第120話 雷に絆されて未来視点
雷の音がゴロゴロ強く鳴っている。
それはまるでわたしを叱咤し、嗜めるかのように聞こえていた。
重ねられた唇が熱い。驚きのあまり息も忘れてしまうくらいだった。
自然に全身に力が入ってしまい、これでもかってくらい目を見開いたわたしの目前にお兄ちゃんの閉じた瞳と黒くて少しだけ長めの前髪。
お兄ちゃんの顔の角度が変わる。少しだけ離れた唇が風に触れて一瞬ひんやりした。
薄く瞼を開いたお兄ちゃんがわたしの目をじっと見つめて再度唇を寄せてくる。それに呼応するようにその形のいい唇を見つめながら開ききっていた目をゆっくりと閉じ、身体の力を抜いて受け入れた。
もうその時にはわたしの意識は重ねられた唇だけに集中し、降りしきる雨も轟くような雷鳴も耳に入らなくなっていた。
自分の鼓動の方がずっとずっと強く鳴り続けている。心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うほどに、そしてそれでもいいとさえ思えたんだ。
これはみんな雷のせい。
お兄ちゃんもわたしも雷に絆されてしまった。
それだけ。そう思っていたのに――
「好きだ」
唇が離れた後、お兄ちゃんがそう囁いて自分の額をわたしの額につけた。
そしてもう一度、絞り出すような声でその思いは紡がれる。
未来のことが好きだ、と。
聞き間違いかと思った。だけどお兄ちゃんの目は嘘を言っているようには見えなかった。
まるで縋るような、真剣そのものの熱のこもった瞳。
そして、お兄ちゃんの告白を聞いた後、わたしに信じられないことが起きた。
喉の奥が詰まるような震えた感覚がしたけど、唇を動かして思いを伝えようとしたその時。
「…………あ」
掠れた音のような嘆声に、わたしとお兄ちゃんの視線がぶつかる。
お互い驚愕の表情で見つめ合っていたんだと思う。自分の顔はわかるわけがないけれど。
「今……」
お兄ちゃんの問いにわたしは大きくうなずく。
そのかすかに震えた手がしっかりとわたしの両頬を包んだ。
「未来、もう一度……」
わたしの身長に合わせてお兄ちゃんが身を屈め、顔を見つめてきた。
目を一回閉じて深呼吸をする。そのままゆっくりうなずいて目を開き、お兄ちゃんを見つめた。
「……に、い……ちゃ……」
お兄ちゃんの目が大きく見開いた。
わたしの声が出た。
喉元が震えるような感覚と掠れたような、わたしの小さな声。
「未来……もっと、もっと声、聞かせて」
暖かい手がわたしの頬を何度も撫でる。その手もお兄ちゃんの声もかすかに震えていた。
目を真っ赤にしたお兄ちゃんを見ながらわたしはその手に自分の指を這わせた。
わたしの目をじっと見つめているお兄ちゃんから視線を落とす。
「……そんな、に……み、ない……で」
少し震えたような掠れた声になってしまうけどちゃんと出ている。
自分で想像していたよりも高い声だった。激しい雨音でかき消されてしまうくらいの小さな声。
「もっと、もっと……話して」
お兄ちゃんの頬がいつの間にか濡れていた。
初めて見る男の人の涙に胸が軋むかと思うくらい苦しかった。
「未来の声、聞きたい」
「あ……」
「聞かせて……お願い」
お兄ちゃんがわたしの身体を優しく抱きしめた。
丁度お兄ちゃんの右の耳元がわたしの目の前にある。そこに直接語りかけた。
「お、にい……ちゃん」
まだ声の大きさの加減がよくわからない。
どうしても囁く程度の声になってしまう。喉の奥が少しだけ苦しいような重いような感じ。
「かわいい声」
恥ずかしくてお兄ちゃんの肩に顔をうずめる。
わたしの声はこんな感じだったんだ。小さい頃の自分の声なんて覚えていないから、全く初めて聞く声だった。
「もう、戻れないよ」
お兄ちゃんの低い声がさらに深みを増して低く感じた。
「もう……兄妹には戻れない」
お兄ちゃんの腕の中でわたしは小さくうなずいていた。
頭を撫でられながら髪を梳かれ、その指の動きにゾクゾクする。
戻りたく、ない――
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