空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 126

第126話 きっかけは……

未来視点




 ホテルのベッドで目覚めるとお兄ちゃんが隣で眠っていた。

 やっぱり昨日のことは夢じゃなく現実だった。うれしい反面、悠聖くんへの裏切りの気持ちが押し寄せてきて胸が痛む。これで終わりにするから許してと心の中で誓った。

 こうしているとお兄ちゃんのあの寝室で眠っていた時を思い出す。気がつくといつも腕枕の状態だった。そして今も。お兄ちゃんの胸に手を置くと、ゆっくり上下に動いているのがよくわかる。

 ゆうべ眠りにつく前に聞こえたお兄ちゃんの言葉。わたしも同じことを伝えたかった。

 静かにお兄ちゃんの腕の間から抜け出す。身じろぎしていたけど、目を覚ますことなくそのまま眠っている。よかった。


「お兄ちゃん……大好き」


 そう耳元で囁いて、お兄ちゃんの左頬にそっとキスをした。
 涙が出そうになったけど我慢する。もう泣いちゃダメ。わたしが泣いたらお兄ちゃんだって辛いはずだもの。

 眠っているお兄ちゃんはすごくキレイな顔をしていた。
 しっかりと唇を閉じてすやすやと眠っている。この唇に自分から重ねたかった。だけど一度だけでもお兄ちゃんとキスできたのは、大切な想い出。

 あの優しくて、だけど熱のこもった情熱的な口づけは一生忘れない。





 シャワーを浴びながらいろいろな決意をしていた。
 今日からわたしはお兄ちゃんと悠聖くんとしばらく暮らすんだ。もうふたりに迷惑をかけないようにしないといけない。

 お兄ちゃんはお兄ちゃん。悠聖くんはわたしの恋人。



 浴室から出て、下着を脱衣所に持ってくるのを忘れたことに気づいた。
 昨日シャワーを浴びた時に手洗いをして干しておいた。脱水にかけていないから乾いているか心配。


 静かにベッドルームに戻るとお兄ちゃんはまだ眠っていた。
 音を立てないようにクローゼットを開けて下着を取るとからからに乾いている。ちらっと後ろを振り返るとお兄ちゃんの顔はこっちを向いていたけどぐっすりと眠っている様子。

 少し躊躇ったけど、その場でお兄ちゃんに背中を向けて寝衣を脱ぎ、下着をつけた。やっぱり何もつけてないで寝るのは変な感じだった。

 素早く制服に着替えてホッと息をついた、時。


「――未来」


 急にお兄ちゃんの。わたしの名を呼ぶ声が聞こえて全身で驚いてしまった。
 振り返るとそのままの体勢で目をあけている。「おはよう」と優しく微笑まれた。

 わたしも笑い返した。ちゃんと声出てる。
 昨日だけしか話せないかと思ったけど、継続していてホッとしたんだ。



**



 朝の六時半にホテルを出て近くのファストフードで軽い朝食を済ませた。
 時間が早いけど結構多くのお客さんがいて、大体みんなひとりで静かに食事をとっている。


「今日バイトを終えたら、一緒に未来の家へ荷物を取りに行こう。車で迎えに行くから。十九時な」


 お兄ちゃんがコーヒーを飲みながら言った。
 わたしがうなずくとお兄ちゃんが顔を綻ばせて笑う。


「大丈夫だ。お母さんには説明してあるし、何の心配も要らない」


 くしゃくしゃっとお兄ちゃんの大きい手がわたしの頭を撫でてくれる。
 それに安心して小さくうなずいた。もう声を出せるのに、うなずきや瞬きで答えようとしてしまう。


「それと、未来の携帯を替えよう」

「え?」

「電話番号を替えるなら買い換えた方が早い。メールアドレスも変更して」


 いきなりのことで戸惑っているとお兄ちゃんがまた笑う。


「お母さんに説明する。父親から連絡が来ないようにするためだから何も言われないはずだし、新しいのは兄ちゃんが買ってやる」

「……でも」

「未来の携帯買うくらいの金は稼いでいるから」


 お兄ちゃんがあまりにも自信満々に言うのでおかしくて笑ってしまった。
 ありがとう、お兄ちゃん。



 ファストフードを出てお兄ちゃんは一度マンションに戻るとのことで別れた。
 昨日と同じ服じゃ出勤できないって。制服がないと大変だ。生徒の目もあるし、お兄ちゃんはカッコイイから女子生徒にチェックされてそうだ。

 わたしはそのまま学校に向かうことにした。
 お兄ちゃんと一緒にマンションに帰ったら悠聖くんを不安にさせてしまうから。

 昨日一晩お兄ちゃんと過ごしたことはふたりだけの秘密。



 学校の最寄り駅で悠聖くんを待つ。
 昨日連絡できなかったからきっと心配してくれているだろう。

 お兄ちゃんが一度帰って悠聖くんに今日からまたわたしが一緒に住むと話してくれているはず。わたしからは何も説明しなくていい。お兄ちゃんがみんなわたしのためにやってくれている。

 待っている間に母に電話をしてわたしの声を伝えた。
 すごくビックリしていたけど泣いてよろこんでくれて、わたしまで涙ぐみそうになってしまった。

 



 券売機の向かいの柱に寄りかかっていたらいつの間にか悠聖くんが隣にいた。
 時計を見るともう八時十分になっていた。結構長い間ここにいたのに時間が経っていることには全然気がつかなかった。


「おはよう。昨日のメールの返事がなかったから心配してたんだよ」


 悠聖くんが言い終わるのを待って、わたしはゆっくり唇を開いた。


「――おはよう。悠聖くん」


 悠聖くんが目を見開いてわたしを見つめている。


「昨日メールできなくて……」
「……声?」


 メールができなかったお詫びをしようとするのと、悠聖くんが驚きの声を上げるのがほぼ同時だった。
 瞬きでうなずくと、悠聖くんの強張った表情が徐々に柔らかくなる。


「……未来の声、もっと聞きたいっ! 何かしゃべって!」


 悠聖くんがわたしの両肩を強い力で掴んだ。
 眼鏡の奥の眼差しがキラキラして見える。その声が大きい。まわりの視線が痛いくらいだった。


「え……昨日メールできなくて……ごめんなさい……」


 うんうんと悠聖くんが興奮を隠しきれない様子で高速でうなずく。


「それと……」

「待って! 未来! 僕の名前、呼んで」


 赤い顔をして悠聖くんが恥ずかしそうに言った。


「――悠聖くん」


 照れくさくてすぐに俯いてしまった。
 悠聖くんがわたしの肩を握る手の力が強まる。少し震えているようにも感じた。


「……どうしよう。今すごく未来を抱きしめたい……こんなところじゃ無理だけど」


 いきなり悠聖くんがキョロキョロまわりを見始めた。
 まさか……見られない場所を探している? 「落ち着いて」と宥めることしかできなかった。それでようやく悠聖くんが冷静さを取り戻してくれた。


「そっか、今日からまた一緒に住めるんだし焦る必要もないね。ゆっくり未来の声を聞けるんだ」

「……うん」

「未来の声、かわいいな」


 お兄ちゃんと同じことを言われてドキッとしてしまった。
 すごく後ろめたい気持ちがわたしの心の中で渦を巻く。


 いつ声出るようになったのか、聞かれ昨日の夜と答えた。
 だけど悠聖くんの顔を見ることができなかった。こういうちょっとした態度で怪しまれないといいけど、と後から思った。悠聖くん敏感だから怖い。


「何かきっかけとかあったのかな?」

「……どうだろう」


 本当はお兄ちゃんにキスされて告白された時だった。
 無言で自分の唇に触れた。

 ……お兄ちゃん、やっぱりあれがきっかけだったんだよ。

 お兄ちゃんのおかげ、なんだよ。



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Date:2013/09/24
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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