第131話 歯痒い思い悠聖視点
二十時を少し過ぎた頃、兄貴と未来がマンションに帰って来た。
出迎ると、ふたりとも酷く疲れたような顔をしていた。そして何となく異質な空気を感じてしまう。
「ただいま」
兄貴が未来の背中を押して上がらせると、彼女はリビングの方に向かって、頭をペコリと下げた。
「またお世話になります」
家に挨拶しているようでかわいいなと思いつつ、僕は別のことを考えていたんだ。
今日の図書館でのできごとを。
麻美と別れた後、僕は彼女を追って図書館に入り、ふたりの様子をずっと見ていた。
最初は麻美が未来に抱きついたりして仲良さそうだったのに、その後状況が一気に変わった。未来の顔がだんだん険しくなっていく様を目の当たりにして不安な気持ちになる。遠くで様子を見ていたから話していることはサッパリわからなかった。だから僕は大胆にもふたりが立っている書架の裏へ移動したんだ。
するとそこで未来の泣き叫ぶような声が聞こえた。
「悠聖くんには……っ! 見せないで……」
それを聞いて思わず声を出しそうになって慌ててつぐんだ。
僕に何を見せたくないと言ったのだろうか。僕がふたりのいる書架の裏に移動している間に、麻美が未来に何か都合の悪いものを見せたのだろう。それは僕に見られたくないもの?
その後、未来は麻美に懇願した。
「なんでもするから、柊さんにも誰にも見せないで」
兄貴にも見られたくないもの。しかも『なんでもするから』とまで言うくらい。
麻美は未来に何かを約束させたようだったけど、それは全然聞こえなかった。多分耳打ちか何かで話し合っていたのだろう。
ここに帰って来た未来は、案の定元気がなかった。よっぽど困ったことを言われたのかもしれない。
それとも兄貴と何かあったのだろうか。
「こっちの部屋使っていいよ。元々ここが未来の部屋だったんだし、僕の荷物は少ないから」
兄貴の寝室の向かいの部屋の扉を開けて未来を誘導した。
彼女は眉を下げて僕に笑いかけるが、無理しているのが手に取るようにわかった。
部屋に入って重そうなボストンバッグの中から教科書を出して窓際の簡易本棚に立てかけている。
その中から未来のバインダーを出して中を見ると、未来の小さい字がびっしり……。
「未来の字って、今時の子っぽいんだね」
「えっ! やだ! 見ないでっ!」
僕の手から未来が焦った様子でバインダーを取り上げた。
すごく真っ赤な顔をしている。よっぽどいやだったのかもしれない。悪いことをしてしまった。
「ごめん……あんまり未来の字見たことなかったから」
「……字汚いから恥ずかしいの」
少しだけ怒ったように俯いて本気で恥ずかしがっているんだってわかった。
でもさっきまでの悲しそうな表情は消えていた。
そんなふうに唇を尖らせて拗ねる未来を後ろから抱きしめると、少しだけ身体を強張らせた。
だけど僕はお構いなしに強く抱き寄せる。おずおずと首だけこちらへ向ける未来の表情は驚いたようなそして少し悲しげにも見えた。
「朝できなかったから……今ならいいよね」
コクリとうなずいて前に向き直った未来の頭のてっぺんが僕の顎の辺りに位置する。
僕の回した腕に未来の手が触れた。今日はずっとこうしたかったんだ。
「何かしゃべって。声が聞きたい」
未来の耳元でわざと小声で囁くと、再びビクンと身体を強張らせた。
そんな仕草も本当に愛しくて、でもなんだか不安が消えないんだ。こんなに傍にいて僕の腕の中にいるのに、ぬくもりも十分すぎるくらいに感じているのに。
「悠聖くん」
「うん?」
「ごめんね……」
未来が急に謝って、両手で僕の腕を掴んだ。
何に対してごめんね? よくわからない。
「どうしたの? なんで謝るの?」
「……ううん。ごめんね」
それでもまた未来は謝った。
返事になってないよ……なにが『ううん』なのかも『ごめんね』なのかも全く伝わってこないよ。
本当は麻美に言われたことを聞きたかった。
でも聞き辛い雰囲気で、今聞いても答えてくれなそうな気がしていた。
ひとりでなんでも抱え込むところ、未来の悪いところだよ。
僕に君の全てを見せてほしいのに。いつも大事なところを隠してしまう。そんなに僕は頼りないのだろうか。何を知ってももう驚かないつもりだよ。
話してくれないと、何もしてあげられなくて歯痒いんだ。
→ NEXT→ BACK
Information
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学