空色なキモチ

□ VOICE □

VOICE 122

第122話 緊張する俺

柊視点




 未来をホテルに連れ込むとは思ってもみなかった。

 行くところがなくてしょうがなかった。とはいえ、ビジネスホテルにすればよかったのかもしれないと入ってから後悔した。だけど離れた隙に未来をかっ攫われるんじゃないかという不安もあった。
 それが自分のいいわけであることももちろんわかっていた。本当は片時も未来と離れたくないという気持ちが一番強かったんだ。


 未来を浴室に誘導して、ベッドの前の大きいソファに腰掛けた。
 目の前に大きなテレビ画面がある。ついていない真っ黒なブラウン管に映る自分の姿を見つめてさっきのことを思い返していた。


 未来の唇に自分の唇を重ねて思っていた。

 もう、未来を誰にも触らせたくない。悠聖からも奪いたい。未来は俺だけの。
 そんなふうに思ってしまうくらい自分の感情をコントロールできないでいた。不思議とその時は悠聖への罪悪感も吹っ飛んでいた。むしろ悠聖のことは頭の中から消し去っていたと言っても過言ではない。

 だけど未来が悠聖に合わせる顔がないと家に来ることを拒んだ時、急に冷静になった。
 悠聖に悪いことをしている。大事な弟を裏切ってその恋人に手を出し、感情のままにその存在まで自分の中から打ち消していた。だけどもうこの気持ちを抑えることはできなかった。


 未来の言うとおりだ。俺も悠聖の顔を見るのが辛い。だからここへ来た。それすらも裏切りに値することもわかっていた。明日覚悟を決めて悠聖に何もかも話すつもりでいる。そんなの理由にはならないけど、今日一日だけ時間がほしかった。

 
 加えて実父から未来宛のあのメール。あんな男に未来は絶対に渡さない。
 あいつがいなければ未来と母親は穏やかに暮らしていけるんだ。これ以上あのふたりを不幸にしてたまるか。

 自分の携帯を取り出して実父にメールを打つ。
 いろいろな思いが入り交じって頭の中はすでに混乱していたが伝えたいことはひとつ。


  『未来は絶対に渡さない』


 挑発してもしょうがないと思う反面、絶対に渡したくない気持ちを抑えることすらできなかった。
 実父は今どこで何をしているんだ? 電話を鳴らしても出ようともしない。俺からの電話だとわかっているから出ないんだろう。

 ……だったら、未来の携帯からかけたらどうなんだろうか?

 確か未来は俺のジャケットに自分の携帯を入れていたはず。




 浴室の扉をわざと大きく音を立ててノックするが、少し待っても反応はない。
 湯の音で聞こえないのかもしれない。すうっと一度深呼吸をして声を張り上げた。


「未来、今入って大丈夫か? ジャケット取りたい」


 それでも反応がないため、ゆっくり扉を開けるとゆったりとしたブルーの照明の脱衣所に俺のジャケットと未来の制服が置かれていた。くもりガラスの向こうに未来が動いているシルエットが見える。ジャケットをそっと取って静かに脱衣所を出た。


 さっきのソファに戻ってジャケットから未来の携帯を取り出すと母親からメールが来ていた。
 それを見ないようにアドレス帳を開いて『父』を表示させる。通話を押し、呼び出し音をもどかしい気持ちで聞いていると『プッ』と繋がる音がした。思った通りだった。


『――未来か?』


 父の低い少しうれしそうな声が聞こえてきた。


『聞こえるか? 今から迎えに行く。おまえのいやがることはしない。これからは父さんとふたりだけで仲良く暮らそう』

「――ふざけるな」


 実父のあまりにも自分勝手で嘘ばかりの戯言に腹が立った。
 優しい口調で話しかけているつもりなんだろうけどそんなのに騙されるか。


『……柊か?』


 不意をつかれた感じの実父が少し上ずったような声を出す。


「ああ、そうだよ」

『おまえ生きていたのか?』

「メールも電話も何度もしてるだろ?」

『偽者かと思った』

「いいか、これ以上未来を脅すようなことすれば告訴する。あんたは実の息子を刺した。立派な殺人未遂だ」


 戸惑ったような舌打ちの音が聞こえた。
 自分で言っていて悲しかった。俺だってまさか実の父親に刺されるなんて思わなかった。刺してもいいとは言ったが本当に刺すなんて。辛かったし、悲しかった。情けなかった。


『待て、柊』

「捕まりたくなければ未来とお母さんに近づくな! 二度とそのツラを見せるな。わかったか?」


 少し脅しをかけただけで向こうから通話を切られた。
 俺のどうでもいい話は聞きたくもないということだろう。ある意味わかりやすい。こちらとしても未来の入浴中に無断で携帯を借用していただけだったから話を長引かせるつもりもなかったが。

 急いで未来の携帯から通話履歴を消し、ジャケットに携帯電話を戻す。
 それを脱衣所に戻そうかと思っているうちにホテルのピンク色の寝衣に身を包んでいる未来が出てきてしまった。丈の短い浴衣のような薄っぺらい寝衣は驚くほど彼女の身体のラインを浮き上がらせている。


 胸元に濡れた制服を抱えているから上半身はよく見えなかった。
 頼りない肩に細い腰、膝が出る長さの丈。どれも俺の視線を釘づけにし緊張させた。

 緊張……というとまだ聞こえはいいかもしれないが性的な欲望を意味している。
 それを意識すると理性がぶっ飛びそうだから考えないようにしているだけだ。妹だと思い込もうとしていた時はまだ我慢できていたはずなのに。

 未来はクローゼットを開け、中からハンガーを取り出して濡れた制服をかけた。
 その時見せた後姿に俺はまた緊張した。
 小振りのきゅっと上がったヒップにも薄い背中にも下着のラインが浮き出ていない。よく見るとハンガーに下着を干していた。あの薄い布切れの下は下着を何もつけていないと想像する自分が酷くいやらしく感じて慌てて目を逸らす。


「――はい」


 目の前にハンガーを差し出され、慌てて自分を取り戻した。
 未来の方がよっぽど落ち着いているように見えた。俺が落ち着かないといけないのに。

 正直こういうホテルに入ったことは何度もある。だけどこんなにも緊張するのは初めてのことだった。


「あ……ありがとう」


 それを受け取って素早くジャケットをかけると未来が手を出したのでそのハンガーごと渡した。
 ジャケットのポケットから自分の携帯電話を取り出し、クローゼットにかけてくれる。


「……お母さん」


 自分の携帯を見て悲しそうな顔をする未来を見て思い出した。
 今日、未来の母親に会う約束をしていたのをすっかり忘れていた。


「俺がお母さんに連絡する。未来はベッドに入っていなさい」


 胸元を手で隠して未来がうんとうなずいた。下着を着けていないから心もとないんだろう。
 気にはなるけどあまり見ないように目を逸らした。少しでも早くベッドに入ってくれないと俺も我慢の限界が来てしまいそうだ。

 未来は俺に背中を向けベッドにもぐり込み、ベッドの右端に寝そべって布団からヒョコッと顔を出す。
 その何気ない仕草がかわいくて、こんな状況なのに和んでしまいつい笑ってしまう。


「お腹空いてない? もっと真ん中で寝ていいよ。俺も電話したらシャワー浴びるから」

「……うん」


 自分の気持ちに気づいてからは未来に対して自身を『兄ちゃん』と呼称しようと心がけていたはずだった。それがいつの間にか無意識に『俺』と表現している。


 未来の兄貴に甘んじていたくない。そんな気持ちが自然に現れてしまったのかもしれない。


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Date:2013/09/23
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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