?」
左手でしっかりと未来の上半身を抱きしめ直すと何度も俺の腕の中でうなずく。
ポンポンと背中を叩き、耳元で「よしよし」と小声で囁きながら宥めると少しずつ呼吸が落ちついてきた。
「大丈夫だ。ここは兄ちゃんの家だから安心して」
「……うん」
「兄ちゃんが守るから。誰が来ても未来には指一本触れさせない」
ギュッと俺に抱きつく腕の力が強まった。震えた未来の声が「お兄ちゃん」と俺を呼ぶ。
そのままゆっくりと未来の身体を布団に横たわらせ、その頬を何度も撫でると心地よさそうに目を閉じた。
「さぁ、もう一度寝なさい。未来が寝つくまで兄ちゃん起きてるから」
「……本当?」
「ん? 兄ちゃん未来に嘘ついたことあったか?」
そう尋ねると、未来が目を閉じて首を振りながら口元だけで笑う。「だろ?」と返すと満足そうにうなずき返してくれた。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「――大好き」
未来のその言葉にドキッとしたけど、平然を装って頭をゆっくりと撫で続ける。
チラッと悠聖の方を見ると、俺の方に背中を向けて眠っているようだった。胸を撫で下ろし、未来の方に向き直る。
すでに穏やかな表情を取り戻した未来の耳元に近づいて小さな声で囁いた。
「兄ちゃんも、未来が大好きだよ」
未来の顔が一瞬微笑んだように見えた。
俺は嘘つきだ。
未来に嘘をついたことがないなんて、一番ずるい嘘をついているじゃないか。
本当の兄貴でもない。未来を苦しめているあの男の息子だってことを――
小さく唇を開き、ようやく落ち着いて深い眠りについた様子の未来を見て安心した。
俺は眠れなくてもいいから未来には自分の分までゆっくりと眠ってほしいと願うだけだった。
ごめんね、未来。
そう詫びながら、未来の額にそっと口づけを落とした。
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