第117話 尾行をする俺柊視点
仕事に復帰すると、生徒にいろいろ聞かれた。
風邪で一週間以上寝込んでたということになっていたので心配してくれていた生徒もいれば、本当は旅行にでも行ってたんでしょ? とあることないこと言う生徒もいた。
何はともあれ何事もなくすっと職場に戻れることができてよかった。
休み時間に未来の母親からメールが来た。
『先週はこちらの都合が悪くなり、お約束を守れずすみませんでした。
もしご都合がよろしければ、本日はいかがでしょうか?』
今日は職員会議の予定がある。時間通りに終われば何の問題もないが、終わるかどうかわからない。
今日の会議は夏休みに向けて期間中の様々な役割を決める予定だと校長が言っていた。長引きそうだ。
『本日でもいいのですが、仕事が何時に終わるかわからない状況です。
時間のお約束ができないのですが、それでもよければお願いします』
そう送信するとすぐに返事が来た。
未来の母親も今が休憩時間中なのかもしれない。これ以上メールが伸びるようだったら電話をしてみようか。
『こちらも仕事の終了時間が決まっていないので、時間の指定がない方が助かります。
もしよろしければ狭いところですが家にいらしていただけませんか?
私の帰りが遅くても未来がいますのでお待ちいただければありがたいです』
未来が家にいる。話をしたかったから丁度いい。
快気祝いの日から体調は悪くないのか気になっていた。
それに自殺未遂のことを知りたかった。
無理に聞こうとは思わないけれど、もし話してくれるのであれば教えてほしい。少しでもその時の未来の辛い気持ちに寄り添いたい。なんて切り出したらいいか深くは考えてはいないのだが。
『お伺いします』とだけ返信し、メールを終えた。
なかなか都合がつかないと思っていたから助かる。早く未来の母親が送ってくれた現金を返さないと落ち着かない。
職員会議は無事十八時半に終わったので、迎えがてら未来のいる図書館へ向かった。
どうせ同じ家に行くのだから一緒に帰ればいい。未来は驚くだろうか。
図書館の門の前で出てきた未来に声をかけようと思って待っていた。
ちらっと庭を見ると未来がこっちに向かって歩いてきたので、驚かせてやろうと思った時。
「未来ちゃん、途中まで一緒に帰らない?」
瑞穂の声がして、逆に驚かされる羽目になった。
未来が瑞穂に声をかけられているところを見かけて慌てて隠れる。早めに気づいてよかったと思いながら距離を開けてゆっくりふたりの後をついて行く。ストーカーみたいなことをしている自分がおかしかった。
未来と瑞穂が駅で別れてからも俺は彼女に声をかけなかった。
俺が声をかけるとたぶん未来は無理をすると気がついたから。
まず、歩くペース。未来は普段はこんなにゆっくり歩く子なんだ。
電車の中では窓の外をじっくり見つめたりする。
こうやって遠くから見ていると今まで知らなかった未来の一面がわかってきたりする。それを楽しんでいる自分がいた。
電車を降りて、未来の歩行ペースに合わせて歩く。しばらくすると、土手が見えてきた。
あの日、ここで未来の母親と待ち合わせをした。
実父に性的虐待を受けた未来を家に引き込んだ日……あの時、彼女は相当辛かったと思う。
ここの土手で見る星がきれいと言ってた。
いつか一緒に見ようと約束していたのに、今日は雲がかかっていて見えない。
そして、実父に刺される前にもここに少しだけ立ち寄ったのを思い出した。その傷が疼くようだった。
土手の川の風が少し冷たい。未来は寒くないだろうか。
衣替えでブレザーがなくなってブラウスにスカートのみだから心配だ。俺のジャケットを貸してあげたい気持ちになったけど、ここまで来たら家まで声をかけないつもりでいた。
未来がアパートに入って行く後姿を確認する。
少し時間を置いて入ろうと思い、一度立ち止まるとすぐに未来がアパートから出て来るのが見えて慌てて電柱の陰に隠れてしまった。ふと、腑に落ちない気持ちになる。なんで俺、隠れているんだろう? そんな必要ないのに。
「よう」と、何気なく声をかければよかったのに。
未来は俺の存在を気づかず横を通り過ぎ、今来た道をゆっくり戻って行った。
どこへ行くつもりなんだろうか。
ちらっと未来の家の縁側を覗くと明かりが見えた。母親は帰ってきている様子。なのになんで未来は家に入らない?
俺は先を歩いて小さくなっていく未来の背中を見失わないように後を
尾行けた。
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Thema:オリジナル小説
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